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第2話
「こいつ、結構もってんじゃん」
サタナキアは、見知らぬ男の格好のまま、見知らぬ男の財布を無断に開けていった。
「……勝手に………そんな」
「いいじゃんか、もらえるもんは貰っとこうぜ」
「ちょ……サタ………」
「大丈夫だよ。こいつ、意識あるから。財布の中の半分まではいいってよ」
「……はぁ?」
「意識あるんだよ、こいつの。俺がかわりに渚とヤッただけで。こいつの感覚と意識は生きてる」
「……はぁ??」
「〝気持ちよかった! またよろしく〟だってよ」
「!!」
……な、なんなんだよ……それ。
思いっきり売り専じゃないか……。
しかも〝またよろしく〟って、なんだよ……。
やっぱりコイツ、悪魔だ……。
なんだかんだ言いながら、サタナキアは〝自称・常連〟に立候補している見知らぬ男の財布から、僕が所持していたお金の倍以上を抜き取った。
あぁ、何やってんのかな……僕。
見知らぬ男がニヤッと笑うと、膝から崩れるように体が傾いて、ベッドに顔からダイブした。
同時に、僕の体が急に重たくなる。
飛行機の離陸時に感じる重力みたいな、そんな感じがして。
僕はベッドから転げ落ちた。
〝何やってんだよ、渚〟
「いや……だって……重…………」
〝慣れろよ、いい加減〟
「慣れろって!! おまえがヤリまくって腰が立たないんじゃないか!!」
〝いいから早くシャワー浴びて、帰るぞ! サッサとしねぇとコイツが起きて、もう一戦なんてことになるぞ? いいのか?〟
「やだ!! 絶対にやだ!!」
立たない腰を庇う、というか。
思いっきり四つん這いで浴室に移動して。
僕は頭の中でサタナキアに罵倒されつつ、大急ぎでシャワーを浴びると、ボタンをきちんとかけているか確認する間もなく、ホテルの部屋を飛び出した。
這々の体、ってこういうこと言うんだろうな。
せっかく買った服も、髪も、くたびれて。
僕は全力で走って家に向かった。
……なんなんだ。
こんなこと、まるで僕が犯罪者みたいに逃げ回ってんじゃないか……!!
……ど、どうしよう。
バレたら、親とかバイト先の人とか。
バレたら、僕……終了フラグ、たっちゃうよ。
全力で走って、全力で玄関のドアを開け、これでもかってくらい力一杯鍵をかける。
見慣れた我が家を視界に収めると、急に立っていられないくらい力が抜けて、台所に倒れ込んでしまった。
……あぁ、あぁ。
僕の人生ってこんなんだったか?
可もなく、どっちかっていったら不可ばかりで。
やたらツイてなくてなんとなく流されてる、そんな人生じゃなかったのか?
〝スリリングで、いいだろ?〟
「……よく、ない」
〝明日は、さっき買ったマリンボーダーのTシャツに生成のパンツな? それだったら眼鏡でもいいからよ〟
「今……それ、いうこと?!」
〝俺ァ、常にオシャレじゃなきゃヤなんだよ〟
「…………」
サタナキアは、僕の体を無理矢理起こして、着ていた服をハンガーにかけだす。
「あのさ……」
〝なんだよ、渚〟
「なんで、悪魔がココいるわけ?」
〝なんだよ、唐突に〟
「悪魔って、魔界にいるんじゃないのか? 普通。目的とかあるんだろ?」
〝……だから、なんだよ〟
「目的を達成すれば、帰るんだよな?!」
〝まぁ、そうだな〟
「教えろ!! それ!!」
〝はぁ?!〟
「目的、教えろ!! 一刻も早く魔界に帰れ!」
〝おまえに教えたところで、どうにもなんねぇんだよ!! バカっ〟
「なんだと!? おまえが勝手に僕の中に入ってきたんじゃないか!!」
ボンーーー。
小規模な爆発音が、体の中でした。
体が、宙に浮くんじゃないかってくらい軽くなって、思わず尻餅をついた。
……足元に、僕以外の足が見える。
思わず顔を上げた。
……目の覚めるような、あの美形が僕の目の前に立っている。
サタナキア……の本当の姿だ……。
「いい加減にしろよ、渚」
「は……はぁ?! いい加減にするのはおまえだろ!!」
「3分で言うことを聞かせてやる!! 〝もう、余計なことを言いません!! 言うことを聞きます〟って言わせてやる!!」
「は?……う、うわぁっ!!」
体が宙を浮いて、そのままベッドに張り付けになった。
体が……動かない。
動かない上に脚が勝手に開いて、腰が浮き上がる。
「覚悟しろよ、渚」
「や……やだ……。やだぁーっ!!」
サタナキアの体に、うっすらと浮かび上がった刺青のような模様が、だんだんと色味をおび……。
捻れたツノが、頭から生えた。
……あ、あああ……悪魔……本物の悪魔だーっ!!
