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第2話

先生にキスをしたあの日から、俺と先生は以前のような生徒と先生の関係ではなくなったのかもしれない。 いや、そう思っているのは俺だけなんだろうけど、先生は少なからず俺を意識している様で、授業中目が合った時なんて一瞬困った様な表情を見せてすぐに目をそらされた。 生徒に、しかも同性にキスをされたら戸惑って当然だ。 また手を出してこないか警戒されているのだろう。 けれどそんな先生の行動にすら俺は可愛いと思ってしまうからタチが悪い。 変化は先生だけではない。 先生にキスをしたあの日以降、俺は幼稚な行動を止めた。 幼稚な行動とは、わざと遅刻をすること。 本当は時間通りに学校に行くことなんて容易い。 クラスメイトは俺が急に真面目になったと不審に思っていたが、すぐに慣れて何も言われなくなった。 先生との関係が変わったかのように思えたあの日から、ただ時間だけが過ぎていく。 俺には見せたことのない笑顔で笑う先生、もう一度その唇にキスをして今度は好きだと伝えたかった。 俺の汚い感情を先生に受け止めて欲しいだなんて、本当は思ってはいけないことだけど。 テスト期間に入ると授業は短時間になり、授業が終わると同時に生徒は一斉に家路に着く。 放課後学校に残るのは先生達だけ。 いつも賑やかな廊下には誰もいない。 俺の歩く足音だけが響く。 先生を探していた。 あの日のことをなかったことにはしたくなくていくつも頭の中で戦略を考える。 ゲームをするときのように。 けれどどれも上手くいく気はしなくて考えることを止めた。 なるようになれ。 先生は印刷室にいた。 明日配るプリントを印刷していたのだろう。 せわしなく印刷されたプリントを束ねている。 「まーきーちゃん」 いつもの調子で声をかけると先生は大げさなほど体をビクリと震わせて振り返った。 「た、高橋……」 「やっと見つけた」 先生の声が少し震えていた。 俺を見て驚いているのがわかる。 「そんなに怯えないでよ」 苦笑して言ったけれど、先生の怯えようはまるで自分が犯罪者にでもなった気分だ。 「お前は何を考えているんだ?」 「俺が先生を好きだよって言ったら、先生は困る?」 「!?」 怯えて泣きそうになっている先生の表情が俺の心を無性に掻き立てた。 触れたい。 触れて壊してみたい。 そんなことで先生の気持ちは手に入らないって頭ではわかっているのに。 「先生……」 「ッ!?」 先生の頬にそっと手を添えた。 俺を見つめ固まっている先生を良いことに唇を寄せ啄むように唇を弄ぶ。 咄嗟に払いのけようとした先生の腕を掴み壁に押し付け口付けを深いものにする。 「んっ……」 苦しげにうっすらと唇を開けた瞬間を俺は見逃さずスルリと口内に舌を差し入れ深くくちづける。 角度を変え口付けると抵抗していた先生の腕の力が段々と抜けていくのがわかった。 「んっ……」 鼻から抜けるような甘ったるい声が俺の理性を吹き飛ばす。 どうしようもなく好きで好きでたまらない。 もうこんな恋なんて二度としないのではないかと思うくらい、好きだ。 「!?、痛ッ・・・」 ピリッとした痛みと同時に口内に血の味が広がる。 咄嗟に腕を離すと先生ははじかれたように俺から離れた。 「なんで……」 そう呟いた先生は顔を真っ赤にさせて荒い呼吸を整えていた。 その姿に得体のしれないものが背筋を駈け走るのを感じた。 なんでこの人はここまで俺を掻き立てるんだろう。 「俺とお前は男同士で、生徒と教師なんだぞっ!?」 俺が先生のことを好きだと自覚したとき、男同士だから、生徒と教師なのだからこんなの一時の気の迷いだと、頭の中で何回もそう叫んだ。 何日も何日も。 「それが何だよ?そんな事くらいで俺がアンタを好きな事は変わらない」 きっかけは些細なことだったのかもしれない。 でも俺は…… 「俺を見てよ、逃げないで。お願いだから」 目をそらさないで、真っすぐに俺を見てほしい。 「どうして俺なんだ?お前なら普通の女の子とも付き合えるだろうに……」 「俺だって別にゲイじゃないし、男を好きになったのなんて先生が初めてだよ」 俺は一生ノーマルな人間だと思っていたし今も自分がゲイだとは思わない。 先生だから好きで、先生以外はいらない。 先生だけが俺の全て。 「高橋……」 先生の俺を見る瞳がまるで哀れんで同情しているかの様で、俺は胸が痛くなるのを感じた。 目尻がじんっと熱くなる。 「俺はお前の気持ちに答えることは出来ない」 先生はゆっくりと、でもハッキリとした声色で俺の想いへの答えを出した。 その言葉に心は限界で、じわりと涙が溢れだした。 最高に格好悪い。 「わかってた。もうこれ以上先生を困らせたくない。でも俺は先生が好きだよ。これからもずっと」 聞き分けのいいふりをわざとして、心を無理やり奥底へと閉じ込めた。 それでも俺は先生が好きだと伝えるのを止めれない。 「お前は本当にそれでいいのか?」 「いいよ」 溢れ出る涙を必死に手の甲で拭う。 声の震えは止めれなかった。 「この先、俺がお前の気持ちに答えることがなくてもか?」 「そう、だよ」 先生の優しい声が俺の心を抉る。 大好きな声。 苦しい程のこの想いをくれたのは誰でもない先生で、先生に出会っていなければ俺は一生こんな気持ちを抱くことなんてなかったかもしれない。 だから俺はこれからもずっと…… 「お願い。好きでいさせて」 先生の顔を見ていることができなくて俯いた。 涙がぽたぽたと床に落ちて小さな染みを作る。 先生はきっと困った顔をして俺を見つめているのだろう。 こんな女々しい自分を見せたくない。 なのに出てくる言葉は先生を困らせる言葉ばかり。 「大好きだよ、本当だよ。こんなに好きになった人なんて他に居ないよ」 それだけは先生にわかってほしくて何度も好きだと呟く。 こんなのまるで呪いみたいだ。 「ごめん。ありがとう」 震えた先生の声に顔を上げると、先生の瞳からぽつりぽつりと雫が溢れ頬を伝い落ちた。 「ッ、」 先生は濡れた頬を手の甲で拭うと俺を見つめた。 こんなに静かに涙を流す人を見たのは初めてで心がざわつく。 「なんで先生が泣くんだよ」 「わから、ない……」 優しくて残酷な先生。 そんな先生が愛おしくてたまらなかった。 続く

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