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第3話
「……目的、見つかっただろ」
『はぁ、何のことだ?』
「嘘つけ! さっきのあの超美形がおまえの目的そのものだろ!! サタナキア!!』
『さぁ〜? なんのことかなぁ?』
「!! しらばっくれんな、この悪魔!!」
『悪魔だけど、何か?』
「っっ!!」
しらばっくれるサタナキアと、こんな「暖簾に腕押し」みたいな会話を続けて30分あまり。
バイト帰りに、ほぼほぼ独り言の域を脱しない罵詈雑言をしている僕は。
通りすがりの人からも、だいぶ距離を置かれている雰囲気を感じていた。
「だったら、さっきのあの態度はなんなんだよ!! 途端に甘い声なんか出しやがって!! 僕には偉そうなこと言ってるくせに、ひょっとしたらおまえがアツイに、ニャンニャン言わされてんじゃないのか?!」
『…………』
……急に黙り込む、サタナキア。
なんだよ……図星かよ、マジかよ。
僕の図星に、ショックを受けたのか。
それっきり、今まであんなに饒舌にしゃべっていたサタナキアが、うんともすんともしゃべらなくなって。
そっからの家路が、やたら静かで、やたら長く感じた。
……悪い事、したかな?
「おかえり、サタナキア」
感傷に浸りながらアパートの階段を昇って、家の鍵をポケットから出したその時。
「!?」
どこかで聞いたことがある声と、目が覚めるようなデジャブなイケメンの存在に。
僕は叫び声を上げそうになった。
『カマエル』
そのかわり、今まで単語すら発しなかったサタナキアが、僕を押しのけるように答える。
サタナキアは勝手に鍵を開けると、カマエルと呼ばれるイケメンの手を強引に引っ張った。
重たい玄関のドアを閉めると。
僕の体を乗っ取ったサタナキアは、イケメンの頬を両手で覆って深いキスをする。
次の瞬間、体がフッと軽くなった。
ガクっと膝が崩れて、イケメンを押し倒すような形で倒れ込む。
「あ、ごめん」
「いや、こっちこそ」
「あれ?」
「あ?」
なんか、声が違う……。
カマエルじゃない、のか?
上を見上げると、丸い光が2つ。
ひっつき合って、フラフラフラフラ、部屋の中を浮遊していて。
直感的にサタナキアとカマエルだと思った。
よかったなぁ……。
幸せになれよ、サタナキア。
さよなら、サタナキア。
と、妙に親心が生まれた瞬間、丸い光がまた僕たちに近づいて、体の中に入ってくる。
ちょ……ちょっと。
僕の体よ、さようなら。
幸せなります、僕たち……の流れじゃないのかよ。
『やっぱ、実体ないと満足しねぇな』
『そうだね』
……はぁ!?
はぁぁ?! なんだよそれーっ!?
勝手に、服を脱ぐサタナキア。
勝手に、イケメンが僕ん家で全裸になって。
あらゆるところが眩しいイケメンは、僕を押し倒して、胸の膨らみに歯を立てた。
『「いや……」』
サタナキアと僕の声が、重なる。
……やっぱり受けか、コイツ。
イケメン、いや……カマエルと重なっている肌が、熱を帯びて敏感になって。
今までにないくらい……僕もサタナキアも感じているのが分かる。
『グズグズにしてあげる、サタナキア』
『……早く……早く……シ、てぇ』
人間の僕とイケメンを通して、自称天使と悪魔の愛の営みが、始まった。
「なんか、言うことあるだろ……サタナキア」
『……別に?』
「僕にさ、〝老若男女、ニャンニャン言わせた〟とか言ってなかったか?」
『はぁ? そんなこと、言ったか?』
「言っただろ!」
『聞き間違いじゃねーの?』
「!!」
すっとぼけるけることは悪魔並みに上手い、というか。
本物の悪魔のサタナキアがこうなりだすと、絶対に僕ではサタナキアの口から真実を聞き出すことはできない。
いつもの僕なら、そう。
陰キャの僕ならここで気分も萎えて「もう、面倒くさい」と思うはずなのに。
今日は、なんか気分が昂って……。
け、決して! イケメンとヤッたからじゃないぞ!?
自分がイケメンになったような、そんな錯覚を起こしているわけでもないからな?!
