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三角形を円形に

腕の中に確かに体温がある。 光が射し込む中、眠い目を擦ると太陽の光を浴びて青味がかった黒髪がキラキラと輝いている。 昨夜はあのまま朱雀に抱えられてルナの館のルナのベッドに寝かされた。 身体もうまく動かせないままの俺の世話をしようとあたおたするルナの細い手首をどうにか掴んでベッドに引きずり込んだ。 「ルナ、会いたかった……」 「深海(みうみ)、あの、喉渇いてない? お腹は? えと……」 「……どした? 急に」 ギシギシと軋む身体に鞭打ってルナの額に唇を寄せると、はぅ! と小さな叫び声をあげて、パッと両手で唇の当たった場所を押さえてしまった。 その仕草にしまった、と唇を噛んだ。 「嫌だった、よな……ごめん……あんな事あったばっかだもんな」 帝から吐き出されたむき出しの欲望。 腹の中にぶちまけてやればって、ルナとルナの力を手に入れる為ならそういう手段も厭わないって思ってたって事だろう? 気持ち悪いよな。 「違う違う違う! は、は、は」 「は?」 「恥ずかし、いぃ……」 暗くて顔色までは解らなかったけど、唇をうにうにと歪めて瞬きをぱしぱしと繰り返す様子は確かに照れている時の表情だった。 「あのさ、俺、まだ身体動かなくて」 「うん」 「(さと)に来たその日にあんな事があって、かなり混乱してる」 「……うん……」 「だから、一緒にいて。何も要らないから。どこも行かないで」 お願い、と囁いてぎゅっと抱き寄せると腕の中のルナから力が抜けた。 懐かしく、ずっと恋焦がれた匂いと肌に顔を埋めて眠った。 「夢……じゃない、よな」 指に流れるのは絹糸のようなルナの髪。すぅすぅと眠るルナの首筋には俺がつけたキスマーク。 ネックレスはなかった。奪われたのかも知れない。 「ぅ……みうみ……」 「起きろ〜」 鼻を摘んでみる。ピクリと眉が寄って、ルナが小さく頭を振る。 「……ぅんーっ……ん? あ! 深海は!?」 パチッと開いた金色の目が至近距離で俺を見つめる。 「夢じゃなかった! 深海! おはよ! 身体は? 痛くない? 大丈夫? 喉渇いてない? お腹減ってない?」 寝起きとは思えない矢継ぎ早の質問にタジタジになりつつ、質問全てに大丈夫と答えるとルナは安心したのか、ふにゃっと笑ってすり寄って来た。 腕の中で嬉しそうにくふくふ笑い続けるルナの頭を撫でる。 「ルナ〜俺、風呂入りたい。風呂とかある?」 郷に来て、すぐにあんな事になって、汗もかいたし、温かい湯の中でじっくり身体を伸ばしたかった。 「ん。あるよ。行こう?」 ベッドから滑り降りたルナに手を引かれ、落ち着いた雰囲気の屋敷の中を進む。 使用人……ルナはお世話とかお手伝いしてくれる人達と説明してくれた……とすれ違う度に、丁寧な挨拶をされ、朱雀から借りた着物一枚身体に巻き付けただけの姿がどんな風に映っているのか不安になる。 「あ! 紅蘭(こうらん)」 「おはようございます。和子(わこ)様、伴侶様」 名前だけは知っている紅蘭は、外見年齢三十代後半。身長は俺の肩よりも下で、にこにこと笑っているからか優しそうっていうイメージしかない。 「初めまして。解らない事だらけですので、ご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします」 「こちらこそよろしくお願いいたします。実は(わたくし)、昨日あの場におりましたの。伴侶様に助けていただいた身です。心よりお仕えさせていただきます」 「ああ、いえっそんなっ!」 深々と頭を下げられて、慌てて九十度に腰を折った。 「紅蘭、お風呂に入るから、深海の着物を出して欲しいんだけど、良いのあるかなぁ……?」 頭を下げ合う俺と紅蘭の間に割って入って、ルナは先に紅蘭の肩に手を置いて頭を上げさせた。 「あぁ、それなら今朝方、朱雀様と白虎様から届いておりますよ。