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第192話 新たな出会い ③ ー伊吹sideー
「伊吹くん、ありがとう。助かったよ」
来夢の治療を終え、フェロモン数値を確認した瑆が伊吹に微笑みかけた。
「いえ、俺は何も…。頑張ったのは来夢くんですし…」
伊吹を見上げていた来夢の頭を、伊吹がそっと撫でると、
「伊吹お兄ちゃんと一緒だったから、今日のお薬注射、全然気持ち悪くならなかったよ」
来夢は嬉しそうに笑う。
「本当によく頑張ったね」
もう一度来夢の頭を撫で、そして、その小さな腕に残る数カ所の注射針の跡を見ると、伊吹の心が痛くなった。
こんなに小さいのに、あんなに沢山の跡があるなんて…
あの数だけ、気持ち悪くなる薬を我慢したんだね…
「本当に…よく頑張ったね…」
伊吹は来夢の細い腕に触れると、来夢は伊吹の腕に頬を擦り寄せ瞳を閉じた。
伊吹は来夢との約束通り、治療後、来夢の部屋で車や電車を使い、瑆、伊吹、来夢の3人で遊んでいたが、今回の治療の際に来夢はことのほか体力を使ったようで、遊びながら来夢がコクリコクリと船を漕ぎ始め、とうとう…
「寝ちゃいましたね」
左手にはミニカーを握り伊吹の膝の上で、来夢はすやすや眠ってしまった。
伊吹は来夢を抱き上げ、そっとベットに寝かせると、起きていた時よりも来夢はとてもとてと小さく見える。
ミニカーを握る手も、測定器をつけている腕も、まだまだぷくぷくして柔らかくて、あんなに小さい。
そんな小さな男の子が、病院 で1人戦っているなんて…
伊吹が来夢から目が離せないでいると、
「来夢は姉の子供でね、俺の可愛い甥っ子なんだ」
安心し切ったような寝顔の来夢の頭を、瑆は愛おしそうに撫でた。
「生まれて1才ぐらいから今日みたいに感情の起伏があるとフェロモンが放出されて、その度、注射で症状を抑えることしかできないんだ。だからほとんど病院 での生活で…。もっといい治療法があれば来夢も自由にすごせるんだけどね…」
瑆は申し訳なさそうに来夢を見つめている。
「でも、本当に久しぶりにあんなに嬉しそうな来夢の笑顔見たよ。治療も頑張ってたし、全部伊吹くんのおかげだね。ありがとう」
嬉しそうに笑う瑆の笑顔と来夢の顔が、伊吹の頭の中で重なる。
何か来夢くんの力になれたら…
伊吹の中で、そんな気持ちが芽生えていった。
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