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第1話

運命、とか。 あなたは信じたことがあるだろうか。 少なくとも僕は今まで、というより生まれてこの方、そういうドラマチックな妄想を信じたことがない。 運命? はぁ? なんだそれ? って、感じかな? だって、ほら。 目の前にあるのは現実で、身に降りかかるのは幸も不幸もごちゃまぜで。 どっちかっていうと、僕に降り注ぐのは不幸の割合の方が多いけど、そんなのは僕にとって極々普通の日常で。 特にそんなことを意識して生きているわけじゃないから、辛くも悲しくもなくて。 ただただ、なんとなく生きてる。 色味で言うなら、ノアール。 サイレント映画みたいな、動きのみ。 でも、それが………。 ある日突然、一変してしまった。  「角倉くん、またぁ?」 「……はぁ、すみません」 その日僕はまた、バイト先でやらかしてしまった、らしく。 店長が、呆れた感と憤怒感を織り交ぜた目で僕を見ていた。 コンビニのバイトなんて、普通にしてたらそんなに間違えないし、単純なんだけど。 「鮭おにぎり1000個って、何?!」 「すみません」 「〝すみません〟って、本当悪いと思ってる?」 「はぁ……すみません」 そこまで店長が呆れて怒ってしまっているのなら、僕は反論する気力すらわかないんだ。 ………それ発注したの、店長ですよ? 〝0〟を多く売っちゃったんですよね? 店長。 いいですよ、慣れてますから、こういうの。 僕に当たってスッキリして。 僕のせいにしたら、肩の荷が降りるんなら。 それで、いい。 「角倉くん250個買い取ってよ」 「………27,500円は、ちょっとイタイです」 「角倉くん……」 「………100個なら」 「じゃあ、もう100個でいいよ!! 次からは気をつけてよ!!」 「………はい、すみませんでした」 と、いう経緯で。 深夜3時過ぎ、僕は両手に100個の鮭おにぎりをぶら下げて帰路についていたんだ。 大家さんに10個あげて、アパートの猫にも10個あげるだろ? あとは、冷凍しつつ80個を全部自分の腹に収めなきゃならない。 ………まぁ、いいか。 どうせ食あたりをおこしたりして、僕がいなくなっても誰もなんとも思わないし。 「っ!!」 爪先が地面に突如現れた突起物にすくわれて、僕は鮭おにぎりを盛大に撒き散らしながら、アスファルトにダイブしてしまった。 鮭おにぎりの処分方法に思いを巡らせて、足元をよく見てなかった僕も悪い。 でも、道のど真ん中に人が寝っ転がってるなんて、正直1ミリたりとも思わないじゃないか。 ……あぁ、めんどくさいなぁ。 鮭おにぎりの回収作業もさることながら、目の前にぶっ倒れているこの人について、僕はかなりめんどくさく思ってしまっていた。 酔っ払い、かな……? このままここに放置したら、お巡りさんに連れて行かれちゃうかもしれない。 最悪なら、車かバイクに轢かれてしまうかもしれない。 僕は体をおこして、その人の顔を覗き込んだ。 ………うわぁ、繊細な人だなぁ。 月の明かりに照らされたその顔は、かなり整っていてキレイで。 この世のものとは思えないくらい、美しくて。 僕は、息を飲んだ。 僕が盛大にぶつかった割には、平然と寝ているその人の肩に手をかけて、僕は軽くその体を揺さぶる。 「………あ、あの。大丈夫ですか? こんなところに寝ていたら、大変なことになっちゃいますよ?」 ピクリと反応もしないその人を、僕はより激しく揺さぶった。 「ヒィッ!?」 その瞬間、そのキレイな人がカッと目を剥いて、僕の手を力強く握ってきて。 僕は、非常に情けない声で悲鳴をあげた。 ………い、いきなり。  目ェあけるなよ、ビビるじゃないか………。 