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二つ目の嘘
少しでも高値で売ろうと思えば、色々と分別して、オークションに出したり、買取店を幾つか回ったりするべきなんだろうけど、俺には時間がない。
という事で、ネットで調べた一番近い即日査定即日買取現金手渡しの出張可能な買取業者に来てもらう事にした。
友達は良いのか? と朱雀に問われ、消えるギリギリが良いと答えた。
資料の他、かなり値の張る文献などを渡すのにどう嘘をついてもバレそうだから、部屋の片付けで間違えて捨ててしまわないように預かってくれと言うつもりだ。
俺の案に二人とも賛成してくれて、今は子猫になって俺の腕の中にいる。
俺の部屋とはいえ、俺以外の人間が入って、二人に影響が出ても困るからだ。
「二人とも大丈夫?」
洋服を査定中の業者さんにバレないように囁くと
「にゃ!」
「にゃあ!」
と猫になりきった返事が返ってきた。喉はゴロゴロしているし、尻尾もゆらゆらぱしぱしと動いているので大丈夫そうだ。
「他は……」
「全部お願いします。この部屋にある物、全部。あ、その段ボール以外で!」
全部、と言われて驚いた顔の業者さんに怪しまれないように笑顔を見せて
「実家に帰るんです」
と言うと、彼は良いですねぇと答えて広げた洋服をまとめて、何かをメモ紙に書き込んだ。
「うむ。間違ってはいないぞ、深海 」
「しっ! 喋っちゃダメ!」
慌てた白虎の猫の手が朱雀の猫の口をムギュッと抑えて、朱雀はモゴモゴ言いながら白虎の口を抑え返した。お前も喋っただろ! って言っているらしい。
上から見下ろしていると可愛い子猫が二匹じゃれているようにしか見えないし、業者さんは査定に集中しているのでバレてはいない。
「全部でこれだけになります。どうでしょうか?」
洋服、生活家電、キッチン用品、テーブル、小説……それら全てをひっくるめて提示された金額が安いのか高いのか、俺はこれでコーヒーが幾つ買えるかな、と思いながら同意して、金を受け取って領収書にサインをした。
運び出しを手伝って戻ると子猫が二匹飛びついて来る。
「深海、しばし抱け」
「私も!」
我先に、とよじ登って来る二匹を同時に抱え上げて顔を見る。
「気分悪い?」
「少しだけ……部屋の気が澱んだ。再び深海の気で満ちるまでこうしていて欲しい」
「すみません……お願いします」
「良いよ。落ち着いたらコーヒーにしようか?」
賛成! とバタバタ尻尾が揺れて、腕の中で朱雀が笑い出した。
「深海、早く気を満たせ! こぉひぃが飲みたい!」
「無茶言うな! どうやったら気なんか満ちるんだよ!?」
「和子 を呼べば良いのでは? 今日はまだ聞いていません」
「え、何? ルナって言ったら気が溜まるの? 初耳だけど!」
俺の声はルナに届く。
そう思うと嬉しくて仕方がない。ルナ、と声に出せば見せてくれた色々な表情を思い出して、自然と顔が緩む。
「お前は本当に和子を嬉しそうに呼ぶなぁ」
「当たり前だろ! 俺の声がルナに届くなら嬉しいに決まってる」
「和子も自慢していたんですよ? ルナという美しい名をもらったのだ! 呼んで良いのは深海だけなんだぞっ! って。本当に二人とも見ていて愛おしくてなりません」
「……絶対お前に和子の名を呼ばせてやる」
俺はルナの本当の名前を聞いていない。
伴侶となる相手にしか教えない名前を朱雀も白虎も知るはずがなく……。
伴侶の名を知らない俺を思っての朱雀の言葉にありがとうと頷いて腕の中の小さな二人を力いっぱい抱きしめた。ヒトの形をしていると俺よりも大きいから、こんなチャンスは滅多にない。
しかもルナ以来のもふもふ!
「うぶぶ、深海、くるひい……」
「ぐぅ、そろそろ良いかも知れませんね」
腕の中の可愛い子猫の姿が消えて……。
「服を着ろーっ!!」
二人の体重を支えられなかった俺は全裸の美形伴侶二人に押し倒されて、慌てて叫ぶ。
チラッと見えた白虎の身体は朱雀よりは少しだけ華奢で、白い肌は銀色の髪とアイスブルーの瞳が良く似合う。
朱雀の赤い髪が広がってもこの肌ならば綺麗に映えるだろうな、と考えて慌てて想像しかけた二人の幻を頭の中から払いのける。
ルナ、違う! これは、とにかく違う! 俺の上でさりげなくいちゃつく二人が悪いんだからな!?