青龍様からは装飾品の類が。玄武様からは書物が。再会のお祝いでございましょう」 「え、そうなの? 起こしてくれれば良かったのに!」 少し唇を尖らせたルナに紅蘭が微笑む。 「起こさないで、と言われまして。やっと会えたのだからゆっくり眠らせてあげてくださいね、って白虎様にあの笑顔で言われたら逆らえませんでしょ? 私も起こす気などございませんでしたのよ……うふふ……あ、和子様これをお返しいたしますね」 「あ! ありがとう!」 チャリ、と微かな音を立ててルナの掌に乗ったネックレス。 声を奪うと言われた時、声が出るうちに皆と少し話をしたいからとルナが申し出て、咄嗟に紅蘭が抱きしめるフリをして首から外したのだと言う。 「絶対に奪われてしまうと思いましたの。和子様がどんなに大切にしていらしたか知っておりますもの。捨てられたならゴミ箱を漁るまで。でも溶かされてしまってはどうにもなりませんからね、不躾ではありましたけど、強引に私がお預かりしました」 相変わらず穏やかに微笑んでいる紅蘭の度胸に驚いた。そんな事をしているのが万が一帝に見咎められたら、彼女だってタダでは済まないはず。もしかしたら消されたかも知れないのに。 俺の思いに気付いたのか、紅蘭は肩をすくめて 「私、昔から手先が器用で」 と言って指先をわきわきと滑らかに動かして見せてくれた。 「だから料理も上手なんですね。聞いてます、紅蘭さんのご飯はとても美味しいって」 「あら! 早くお二人共お風呂に入ってくださいな。その間に腕によりをかけてお作りさせていただきます! もうお昼に近いんですもの、お腹が減っていらっしゃるでしょう?」 「うん! ありがとう! 楽しみ!」 ルナに案内された風呂は洗い場も湯船もそこそこの大きさだった。 「しゃわーはないんだけど……」 と何故か申し訳なさそうなルナがお湯を掛けてくれて、花の香のする石鹸で身体と髪を洗う。軋むだろうと思った髪は意外にも指通りが良くて、ルナの髪が絹糸のような手触りなのも納得できた。 二人で入っても充分過ぎる湯船で両手足を目いっぱい伸ばす。 二人して同時に息をつく。 「……イヤじゃない?」 「何が?」 「郷。しゃわーもないし、しゃんぷーもない。てれびもないし、すまほもないし……つまんないんじゃないかなって」 「ルナがいる。あと、スマホとコーヒーはあるぞ? 持って来た」 「ひょぇえっ?」 風呂場にルナの素っ頓狂な声が響いて、つい吹き出すと、恥ずかしいと少し離れていたルナが水を掻き分けて寄って来た。 「朱雀と白虎もコーヒーを気に入ってさ、買えるだけ買った。で、朱雀と白虎の館に道を繋いだ時に投げ込んだんだよ。白虎がルナと一緒にお茶会したいってはしゃいでた」 「お茶会……!」 恥ずかしさも吹っ飛んで目がキラキラしてるんだから、ルナもゲンキンなものだ。 しかし、昨日の騒ぎでドリッパーとスマホは行方不明。コーヒーは要は()せれば良いんだろうからなんとかなりそうな気はするけど、スマホは……言わなきゃ良かったかもな、と思いつつ濡れたルナの髪を撫でた。 「着物のお礼言いに行こうね!」 「そうだな。青龍と玄武にもお礼言わなきゃな」 「……これからの事を相談しなくちゃいけないし……集まってもらおうか……朱雀の館に」 そこはココに来てもらうもんじゃないのかと言うと、ルナはすごくマジメな顔をする。 「だって……こぉひぃは朱雀と白虎の館にあるんでしょ? お砂糖と牛乳を持って行かなくちゃ! 青龍と玄武にも振る舞ってあげて? お願い!」 振る舞うって程、美味く淹れられる自信はないけど、ルナのお願いなら否はない。 「良いよ」 「ほんと? あとね、紅蘭にも飲ませてあげたい! あと……」 「尾白、さん?」 「うん。良い?」 「もちろん良いよ。尾白さんはさ、消されるかも知れないのに覚悟して俺の五番目になろうとしてくれてたんだ。あと雪江さんも。朱雀にルナのいる場所を教えてくれて、俺に力をくれようとしてたんだ。