そんないつもの僕じゃない僕は、量販店で買った見たからに安っぽいローテーブルを思いっきり叩いた。
「すっとぼけんな!! おまえの目的をちゃんと言え!!」
『うるさい!! おまえだってイケメンとヤれて良かったんだろ?!』
「はぁ?! おまえがあのイケメン天使とヤリたかっただけだろッ!!」
『!!』
途端に、静かになり。
サタナキアが一言も言葉を発しなくなった。
「……どうしたんだよ」
『……』
「なんか言えって、サタナキア」
『……したかった』
「はぁ?」
しおらしく、そして、恥ずかしいそうに……。
恋する乙女か!? と、ツッコミたくなるようなか細い声で。
そんな声を振り絞るように、サタナキアが言った。
『アイツと……アイツと……。駆け落ちしたかったんだよー!!』
「……はぁ?」
『カマエルと、カマエルと……ずっと一緒にいたい! だから駆け落ちしたいんだ!!』
「……どっからか、走って落ちるのか? おまえら」
『……バカか、おまえはーっ!!』
……サタナキアが、ブチ切れるのも無理はない。
駆け落ちと言うことばが、死語すぎて知らなかった僕も悪いし。
でもさ、天使と悪魔が失楽園するなんて聞いたことないし、前代未聞すぎるだろ?!
あまりの僕の陰キャ加減に、サタナキアの中の何かがぶっ壊れたのか。
それから、サタナキアは蚊のなくような声で、ポツポツと話し出した。
天使のカマエルに会うまでは、僕に言ったとおり老若男女をブイブイ言わせた悪魔だったらしい。
ある日、人間相手にいつものとおりブイブイ言わせていたら、天使のカマエルがサタナキアの前に現れた。
サタナキア曰く、それは一目惚れで。
雷に打たれたような衝撃に加え。
ブイブイ言わせる側のサタナキアが、あろうことか初めて「抱かれたい!」と思う相手だったらしい。
その思いは何百年、何千年と変わらず。
二人は駆け落ちをするべく、こうして人間の世界で逢瀬を重ねている、とのことだった。
「じゃ……早いとこすればいいじゃねぇか。駆け落ち」
『邪魔がはいる』
「邪魔?」
『必ずどちらかの眷属が俺たちの動きを察知して、俺たちを離れ離れにする。前回はカマエルの上司とかいう奴の金槌で殴られて地獄の底まで落とされた。その前は、同僚のアガリアレプトに捕まった。その前は……数えたらキリがない』
「……ツイてないな、サタナキア」
『渚ほどじゃない』
「!!」
そう言うと、サタナキアは深くため息をついた。
「でもさ、サタナキア。何か変じゃないか?」
『何が?』
「なんでダダ漏れなんだよ、おまえらの駆け落ち」
『……』
「そんなにたくさん駆け落ちしてたら、一回くらい成功しないか? 普通」
『……』
サタナキアが、再び押し黙る。
「誰かに駆け落ちのこととか言ってないのか? 本当に二人だけの秘密だったのか?」
『俺は言ってない!! 俺は……俺は、悪魔だけど!! アイツのことに関しては嘘なんかついてない!!』
「……じゃあ、答えは出てるじゃないか。……サタナキア」
『……』
「しっかりしろよ、サタナキア! ずっと繰り返すのか? こんなこと!!」
『……けど!』
「サタナキアは僕を変えてくれたじゃないか!! その張本人がそんなことでどうするんだ! ちゃんと前を見ろよ!! そして、ちゃんと前に進めよ! サタナキア!!」
『……』
体の中からサタナキアのすすり泣く声が聞こえる。
……かわいそうだけど。
このままじゃ、サタナキアがこの先ずっと辛い目に合わなきゃならないことを考えると。
僕は言わざるをえなかったんだ!
「カマエルに会いにいこう! 今すぐに! 会ってちゃんと駆け落ちするぞ!! サタナキア!!」
すすり泣くサタナキアを体内に収めた僕は、玄関に散らばった靴の踵を踏みつぶして。
深夜の、ひんやりとする外に飛び出したんだ。
雨が、降っていたのか。
アスファルトの路面が、外灯の光を反射して。
反射していない部分の闇をより一層深くする。
ピシャッと跳ねる水が、激しく僕にはねかえった。
息が白くもやになり。
暗い夜道に、うっすらと浮かび上がる。
アスファルトの暗い部分に足を踏み込むたびに、その中に引き摺り込まれるような感じがした。
カマエル……!
カマエルは、どこだ!!
