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第13話

「ッ、(はざま)さまっ!」 「…(ゆい)ちゃん…」 「ッ!?ひいく…、ッ唯…っ!」 「、ばっか…お前…、ッ、…何しにでて…っ、う、ぐ…、」 緋色が慌てた様子で(はざま)の前に躍り出ると 間が嬉しそうに目じりを下げ…その口角をより一層吊り上げながら ねっとりとした醜い笑みを浮かべ―― 近くにいた(ふじ)と 間に首を絞められもがいている(れい)緋色(ひいろ)の姿を見た途端、青ざめながら狼狽え コッチへ来るなと目で訴える… しかし緋色は怯えながらも間へと近づき―― 「は…間様…、ッ本日はその…っ、  僕をご指名していただき…ありがとうございます…っ!」 零の首を締めあげている間の前で足を止めると 微かに声を震わせ…真っ青にながらも間に向かって深々と頭を下げ… 間はそんな緋色の姿にうっそりと目を細めると 歪んだその口元を静かに開いた… 「…久しぶりだねぇ~…唯ちゃん…元気にしてたかい…?  “あの日”以来…“誰かさん”がことごとく私の邪魔をするもんだから  なかなか指名出来なかったけど――  こうしてまた唯ちゃんを指名出来て…私も嬉しいよ…」 「ッ、ぼ…僕もっ、間様にご指名いただけて…大変嬉しく思っています…、」 小刻みに震えだそうとする身体を必死に抑え… 緋色は引きつる口角を何とか上げながら強張った笑みを形作る 「うんうん。そうでしょうそうでしょうとも…  なんたって私と唯ちゃんは相思相愛なのだから  唯ちゃんが私を求めるのは当然…  それなのに…そんな二人の恋路を邪魔をするだなんて――  とんだ無粋者がいたものですよねぇ…  ねぇ、藤社長…」 「…ッ、」 間が未だ零の首を締めあげながらチラリと伺い見るような視線を藤に向け… 藤は憔悴しきった表情を見せながらも それでも目の前の間を威嚇するように睨みつける… そんな藤の様子に間は笑みを深め―― 「おや…?藤社長…何だかお顔の色が優れないようですが――  ああっ!私としたことが失念しておりました…  同じαでも――  Ωから生まれた“特等α”である私からあふれ出る“服従のフェロモン”は…  貴方がたαやβから生まれた“凡庸(ぼんよう)α”やΩにとっては  少々刺激が強すぎるのでしたなぁ…すっかり忘れておりましたわ…アハハハッ!」 「くっ、」 間はその力を周りに誇示するかのように片手に零をぶら下げたまま 笑いながら両手を大きく広げ まるで舞台上の役者が高笑いをするかのように その場でわざとらしく大声で笑いだし―― その様子を隠れて見ていた他のキャストやスタッフ達は 間のその狂気じみた姿にますます恐れおののき震えだす… そんな中―― フェロモンそのものを感じとりにくいβならいざ知らず αのフェロモンの影響をもろに受けやすいハズのΩの(みお)はだがしかし… 何故か間から溢れ出ているハズの“服従フェロモン”に影響されている様子もないまま 同じく隣で事の成り行きを見守っていた万桜(まお)に向かって 焦った口調で話しかけた 「オイ万桜っ!お前もアイツと同じ“特等α”だろっ!?なんとかしろ!!」 「本気で言ってますっ?!  繊細で石楠花(しゃくなげ)の花のように美しいこの僕が…  あんな百貫(ひゃっかん)デブに敵うわけないでしょっ?!  冗談も休み休み言いなさいっ!!」 「ああ…うん…自分で自分の事を繊細で美しいとか言っちゃってるお前に  期待した俺が馬鹿だったよ…」 ―――お前の妹なら…今頃あのブタの無礼な態度に腹立てて    喜んで殴りに行ってただろうに…まったく…使えない兄貴だなぁ…おい… 「ハァ~…」と澪は万桜の隣であからさまな溜息を吐き出す… そこに震える緋色の声が エントランスに響き渡る間の笑い声を(さえぎ)り―― 「あっ…あのっ、間さまっ!」 「ん~?どうしたんだい?唯ちゃん…」 「も…もうすぐ僕との約束のお時間です…  そろそろ…ご予約いただいたお部屋の方に…」 「ああっ!そうだったそうだった!こんなところで遊んでる時間は無かったね。  それじゃあ――」 ドサッ、 「ぐッ、う”ぅう”…ゴホッ、ゴホッ、、」 間は今まで片手で握っていた零の首を急にパッと離し… ようやく間から解放された零はそのままその場で(くずお)れるようにして倒れこむと (うずくま)りながら激しくせき込み… 間はそんな零をまるで虫を見るかのように軽く一瞥(いちべつ)した後 すぐにまた不気味な笑みを顔面に貼り付けると、怯える緋色に向けて口を開いた 「私は部屋で待っているから…  唯ちゃんはもう既に衣装係に伝えてあるハズの私の指定した衣装に着替え  準備が出来次第…すぐに私のところに来るんだよ?いいね?」 「ッ、…はい…」 「ンフフ…楽しみだなぁ~…  それじゃあ藤社長…私はこれから唯ちゃんとのお楽しみの時間なので…  これで失礼するよ?フフ…」 「ッ、」 そういうと、間は階段の前で立ち尽くす藤の肩を軽く叩き… その横を上機嫌で通り過ぎると 部屋へ向かう為に中央階段を上ってそのまま姿を消し “服従フェロモン”が薄れ、この場を支配していた者がいなくなった事で エントランスホールに張り巡らされていた緊張の糸は一気に解れ… 今まで息を殺して隠れていたキャストやスタッフ達が まるで金縛りが解けたみたいに次々とその場に姿を現すと 慌てた様子でその場から動き出し…各自各々の持ち場へと向かっていく… そんな中… 緋色も間に指定された衣装に着替える為 一人衣裳部屋へと足を向けようとしたその時 藤が悲痛な面持ちで近づき―― 「ッ、ひい君…、ッすまない…私は――」 「…大丈夫だよ藤社長…僕は大丈夫だから…」 「ひい君…ッ、」 「そんな顔しないで…じゃあ僕…衣装に着替えないとだから…  それじゃあ…」 「ッ、」 緋色は無理やり作った精いっぱいの笑顔を藤に見せると まだ何か言いたげな藤を残し 今度こそ着替えるためにその場を後にした…

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