だから今度飲んでもらおう」 ルナを支えてくれた人、俺を助けてくれた人。 コーヒーで感謝が伝わるなら何杯でも淹れるつもりだ。 「あがろ? のぼせちゃう」 着慣れない服に悪戦苦闘する俺とササっと着てしまうルナ。 結局ルナに手伝ってもらってどうにか形になった。 濃紺の生地に丁寧で嫌味にならない上品な刺繍の施されたそれは不勉強な俺でもかなりの品だと解った。 そんな上等な物を身にまとって、気分は完全に七五三だ。 「似合うねぇ! かっこ良い」 ご機嫌なルナはにこにこで躊躇(ためら)う事なく手を繋いで歩き出す。 風呂場ですっかり恥ずかしさは消えたらしい。 人目もはばからず手を繋いで歩く俺達を見てもからかう人はいない。むしろ和子様お幸せそう、と歓迎の声すら聞こえてくる状態に俺はほっと溜め息をついた。 「ご飯を食べたら散歩に行こうね」 ルナの申し出に頷いて、紅蘭が腕によりをかけて作ってくれた料理を片っ端から口の中に放り込む。野菜の煮物も味噌汁も餡のかかった焼き魚も卵焼きも、どれも本当に美味しくて、箸が止まらない。 「美味しいでしょ〜?」 そう言うルナはすごく得意気だ。 郷の食事はこんなに美味しいんだよっていう自慢か、紅蘭のご飯はこんなに美味しいんだよっていう自慢か……おそらくその両方かな。 「すごく美味しい! 幸せ。ご飯が美味しくてルナがいる」 「えへへ〜俺も幸せ〜また深海とご飯食べられるなんて夢みたい。ね、夢みたいだね!」 「夢ではありませんよ」 「あ、白虎! て事は朱雀も! あれ? 青龍と玄武も…」 ぞろぞろと食堂に入って来た四人の姿にさすがに俺の箸も止まった。 「あらあら皆様お揃いで。少し早いですけどお昼の膳の準備をしましょうか? それともお茶をお持ちしましょうか?」 「うわぁ……美味しそう! でも僕、朝しっかり食べたんだよ……また今度お願いしても良い? 紅蘭さんの卵焼きは最高に美味しいよねぇ。ふんわりふわふわでさぁ……あ、茶碗蒸しもすごく美味しいって和子が自慢してたよね。食べたいなぁ……うごもごも……」 「騒がしくして悪いな。紅蘭殿、俺達は何も要らねえから、厨師連れて帝宅(ていたく)の雪江殿んトコに行ってくれねぇかな?」 「はい……?」 「今夜は宴です。深海さんの歓迎会と、郷の新たな門出を祝して。せっかく瑠璃の桜も見事な花を咲かせてくれたんです。これはもう祝うしかありませんね? それにはたくさんの美味しいお料理が必要ですから。うちからも厨師全員に行ってもらいました。紅蘭殿にもお願いしたいんです」 「……皆……行った……期待」 玄武の発した期待という言葉に紅蘭は顔を輝かせて 「すぐに準備いたします!」 とくるりと背を向けて走り去って行った。遠くから弾んだ紅蘭の声が聞こえる。 「すぐに帝宅に行きましょう! 今宵は宴ですよ! それはなぁに? あら! 美味しそうね! 持って行きましょう! 雪江殿とご相談しなくては! 私先に出ますわね!」 宴。歓迎会。門出。瑠璃の桜の花見。 昨日の今日で? 「葬式が先なんじゃないの?」 ろくでもないクソ爺だったけど、帝は死んだ。 ルナが帝の話をしないのは、ツラいから避けているからだろうと思っていたけど、宴の話をする皆を止める気配もないのが不思議だった。 「葬儀はしません。先帝は天命を全うしたのではありません。郷や私達を裏切り、この世を穢す要らぬ者として処理()された……今最も重要なのは郷が指名した和子が皆の前に立って、郷の者を安心させる事です」 「難儀な話だからよ、早いうちに済ませようと思って迷惑省みず押しかけたってワケだ」 「……悼んではいる」 「ありがとう……いただきました」 合掌を終えたルナが俺の隣に移動して、四人に座るようすすめた。 やっと朱雀から解放された青龍は何度か深呼吸をしておとなしく腰を下ろした。 「深海、聞いて? 深海からしたら、人が死んだのに葬儀も出さないって、納得できないかも知れないけど……俺達は帝を恨んでもいないし憎んでもいないよ。