「サタナキア! カマエルはどこだ!」
『……』
「ハッキリ言え!!」
『……北』
「北ぁ?! どっちの北だよ!!」
『……こ、こう……えん』
「はぁ?!」
『公園っつってんだろ!!』
「サタナキア、何急にキレてんだよ!!」
『うっせぇな! 何急にキャラ変してんだよ!! 渚!!』
『おまえこそ、うっせぇよ!!』
走りまくって。
バイト先のコンビニにほど近い公園にたどり着いた。
その一角に、外灯の以上に輝く一団がいた。
まぁ……なんだ。
白い服を着て発光しているみたいになってるだけなんだけど。
にわかに信じがたい天使という先入観からか、カマエルとそれを取り巻く数人が、凄く眩しくみえた。
『渚』
「シッ!」
『……』
「何か言ってる……」
公園の植木に沿って、大の男が身を屈めながら。その眩い一団に近づく。
おそらく、側から見たら100%怪しげなのは、僕の方で。
ビビってすっかり大人しくなったサタナキアが、体の中から段々と冷たくなるのがわかった。
「……つも、懲りないな」
カマエルの発した声が、楽しそうに弾んで響いた。
「よっぽどカマエル様のことが、好きなんだぜ?」
「すげぇよな、悪魔のくせに」
「あぁ、悪魔のくせによがるんだ。かわいい声をあげてな」
眩しい一団の笑い声が、夜の公園に広がる。
……内容からして、サタナキアのことを馬鹿にしているのは。
非リアの僕には、痛いほど伝わった。
「で、いつまた封印するんだ?」
「あぁ、もうちょっと遊んだらな」
「意地が悪ぃな、カマエル様は」
「そんなことはない。悪魔に比べたら優しいもんだろ」
「しかし、まぁ……気づかないもんかね、サタナキアも」
「……気付くワケない。俺があれだけ激しく抱いてやってるんだ。抗えるワケないしな。全ては、仕組まれてるんだって……馬鹿だから気付くワケないだろ?」
そう言って、また。
一団が声を大きくして笑う。
天使なんだろ?! アイツら!!
天使のくせに、リア充極まりないのに!!
なんでこんなに根性がひんまがってるんだ!!
熱くなる僕の頭とは裏腹に。
サタナキアのいる体の中がまたスッーーっと、寒くなった。
「……サタナキア?」
『……知ってた』
「え?!」
『そんなことくらい……知ってたよ』
柄にもなく声を震わせて言うサタナキアに、僕は声をかけることすら出来なくて。
冷たくなった体の中から、再び声が聞こえるのをただ待つしかなかったんだ。
『……でも。それでもオレは……。アイツが好きだったんだ。カマエルと一緒にいたかったんだ』
「サタナキア……」
『一緒にいるだけでよかった。それが偽りでも、オレを陥れる罠だとしても。好きな人の側にいたかったんだんだ……』
ドクンー、と。
繋がっていた心臓が二つに分かれるような衝撃がして、僕は雨が降った後の濡れた地面に倒れ込むように手をついた。
その目線の先に、見慣れた足が映し出された。
サタナキアが、僕の中から出てる……!!
なんで?!
足から上へと視線を向け、僕はサタナキアの表情をみたかったのに。
暗くてよく見えなくて、僕はその足に手を伸ばした。
「サタナキア……?」
『……体、返してやるよ。渚』
「は?」
『おまえは、オレみたいなるなよ』
「……な、何いって?! サタナキア?!」
『ここで仕返ししねぇと、悪魔じゃねぇからな!』
「お、おい! おまえ!! 死ぬつもりか、サタナキア!!」
『バーカ、死ぬワケないだろ。……ま、地獄の底には落とされるだろうけどな』
「え?!」く
『……ありがとな、渚』
「サタナキア……」
『さよなら、だ』
そう言って、サタナキアは眩い一団の方に走って行った。
瞬間、雷のような光が空へ向かって無数に伸び、ミサイルでも落ちたんじゃないかってくらいの爆発音があたりに響いた。
その衝撃で、僕は体ごと吹っ飛ばされたらみたいになって。
そこからの記憶がない。
唯一わかることは……サタナキアが、僕の中と僕の前からいなくなったってことだけだった。
気がついたら、公園には誰もいなくて。
大きな鳥のような天使の翼と、コウモリのような悪魔の翼が。
外灯に照らされて、公園の地面に焼きつくように残っていて。
サタナキアが、カマエルを道連れにしたんだって。
さっき言ったとおり、二人で地獄の底に行ったんだって……直感した。
僕とサタナキアの繋がっていた何かも、消えちゃったんだって。
「角倉くん」
「はい、店長」
「ロールケーキの発注数が……」
「それ、店長が頼んでましたよね?」
「え、でも……」
「僕最近、バイト中ICレコーダーで会話録ってるんです。よく間違うんで」
「……」
「なんから、聞きます?」
「いや、なんでもない。……大丈夫だよ、角倉くん」
そう言った店長は、顔を引きつらせてバックヤードに戻って言った。
いつまでも前の僕だとは思わないでほしい。
僕は、変わった。
サタナキアと出会って、サタナキアと別れて。
僕は、変わったんだ。
他人に流されないし、服のセンスも良くなったし、脱非リアをして。
……なんとなく、胸を張って生きていけるようになったんだ。
なんか、変われるきっかけを。
悪魔によって与えられるなんて、思いもよらなかったけど。
……まぁ、人に言っても信じてもらえないけど。
でも……。
「渚」
コンビニの入り口から声がして。
僕はその声に振り返る。
「晶」
あのカマエルの依代になっていたイケメンが、にっこり笑って僕の名前を呼んだ。
僕はその声に返事をする。
そう……こいつだけは、信じてくれて。
僕の身に起こったことを共有してくれて。
……僕は、なんとなく。
こいつとかどこかが繋がってるんだって、思ったんだ。
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