「おまえ、不幸体質だな………」 「はぁ?!」 開口一番「不幸体質だな」とか、なんなんだよ。 今、そんなこと関係ないだろ??? しかも、初対面イイトコのこの人に、なんでこんなことを言われなきゃならないんだよ、マジで。 ………まぁ、あってるけどさ。 「あ、あ、あの!! こんなとこに寝ていたらダメですってば! 起きて早く家に帰ってください!! よかったら鮭おにぎりもたくさんあげますから!!」 正直、早くこの人から解放されたかった。 関わり合いになりたくないから、鮭おにぎりでもあげて、早々に立ち去りたかった、のに。 「ちょうどいい。おまえにする」 「はぁ?! ちょ……ちょっと………何言って……」 その人は、体を素早く起こすと、僕の顔を両手で押さえて………キスをしてきた………!! 「んっ!!」 な、な、な、なんだ!? なんだよ?! 痴漢か?! 強姦魔か?! いや、いやいやいや! 僕は男だよ!! キスなんかしても、嬉しくないだろーっ!! 少なくとも僕は全く嬉しくないぞーっ!! バタバタ暴れているにも関わらず、その人の手を振り解くこともできず。 接点のある僕の口から、何かが体内に入り込んでくる。 「………ん、んふぅ」 頭が、ぼんやりして………。 霞がかかったかのように、視界が悪くなって………。 そっから先は、正直、全く覚えていない。 気がついたら家のベッドに寝ていて。 散らばったはずの鮭おにぎりが、テーブルの上にレジ袋にキレイに詰まって置かれていて。  ………夢、かぁ??? なんて思っていたら、さ。 〝よぉ、人間〟 頭の中からダイレクトに声が響いて、僕は驚きのあまりベッドから転がり落ちてしまった。 「ななななな、なに?! だれ?!」  〝そんなにビビるこたぁねぇだろ、人間〟 「ビビビビ、ビビる……ビビるよ!!」 〝昨日はよくも俺を踏んづけてくれたな〟 「………あ?」 〝思い出したか? 人間〟 「………あ、あの……人?」 〝ようやく分かったか、鈍感め〟 ………ようやくわかったか、じゃないよ。 なんで、僕の体の中から、あの痴漢ヤロウの声が聞こえてくるんだよ。 原因は判明したけど、状況が飲み込めなくて僕はたまらず頭を抱えてしまった。 ………つ、つーか。 「あなたは、誰なんですか?!」 とりあえず、状況を把握したかった。 したかったあげく、僕は相手の正体をストレートに聞くと言う暴挙に出てしまった。 〝俺? 俺は、サタナキア。悪魔だ〟 あ? あ、あ、あ、悪魔ーっ!? な、なんで悪魔………なんであんなとこに寝ていたのだ!! 悪魔のくせに!! 〝しばらく、おまえの体を使わせてもらう〟 「い、いや……なんで、どうして?! いやだ!! いやだよ!!」 〝まぁ、そう言うなって。もちろんタダでとは言わないからよ〟 「た……た、ただじゃ……ないって………」 〝腐ってもサタナキア様なんだぞ? 俺は? 気持ちよくさせてやることにかけては、魔界一だからな〟 「………はぁ?」 そういうと、僕の中にいる〝自称・悪魔〟のサタナキアは、僕の体を無理やり起こして、何故か浴室に向かった。 ………な、なんだ? 何、するんだ??? サタナキアは僕の服を勢いよく脱ぎ捨て、勢いよく浴室のドアを開けた。 徐にシャワーをひねると、僕の大事な前を左手で擦りだす。 「………な、なっ!? なにすんだっ!?」 〝何千人って奴らをヒィヒィ言わせてきたんだ。お礼におまえをヒィヒィ言わせてやるよ〟 「………や、やぁ、いい!! いらない!! 結構です!!」 〝そういうなって。どうせアッチもコッチも童貞なんだろ?〟 サタナキアは、僕の右手を………僕の後ろの孔に差し入れた。 「っ……!!」 〝どうだ? 気持ちいいだろ?