最期はあんな哀しい事になったけど、俺達はみんな良い帝だった頃もちゃんと覚えてる。そして知ってる。悪いだけの人じゃなかったって。でも昨日の帝を見た人達はどうだろう? 殺されかけて、今日葬儀を遺体もないのに出して、帝を心から悼む人は何人いるだろう……って思って……」 「……そっか……俺だってぶん殴りたいって思ってたしな……」 そうだ。館で会う誰もが落ち込んでなどいなかった。 耳に入るのは瑠璃の桜が咲いたとか、郷が生き返ったとか。 帝の死を悼む声は聞こえてはこなかった。 普通の死に方ではなかったし。あの(もや)に連れ去られるって事はこの郷では最上級の罪を犯した証拠なのだという事は麒麟(キリン)のおかげで理解できた。 ルナの頭を撫でると安心したのか、今度は四人に向き直った。 「……あのね、みんな……」 「ちょっと待って、和子。先に深海さんに渡さなきゃいけない物があるんです」 はい、と差し出されたのは行方不明のスマホとドリッパー。そしてコーヒー豆一袋とフィルターひと袋。 「お前に麒麟が降りた時、着てた服も破れて……俺も預かってたその箱、いつの間にか落としちまってな。謝らなきゃな、と思ってたら……昨夜遅くに雪江殿が持って来てくれた。見慣れない物が落ちていたから、と。大騒ぎだったけど、乱闘があったワケじゃねぇから中身は大丈夫だとは思うけど……」 「なぁに? それ」 と身を乗り出すルナの目の前で祈りながら箱を開けた。欠けていたらちょっと寂しいな……。 「わぁ……綺麗! これは陶器? 何の花だろう? 百合かなぁ? ね、深海。コレは何をする物?」 「コーヒーを淹れる物だよ。あの機械がなくても、コーヒーは淹れられるんだよ。みんな揃ってるし、早速淹れようか?」 解り易くルナ、朱雀、白虎の顔に笑みが浮かぶ。青龍は飲みたい飲みたいと騒いでまた朱雀に口を塞がれて、玄武は……微かに頷いた。 大急ぎで食事を終えて合掌をする。 ルナにお願いして熱いお湯と湯呑みを用意してもらった。 全員の視線が集まる手元が震えて、柄杓から熱湯が跳ねたけど 「すごい深海さん! あの機械のような見事な湯落としですね!」 白虎の天然フォローに救われた。 「……あのね……聞いてほしいんだけど……俺、にはならないよ」 ルナの言葉にその場にいた全員が動きを止めた。 「帝と呼ばれるのは嫌だ。考えたんだけど、この郷に頂点に立つ絶対的な王みたいな一人って必要かなぁ? そりゃ形式的には必要かも知れないけど……なんて言うんだろ? 三角形じゃなくて、台形とか円じゃダメなのかなぁ? もちろん郷の意志は受け入れるよ! だから郷に何かあったら全責任は俺が背負うけど、帝って名前に縛られて大切な物を見失いたくないんだ。報告を受けるばかりじゃなくて、自分の目で見てちゃんと郷の事を判断したい。だから帝なんて呼ばれたくない、んだけど……」 「それが和子の意志ならそれも郷の意志だろうな」 「僕はそれ良いと思う。和子は和子なんだし。今までと何も変わらないんでしょ? 僕達と一緒に見て、考えてくれるんでしょ? 和子一人に全責任を被せたりしないよ!? 玄武は?」 「……異議……ない」 何も言わない白虎を不安そうにルナが見る。 この四人の中で一番冷静に淡々と意見を述べるのは白虎だと思う。その白虎の意見はルナにとっても重いはずだ。 「……はぁ〜美味しいですね、こぉひぃ。ん? なんです? 和子ったらそんな思いつめた顔をして。私が反対すると思います? 私はね、深海さんに麒麟が降りた時からこうなるだろうと思ってましたよ? なんせ麒麟は新しい世を連れて来るんですからね。新しく帝というモノが失くなるっていうのも、新しくて良いじゃないですか。新しい守護者も加わりましたしね?」 新しい呼び名は何にしましょうね、と呟いた白虎は 「あ、これ念願のお茶会ですね!」 と嬉しそうに笑って、それを機に青龍が初めて飲んだコーヒーの感想を延々と喋り出して、やっとルナに笑顔が戻った。 三人寄れば文殊の知恵。 