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【番外編】大晦日 下
はなまるです! とにこにこ笑うルナを、じいちゃんとばあちゃん、テレビに夢中だった朱雀と白虎までが笑みを浮かべて見ている。
俺はというと、非常に気恥ずかしいのだが、ルナはそんな俺に構わずに相も変わらずじいちゃんとばあちゃんに郷 の生活を身振り手振りをつけて語り続けている。
「あ! お土産があります!」
ぱちんと手を合わせて、ルナは郷から持って来た袋を手繰り寄せて、中身をゴソゴソ搔き回し始めた。
「多分コレなら大丈夫だろうと玄武が教えてくれた……えぇと確かに入れたんだけど……あれ?」
「ルナ、忘れた?」
「忘れてない。ちゃんと入れた」
と言い切るわりには不安そうに俺を見上げて、少し眉毛が八の字になる。
「大切に布に包んで……あ、あった!」
「何を持って来たの?」
「それは見てのお楽しみ、だよ」
金眼がキラキラと輝いて、掌に乗せた巾着袋をばあちゃんに渡した。
「開けていいの? ルナちゃん」
「もちろん! お土産です」
「何じゃろか?」
ころんとばあちゃんの掌に袋から転がり出た直径五センチ程の小さな水晶の玉は部屋の灯りを吸収し、見事に輝いた。しかも水晶の中心には……。
「その花がさっき言った瑠璃の桜です。深海 のおじいさんとおばあさんの所に行くと言ったら、手土産にして欲しいと言われて、花を三つ落としてくれたんです」
「ほわぁ〜っ……ほんと見た事もない綺麗な花じゃねぇ……」
うっとりと瑠璃の桜を見つめるばあちゃんにルナは申し訳なさそうに続けた。
「花だけだと枯れちゃうし、消えちゃうから悩んでたら水晶に入れたら良いと教えてもらって……桜を閉じ込めちゃってごめんなさい」
郷の水晶は穢れに強い。俺達の穢れ避けにも使われている。
この世に瑠璃の桜を持ち込むにはこの手段しかなかったワケだけど、ルナとしては二人に瑠璃の桜を直に手に取ってその香や美しさを感じて欲しかったのだろうと思う。
「瑠璃の桜は郷の平穏の象徴だ。深海が来てから花を閉じる事がない」
「三百年に一度咲くか咲かないかの桜が八百年の沈黙を破って咲き続けています。和子 と深海さんを祝福しているんですよ……ちょっと失礼」
朱雀の隣から抜け出した白虎が水晶に触れた。
「おや。青龍と玄武に先を越されましたね」
先を越された、と聞いて朱雀までやって来て、ばあちゃんは“神様”に挟まれてあわあわしている。
「あー、ホントだ。あいつら俺達にないしょで力注いだな?」
「じゃ、私達も」
「紅白の神様? なんの話をしよってん?」
さっぱりワケが解らないじいちゃんの問いに白虎がにこやかに答える。
「簡単に言えば……ずっとこの水晶が輝き続けるようにお願いしたって事でしょうか」
「深海も力注げよ!」
「えっ! 俺も!? あんまり得意じゃないんだよなぁ……」
「大丈夫! 深海の正直な願いを託せば良いだけ! 俺も注ぐ! 一緒に注ご?」
朱雀達が力を注ぐ間にルナに説得されて、ルナと同じように人差し指を水晶に当てて、目を閉じた。
左手からは繋いだルナの想いが流れ込んでくる。大丈夫だよ、上手くいくって。
じいちゃんとばあちゃんが幸せに過ごせますように。
穏やかな日々を過ごせますように。
いつも二人が笑っていられますように。
「お、おお!? か、神様? 深海も神様っ?」
「これはこれは……大成功ですね」
「深海、目を開けて! とっても素敵になったよ!」
ルナの弾んだ声にゆっくりと目を開けると、ばあちゃんの掌の水晶の中に、桜の花を囲むように薄っすらと霞のような美しい虹ができていた。
「和子と深海の力が強過ぎて、割れちまったらどうすっかなって思ってたけど、でかしたな!」
満足気ににんまりと笑う朱雀にじいちゃんが乾いた声で問いかける。
「力、強過ぎるて、あの、深海は……あの、その……」