「あぁ、髪が乱れたな? ほら、那智 じっとしてろ……」
「あ、もう。着物着た後でも良いのに……あ、燐 、私の髪がついてる……」
ほっといたらキスし始めて、その先にも進んでしまいそうな二人……。
俺、お邪魔虫っぽい……。
いや、確実にお邪魔虫。
「だから服を早く着ろーっ!」
経験値が低いんだから、本当にやめて欲しい……あたおたする俺に朱雀が何でもない事のように
「刺激、強かったか?」
とニンマリと笑い、それに反応した白虎が赤い顔をしてポカッと朱雀の厚い胸を軽く叩いて……いちゃいちゃエンドレス。せめて下半身を隠せ。
良いよ、もう。
俺もルナを抱きしめる事ができたら、めちゃくちゃ甘やかして、いちゃいちゃしてやる。
二人を残して何もなくなったキッチンへ行ってコーヒーの準備をする事にした。
さすがに艶やかな声が聞こえて来たら朱雀を殴ろうと思っていたのに二人はコーヒーの香が漂う頃にはきちんと着物を整えて現れた。
「深海、こぉひぃの準備はいつできる?」
目の前のコーヒーに砂糖を入れながらの朱雀の質問に首を傾げた。
「郷 に持って行くのでしょう? たーっくさん! お手伝いできたら良いんですけど、人の活動が活発な時間帯は……」
「あ! あぁ、急がなきゃだよな? このコーヒーを飲んだら店を回ってみるよ。買い占めってヤツだ」
「逢魔刻 に間に合うか? だいたい六時くらいだ」
今が午後二時過ぎ。大量に買うから配送してもらえるかも知れない。
コーヒーだけじゃなく、ちょっと贅沢してプラスチック製じゃない陶器のドリッパーも欲しい。プラスチックなんて郷にはないだろうし、綺麗に絵付けしてあるドリッパーならルナも喜んでくれるかも知れない。あ、手が滑って割ってしまうかも知れないから、予備も買っておこう。あとはフィルターも大量に要るな。
「その前に亮平にも会いに行かなきゃいけないから急がなきゃ……」
「それは明日で良いぞ」
「今日の逢魔刻に一度道を繋いで、こぉひぃを先に運んでしまおうと思います。転移させますから大丈夫です。大切に思う方々とは深海さんが納得するまで語らっていただきたいですし、ね」
「お前の事だ。俺達に気を遣ってんだろ? 確かに時間はないが、話したいヤツとは全員と話しておけよ? 郷に行けば“深海”という存在はこちらでは消える。だがお前の中から消えるワケじゃない。だから心に浮かんだ全ての人と話しておけ。後悔のないようにな?」
さっきまで俺の前でいちゃついてた二人とは思えない。
口を開けて二人を見る俺を朱雀が笑う。
「なんだよ? ヘンな顔して」
「いや、なんか朱雀がまともで……っていだだだだだっ! 頭っ! 痛いって!」
ガッチリ掴まれた頭にちょっと爪が……。朱雀さん、すごく痛いです……。涙目で朱雀を見上げて、やめてくれと訴えると、そっと朱雀の腕に白虎が触れた。
「深海さんを傷付けたら和子の不興をかいますよ?」
「お!? それは……」
マズイ、と呟きが聞こえると同時に頭を締めつける痛みが和らいだ。
しっかりと爪痕の凹みを残した頭皮を指先でマッサージして、溜め息を一つ。
つい血が出ていないか指先を確認してしまうのは仕方がないと思う。
「はぁ……じゃあとりあえずコーヒー仕入れて来るよ」
「いーっぱい! お願いしますね!」
「了解! 行ってきます」
お茶会をとにかく楽しみにしている様子の白虎を見るとやはり可愛いと思う。
電化製品に興味津々で、質問ばかりの朱雀も、兄貴肌だけど可愛いと思う。無邪気で素直で時に厳しい二人を見ていると、どうしてもルナを思い出す。
同じ郷の者だからか、とても良く似ていると思う。
安売りで有名な量販店を目指し歩きながら祖父母に電話をかけた。
会いに行ける距離じゃないから、せめて電話。