俺達六人。ルナを除いて五人。雁首そろえて、唸る事数時間。 新しく帝に代わる呼称がさっぱり浮かばない。 「深海さんがいた世界ではこういう立場の人の事をどう呼ぶんですか?」 と白虎に聞かれ、頭に浮かんだのは 社長。村長。会長。総理。大統領。 と、あまりにあまりなモノばかりで、絶対に違うと思って口に出せなかった。 「今までのままで良いんだってば!」 ぷっくり膨れて丸顔になったルナは、新しい呼称なんて作ったら、それがまたいつの間にか三角形のてっぺんになって、帝と同じ意味を持つようになったら嫌だと言い張った。 確かにそうかもな、と思う。 「朱雀だって他の人には朱雀様って呼ばれてる。他のみんなもそうでしょ? 俺も今まで通りで良い。今のまんま和子とかで良いの!」 「和子って役職じゃねぇぞ?」 「うぅう……」 朱雀にツッコまれて頭を抱えたルナが困り果てた顔で俺を見上げたかと思うと、再び朱雀に向き直った。 「そんな事言ったら、深海はどうなんの!? 深海だって役職名じゃないし、しかも真名だよ!? 朱雀も白虎も深海って呼んでる!」 「僕はちゃんと伴侶殿って呼んでるよ、玄武も。でもさ、伴侶殿の世界では真名っていう概念がないんでしょ?」 「ないない! 親も仲の良い友達もみんな呼び捨てだよ」 「はい、和子、ヤキモチ妬かないでくださいね? 深海さんが名前を呼ばれて胸に響くのは貴方一人なんだから、問題ないでしょう?」 白虎にそう言われて、すすすと身体を寄せて来たルナ。 「深海は、自己紹介しちゃダメだよ! 自分から名乗っちゃダメだからね!? そんなの浮気だからねっ?」 腕を掴んで必死のルナが可愛いやらおかしいやら。 浮気? するワケないのに。 「解った。自分から名乗らないよ。朱雀も白虎も、ルナが俺を深海って呼ぶのを聞いて知ったんだからな? 二人にヤキモチしちゃダメだぞ?」 「うぅううぅ……解った……ヤキモチじゃない、もん……ただ、俺以外の人が深海の名前呼ぶのがなんかなんかなだけ」 「……和子……それがヤキモチ」 玄武の呟きにルナが赤くなって固まった。 今までヤキモチなんて妬いた事のなかったルナは、突如芽生えた感情に大いに戸惑っていた。 考え込んで、八の字眉で泣きそうな顔をする。 「……郷もみんなもすごく大事で大好きなんだけど、深海は特別なの……郷は怒る?」 「怒んねえだろ。それで良いから郷は深海を迎えたし、和子は麒麟に選ばれたんだろ? 俺だって郷も大事だけど、那智(なち)はすげぇ大事だぞ!?」 「良いなぁ! あー僕も伴侶が欲しいよぉ! 出会わないかなぁ〜ドキドキする? それともきゅうんってする? どこにいるんだろう? 僕の伴……うぐごもぐもごも」 「大事な人ができて初めて解るもっと大事な事もありますよ? 楽しみですね、和子。私は和子と深海さんが私達と創る新しい世界がとても楽しみです」 頬杖をついて、にっこりと微笑む白虎は純粋に綺麗だった。 午前の柔らかな陽射しに輝く銀髪。冷たい印象のアイスブルーの瞳も今は春を告げる雪解け水のようだ。 ルナも無意識かぽけっと口を開けて、何度も何度も頷いている。 ……俺が妬きそう…… 「白虎に見惚れてんのか? (さく)」 耳元でルナにだけ聞こえるように囁けば、ぼぼぼっと一気に顔が真っ赤になった。 「……伴侶殿……妬いた」 妬いた妬いてないの大騒ぎで、結局新しい呼び名なんて決まりもせず。 郷の門出に大忙しの中、相談事を持ち込む人もおらず、俺達だけはコーヒーを飲んでこれからを笑いながら話し合った。 「早いけど、行こう? 下見して、みんなにもちゃんと納得してもらわなきゃ! それに……」 「瑠璃の桜も見たい!」 当然のようにルナが手を差し出してきて、俺はそれをやはり当然のように握りしめる。 そっと隣に寄り添うルナの発言を郷の人々がどう受け止めるのか? ……俺の方が緊張する。

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