そう思った瞬間、脳天がグラグラ揺れるような衝撃が体を貫く。
ふ……ふと…い…。
やだ……おっきぃ………。
ぁああ、あつぃぃ………。
「ぃやあ!! あぁん!! ら、らめぇ!! らめぇぇ」
理性も何もかも、吹っ飛んで。
ありえないくらいよがって、あえいで。
僕は、後悔した。
悪魔って、ヤバいじゃん……。
〝悪魔の3分間の本気〟が始まって、その洗礼をダイレクトに受けた瞬間だったから。
「……え? だれ?」
「か、角倉ですが……」
「え?……えぇ?!」
「……何か?」
「いや、なんでも……カンジ、かわりすぎだから」
「……変ですか?」
「いや、そうじゃないよ。……その、なんつーか」
「なんつーか、なんですか?」
「本当に、角倉くん?」
「…………」
バイト先の店長が、文字どおり目を白黒させて言った。
その分厚いメガネ越しの小さな目を精一杯大きくして、僕の頭の先からつま先まで視線を滑らせる。
……そんな顔、するのも無理はないけど。
そんな顔、することないじゃないか?!
多少……いや、大分。
サタナキア風味なナリをしているかもしれないけど!!
僕は僕なんだよ!!
そんな幾分失礼な店長に正直苛々しながら、僕は足早にバックヤードに入った。
マリンボーダーのTシャツの!!
生成のパンツの!!
カリスマがハサミでバズった髪型の、どこがいけないんだ!!
乱暴にロッカーを開けて、制服に袖を通すと。
サタナキアがヘアワックスなるものでルーズにセットした髪を、手でわしゃわしゃ掻き乱して。
足音をわざと大きくしてバックヤードを後にしたんだ。
僕は、僕だ!!
外見で陰キャが、なおってたまるか!!
見てろよ? 陰キャの凄さを見せつけてやるからな?!
見てろよ!! サタナキア!!
……と、意気揚々に僕はレジにたったのに。
なんか……いつもと様子が違う。
やたら客と目が合う。
いつもなら、視線すら合わないかわいい女の子にジッと見つめられている。
それだけじゃない。
ありとあらゆるヤローどもとも、尽く視線が合って。
しかも、その視線が熱い……。
「お会計が、589円になります」
「…………」
「……1000円、お預かりします」
「…………」
「411円のお返しです。ありがとうございました」
「あ、あのぅ!!」
今の今まで、視線だけはやたら熱いくせに無言を貫き通したリーマン風の男が、店内に響くようない声を発した。
「……は、い?」
それに反して。
僕の声は、驚くほど小さくか細い。
「バイト、何時に終わるんですか?!」
「は?」
「デート!! してください!!」
「へ?!」
「あ、ああ! デートじゃなくて!! 飲み……飲みにいきましょう!!」
「…………」
「ね? いいでしょう?」
「…………〝失せろ、下衆が!〟」
と、絶妙のタイミングでサタナキアが、言葉を発する。
地獄から湧き上がるような、邪悪な声に。
そのリーマンは脱兎の如く、コンビニを後にした。
…………これの、これな、こういう状況。
今日、何回目だ?!
いつもなら「なんて事言ってんだ! 角倉くん!」なんて言う店長も、今日は無言で見守るだけで何も言わない。
何が……何が起こってるんだ?! 一体……。
〝どうだ? 激モテになった感想は?〟
サタナキアが自慢げに言った。
「……モテ、てんのか? これ」
〝モテてんだろ。今や老若男女、渚とヤリてぇって思ってるよ〟
「ヤ……!? バカっ!! 何言って……」
そう言いかけた瞬間、コンビニの出入り口から高そうな花の匂いがブワッと巻き起こった。
な……なんだ?
思わず、出入り口に視線を投げる。
「うわぁ、かっけぇ……」
つい、口から素直な感想がこぼれ出た。
スラっとモデルみたいに高身長な肢体の手足は長くて。
白いTシャツとジーンズという、外人しか似合わないようなシンプルな格好でもオシャレに見えて。
栗色のサラサラの髪が風になびく。
整った日本人離れした顔が、店内にいる人の視線を一気にかっさらっていった。
〝カマエル……〟
サタナキアが、小さく呟いた。
その声が、いつものそれと違って……。
随分、小さく……心許ないものに聞こえた。
〝ただ今店内イケメンナンバーワン〟のその人は、僕に向かってニッコリ微笑むと。
靴底をイケメンらしく鳴らして、僕に近づいてきた。
……イケメンは、靴音までイケメンらしい。
「久しぶり、サタナキア」
なっ!? なんで?!
なんで、知ってるんだ?!
なんで、その名前をピンポイントで当てちゃうんだ?!
「〝八百年ぶりか? カマエル〟」
そう言ったサタナキアの声が……。
隠していても、いつになく華やいで嬉しそうで。
……なんだか、ピンときた。
目的は、この人なのかもしれないって。
……陰キャの直感が、過去最大級にフル活動した瞬間だったんだ。
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