3 / 41

痛い記憶

「最近お前付き合い悪い」 そんな事を言われて、ルナを拾ってからの自分を振り返る。 大学にはもちろん行く。 講義もマジメに受ける。 学食で飯食って、午後からの講義があれば出席して、終わったらソッコー帰ってルナの様子を見て、飲み水や餌のチェックをしたらバイトがある日にはバイト。 ない日にはルナを膝に乗せて勉強。 一日の〆にはルナの身体をブラッシングして、一緒に寝る。 それが幸せ過ぎて、サークルにも飲み会にも顔出ししていなかった。 「あーごめん」 「で、さ! 今夜合コンするから来いよ! 可愛い子来るぞ?」 可愛い子ねぇ……。 「んーごめん。やめとく。他誘って」 ただでさえ女の子と付き合いたい欲求がなかったところにルナが来て、俺は賢くて大人しくて癒しの源のルナに夢中で。 ルナ放ったらかして合コンなんか行っても楽しめないに決まっている。 「んだよ。ついに女でもできたのかよ?」 「そんなんじゃねぇよ」 女、か。 ルナが女だったら……いや、あいつオトコノコだった……ルナが人間だったら……良かったのにな、なんてほんのちょっとだけ思う。 俺のくだらない話に絶妙なタイミングで相槌を打ってくれて、勉強してる時は大人しいのに終わった途端に甘えてきて、テレビ見ながら俺が笑うと同じタイミングで尻尾を振って喜んで(いるように見える)。 ルナが人間だったら、俺、もっと寂しくないかも。 あれ? 俺、寂しいの? 「なぁ、マジ来ないのかよ? あの聖華女子大だぞ!?」 あぁ、美人でお金持ちのお嬢様が多いので有名な、ね。 「行かない……興味ない」 「お前みたいなイケメンいないと盛り上がんないじゃん……つーか、お前まだ引きずってんの?」 「……違うって」 コイツが言っているのは三年も前に別れた彼女の事だ。 クラスは違ったけど同じ高校で、卒業式にスマホの番号とメアド教えてくれて、それでダメ元で告白したらOKされて、浮かれまくった。 高嶺の花だったから。 その高嶺の花の笑顔が曇らないように、俺は必死で。 でも高嶺の花って、だいたい既に誰かのモノなんだよな。俺は必死過ぎて気付かなかった。 ずっと付き合ってる男がいて、俺はただの暇潰しで。そして金ヅルで。 「大事にしてね?」 初めてキスした直後にそう言われて、バカ正直に大事にした。 手を繋ぐのも許可を得てから。もちろんキスも。それ以上の事は俯かれてしまうと怖くてできなかった。 陰で嘲笑っていたんだろうと思う。 俺が贈ったプレゼントの幾つかはわずかばかりの金になっただろう。その金が本命彼氏との旅行のお小遣いくらいにはなっただろうか。 「あの子、ちょっと……止めとけよ」 と何も知らない俺に教えてくれたのは違う学部の同じサークルのヤツ。 世間って狭い。どこにも接点なんてないと思っていた人間が仮想空間で繋がっているなんて。 SNSなんて興味もなくて、アカウントさえ持っていない俺には解らないと思ったのか、彼女の本命が旅行の写真とかキス写真とかアップしてるって教えてくれて、最近彼女にはプレゼント攻撃してくるストーカーがいて、金になりそうな物は売って旅行するつもりだって全世界に向けて発信していると教えてくれた。 「最初はお前がホントに付きまとってんのかと思ったけど、すげぇ嬉しそうに彼女できた時の卒業式の話とかしてたから……こりゃ違うなって。下ネタ振っても真っ赤になって彼女大事にしたいからって言うの聞いて、あ、騙されてる……って……」 すぐには信じなかった。でも、どこかでそうかも、とも思った。 付き合ってるのに彼女が俺の部屋に泊まった事なんてなかったし、来ても一時間もしない内にいつも外に出たがった。ソワソワして……今なら解る。襲われる可能性が無きにしも非ずってヤツだ。 顔色を失くした俺にトドメを刺してくれたのも友達で、SNSにアップされた写真を見せてくれて……。 その事自体にはとても感謝している。そういう決定打がなければ、きっと目を逸らし続けたと思うから。 「帰る」 今更どうでも良いけど、思い出して愉快な過去ってわけじゃない。 「おい! ヤな事思い出させてごめんって!」 「良いって! マジでもうどうでも良いんだって……待ってるヤツがいるから。帰る」 嘘じゃない……今日もルナは俺の言い付け通りに待っているはずだ。 玄関を開けたら嬉しそうに耳と尻尾をピンッと立てて駆け寄って来るはずだ。 無性にルナに会いたい。

ともだちにシェアしよう!