〟 ………気持ちいいだろ? じゃないだろ!! これじゃ、単なる自慰行為だろっ!!  しかも、アブノーマルな………。 確かに僕はサタナキアのいうとおり、童貞だよ?! チェリーボーイだよ?! だからって……なんで、いきなりハードなヤツを自分でしなきゃなんないんだ?! 「……ん……ぁあ」 でも……気持ちぃぃ………。 ヤバい………マジで、立ってらんない………。  ヤバイ………。 まさか、この出会いが………。  ちょっと不幸な僕の日常を変えることになろうとは、夢にも思わなかったんだ。 サナタキアーーー。 18世紀もしくは19世紀に民間に流布したグリモワールの1つである『真正奥義書』よれば、サタナキアはルシファーの配下の悪魔であり、ルシファー、アガリアレプトとともにヨーロッパ・アジアに住んでいる。 また、その魔力はあらゆる女性を意のままに従わせる力を持つと言われている。 〝俺のこと、そんなに気に入ったか?〟 「んなワケないだろ!!」 頭の中に響く声に、僕は過剰に反応してしまって、大学の学食で大声を出した。 一斉に注がれる、ボッチへの視線。 僕は慌てて手で口を押さえて、会計学の本を立てて顔を隠す。 悪魔に体を乗っ取られて、かれこれ三日。 何かの突破口になるんじゃないかと思って、僕はスマホでサタナキアをググったんだ。 ググって、知ったからと言って。 結局、だからなんなんだ、って感じなんだけどな。 まぁ、結果として。 僕の中の悪魔は、ヤリチンでモテモテになる力を持っているということだけは分かった。  セックスのテクとしては、天下一品……いや、魔界一なのかもしれない。 「そういや」 〝なんだ?〟 「僕があんたを拾ったとき、あんたエラい美形だっただろ?」 〝あぁ、あれは俺の本来の姿だからな。まぁ、なんだ。自分で言うのもなんだが、目が覚めるような美形だろ?〟 「じゃあ、ソレどうしたんだ? 別に僕の中に入る必要なんかないだろ?」 〝人間界じゃ、もたねぇんだよ〟 「は?! じゃあ、もって何分だよ」 〝三分かな?〟 「はぁ?! おまえウルトラマンかよ!?」 再びーーー。 頭の中に響く声に、僕は過剰に反応してしまって、大学の学食で大声を出した。 そしてまた、ボッチの僕ににリア充の視線が一斉に注がれる。 〝おまえさぁ、その眼鏡とか髪型とか、なんとかなんねぇの?〟 「あんたには関係ないだろ!」 失礼極まりないサタナキアの言葉に、僕は極力声を抑えて反論した。 〝なかなか素材としてはいいんだぜ? 渚はよ〟 ……なんで、なんで。 いきなりなんで名前読みなんだ、サタナキア!! 「うるさいよ」 〝俺の依代がモサイなんて、かなり気に食わないんだが〟 「じゃあ、他のヤツにしろってば!」 〝おまえ、今、いくらもってんだ?〟 ……なんか、イヤな予感がするぞ。 「持ってない! 千円しかない!」 〝嘘つけ! 悪魔相手に嘘つくなんざ、5万年もはやいんだよ〟 左手が勝手に動く。 僕の支配下にある右手で必死に抑えようとするのに、サタナキアに支配された左手は、あれよあれよという間に鞄の中から財布を抜き取った。 「あ! ダメだ! それ、当面の……」 〝なんだぁ、結構持ってんじゃーん、渚くーん〟 まるで、カツアゲをするヤンキーみたいな口調で、僕の財布の中身を見たサタナキアは言った。 ……イヤな予感…………的中だ!? 〝このサタナキア様が、モサイおまえを一流のモテ男にしてやるよ〟 「や、ちょ……まっ!! それ、生活費なんだってば!!」 自分の体なのに、全く言うことをきかない……!! サタナキアは、僕の体を我が物顔で動かすと、颯爽と立ち上がり学食を風のように歩いて行った。 〝どうだ! 魔法みたいだろ!〟 「…………」 そう自慢げに言うサタナキアの言葉に、僕はただただ絶句するしかなかった。 