毎年、美味しい米をありがとう。気にかけてくれてありがとう。子供の頃、すごく大きなカブトムシを採ってくれて、川釣りを教えてくれて、本当に楽しかった。ばあちゃんの作る蕗 の煮物は天下一品だと思う。弟をよろしく。
今年はカマキリの卵の位置が高かったし、カメムシも多いから大雪になりそうだと零すじいちゃんに風邪をひかないようにと告げてばあちゃんと仲良く元気でね、と言うと、町内会のカラオケ大会に二人とも参加する予定だから、ライバルだと笑っている。どうせ出るなら二人で一緒に歌えば良いのにってデュエットを勧めると、そんな恥ずかしい事できん! と一蹴されてしまった。
「来年の正月には遊びに来んか?」
「うん! 行く!」
そうか! 来るか! と喜ぶじいちゃんの声に、俺は立ち止まって道端で泣いた。
初孫の俺を無条件で可愛がってくれたじいちゃんとばあちゃん。田舎暮らしが嫌いで虫が嫌いで仕事が忙しかった親の都合で頻繁には会いに行けなかったけど、じいちゃん手作りのワラジがびっくりする程履き心地が良かった事やばあちゃんが縫ってくれた浴衣の模様は今も覚えている。
都会生まれ都会育ちの俺にたくさんの自然を教えてくれた大切な人達。
俺に自然の尊さを教えてくれた人達。
「深海は餅が好きじゃったなぁ! ばーさん! 深海が来年の正月来るけぇよぉ、餅! 多めに用意しちょけ!」
「まあ! みーくんが来るそかね!? そりゃあ出来合の御節じゃいけん! 作らにゃ!」
弾んだ二人の会話に胸が締め付けられる。道行く人はチラッと俺を見てはすぐに目を逸らす。
「のう、深海……泣いちょるんか?」
「いや、うん、元気そうで良かったなぁって思って」
「元気じゃわい! ワシは百まで生きるわ!」
「うん。田んぼもあるしね」
「深海よぉ、お前は自分の幸せの事だけ考えちょったらえぇけぇの? じゃあの、電話代も高かろうけぇ切るの!」
俺の返事も聞かずに電話を切るのもいつもの事で、あとでばあちゃんに怒られるんだ。
思い出してクスッと笑ってしまった途端、掌のスマホが震えた。
「もしもし?」
「みーくん?」
「え! ばあちゃん!?」
「もう、じいちゃんばっかりみーくんと喋ってから! ばあちゃんだって声が聞きたいわぁねぇ」
コロコロと笑ういつものばあちゃん。
「幸せになりさんや? みーくんが、幸せなんが、うちら一番嬉しいんじゃけぇね? ほいじゃあ、元気でねぇ」
一方的に電話を切るのはばあちゃんもだった。
でも、何か……引っかかる。
その引っかかりが解らないまま量販店に着いて、在庫まで買い占めた。店長さんが快く配送を受けてくれたので時間を十七時三十分に指定して次の店に向かった。
美味しい! と嬉しそうに笑うルナが見たいだけ。すごい、くるくる! とはしゃぐルナが見たいだけで、郷に持って行きたい物がコーヒーとスマホという現実に我ながら呆れてしまう。
普段なら素通りするようなオシャレな雑貨屋に寄って、綺麗な花模様の描かれた陶器のドリッパーを二つ購入。メンバーズカードだかポイントカードだかのお誘いは丁重にお断りした。
二軒目でも大量購入の為配送をお願いしたが、ちょっと渋られたのでフィルターも買い占めた。それでどうにか配送を了承してもらって、安心して帰宅。
いざ帰って、ヤってたらどうしようかなぁと思っていたけど、俺の考えは邪だったようで、二人ともベッドから外して床に直に置いたマットの上で寄り添い眠っていた。
帰って来たのは俺より遅いはずだし、朝は俺より早かった。合わない世界で寝不足はツラいだろうと二人にそっと布団を掛けた。
微かな衣摺れの音にピクリと眉を寄せた朱雀が守るように白虎の身体に腕をかけるの見て、俺もあんた達が愛おしいよ、と胸の中で呟いた。
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