鏡の前の僕が……別人すぎる。 あれから、学食から颯爽と大学の外に出て。 午後の講義をまるっとズル休みした僕は、今までにないってくらい変貌をとげ。 今までにない程、高額な金額を使った……。 まず、コンタクトレンズを作りにいっただろ? 次に、千円カットじゃない、カリスマがいるような美容室に行って。 カラーリングとカットを、目ん玉が飛び出て戻らなくなるんじゃないか、ってくらいの金額でしてもらった。 ……そこは、だな。 ヤリチンのモテ男であるサタナキアが、僕の体で美容師さんのほっぺにチューをして、五千円引きになったけど。 その後は、これまた店員さんが後をついて回ってくるような服屋に行って、頭の先から爪先までフルコーディネートで服を買う。 バイト代や親からの仕送りの一部である、7万円という金額は、ものの三時間ですっからかんになってしまった。 その代償、というか。 成果、というか。 自分で言うのも、なんなんだけど……かなりの美形に変身した僕がいる。 〝磨いた以上に輝いてるぞ、渚〟 「………そうかもしれないけど」 〝だろ?〟 「だろじゃないよ!! どうすんだよ!! 食べられるものも食べられなくなったじゃないか!! 講義の本だって買わなきゃならなかったのに!!」 駅のトイレで。 僕は人目も憚らず叫んだ。 ……どうしよう。 本当に、文字どおりの一文無しになってしまった……。 〝なら、稼げばいいだろ?〟 「どうやって?! バイトの給料日まで、まだだいぶあるのに!!」 〝稼ぐだよ〟 「なんで?!」 〝カ・ラ・ダ、で〟 サタナキアの狂気じみた回答に、僕は後ろにひっくり返るんじゃないかってくらい驚いた。 ………カ、カ・ラ・ダ、って。 正直、そっから先は殆ど覚えていない。 サタナキアが使い物にならない僕にかわり、金を持っていそうな男に声をかけて。 そのまま、ホテルに直行。 シャワーを浴びて、ほぼほぼ〝打ち上げられたマグロ〟状態で、僕はベッドに横たわっていた。 ……まさか。 体を売るなんて、僕は男なのに………こんなことになるなんて夢にも思わなかった。 そういえば……。 さっきから、やたらと頭の中が静かだ。 「よう、起きたか? 渚」 「!!」 この声!! 思わず、上半身をベッドから引き離した。 目の前をいるのは、シャワーを浴びて小ざっぱりしたあの金持ちそうな男。 でも……声は、サタナキアだ……!! 「な……なんで………?!」 「俺が抱いてやるよ。知ってるヤツなら、まだ気が楽だろ?」 ……いや、いやいや。 そういう問題じゃないだろ……!! 中身はサタナキアだろうけど、外見は思いっきり初対面のヤツだろーっ!! サタナキアに憑依された男は、僕の胸に手を添えると、ベッドに軽く押し倒す。 びっくりして目を閉じていた僕の唇に、柔らかなソレが重なった。 一番最初に……サタナキアにされたキス、そのもので。 途端に体の力が抜けて、火照ってくる。 力が入らなくなった足を大きく広げて、ローションを手にしたサタナキアは、僕の後ろにその指を入れ込んだ。 「……ん、んんっ……ぃやぁ!」 そのぶっ飛びそうな刺激に。 腰が浮いて、体が弓形にしなる。 ……気持ちいい、イヤなのに。 「もう、トロットロだな。渚」 「……や、やだぁ………」 僕の足を肩にかけた見知らぬ男のサタナキアは、思いの外、ご立派な男のイチモツをグッとさしこみ、僕の奥を一気に突き上げた。 ……星が、チラつく。 ……な、何………やってんだろうな、僕。 一日で散財して、金のために外見は別人の悪魔にヤラれてさぁ。 でも………気持ちぃぃ………。 ヤバイ、めっちゃ気持ちいいんだよぅ。

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