「俺達は……あんたらの言う“神様”じゃねぇよ? この世とは違う世界の理 の中で生きている。その世界を管理し、守る為に俺達がいるってだけ」
「まぁ色々とありまして、一番力が強いのが和子、次に深海さんでしょうか……私達は力比べなんてしませんから正確な事は解りませんけどね。郷が和子と深海さんを中心に生きているのは事実ですよ」
二人の説明を聞いても、じいちゃんとばあちゃんはピンときていないようだった。それはそうだ。俺もピンとこなかったし、未だにピンとこない。
「わしらの孫が……ど偉いもんになってしもうた……」
呆然と呟くじいちゃんにルナが
「でも深海はおじいさんの孫です。おじいさんは深海のおじいさんです。何も変わってないです。変わらないです」
と言って、二人を抱きしめた。
「深海は深海です! 違う世界に連れて行ってごめんなさい。おじいさんとおばあさんから奪ってごめんなさい。でも……」
「ルナちゃん、ありがとねぇ」
「ふぇ?」
「みーくん、幸せそうじゃもん。ばあちゃんはみーくんが幸せそうで、こねぇに優しゅうて可愛いルナちゃんに会わせてもらえて、それだけでもう……」
「そうそう。深海の幸せが一番じゃ。なのにこんな綺麗な土産まで。今まで生きて来て最高の正月じゃなかろうか? 深海の伴侶ならルナちゃんもわしらの孫でええんかの?」
厳つく、農作業で荒れたじいちゃんのデカい手がガシガシとルナの頭を撫でる。荒っぽいけど愛情のこもったそれは朱雀のによく似ている。
ばあちゃんは掌の水晶玉を胸に押し当てて、ルナの背中をポンポンと叩いている。
俺が子供の頃によくしてくれたのと同じ。
「ふ、ふぇぇ……っ」
ぐずっと鼻をすすって泣き出したルナを俺が抱きしめるよりも早く
「泣いて年越しはしちゃいけんで?」
とじいちゃんが笑って、ルナもこくこく頷いて
「泣いてないです!」
と元気良く答えた。
そんな三人の姿に俺は密かに……というか、一人大々的に感動していた。胸がぽっかぽかしているから、ルナがすごく喜んでいるのが解る。
「ぐすっ……うぅ……麗しい……」
「ってお前が泣くのかよ!?」
こっちの伴侶二人は今は無視しよ。
「そろそろ年越し蕎麦じゃない? 俺達すっごく楽しみにして来たんだけど!」
「あ、そうじゃね。作ろ。ちょっと! じいちゃん、コレ割らんとってよ!?」
「手伝うよ」
「お手伝う!」
ぴょんっと立ち上がったルナの手を引いて、台所へ。ばあちゃんが慌てて後を追って来た。
「ちょ、ちょ、みーくん! あんたお客さんなんじゃけ……」
「えー? 俺、孫だろ?」
「ルナも孫になりました!」
大鍋に水を入れて湯を沸かす俺の背中にぺったりと貼りついたルナがどこか得意そうな声音で宣言する。
「で、ルナちゃんは何しとるん?」
「お手伝い、です」
「そ。これがルナのお手伝い。がんばれーがんばれーって応援してくれてんの」
ぷぷっと吹き出せば、ばあちゃんも吹き出した。
背中に貼りつくのがお手伝い、なんてな。ばあちゃんからしたら邪魔してるようにしか見えないだろう。
「麺つゆはばあちゃんに任せて良い?」
「ええよ。あんたら食べれん物はあるんかね?」
「科学調味料とか人工的な物は苦手。でも郷からも持って来てるから大丈夫」
「うちは田舎じゃけぇね、醤油も味噌もお餅もみーんな手作りよ。ルナちゃん、いっぱい食べりぃね」
「はい!」
腹の虫が騒ぎ出す程の良い匂いにつられて、朱雀と白虎まで台所にやって来て、一気に狭くなった。
「ちょうど良いや、朱雀、コレ持ってって!」
「おう」
山菜や海鮮の天ぷらと山盛りのアサツキ。大根おろし。
「ああ! 神様! そんなのじいちゃんにやらせますけぇ……」
「いや、だから神様じゃないってば」
皿を取り戻そうとするばあちゃんの手が届かないように朱雀が笑って頭の上まで皿を持ち上げた。
身長が百五十センチもないばあちゃんからしたら、飛んでも手が届かない位置だ。
「さっきのコタツの部屋で良いのか?」
「うん。じいちゃんにコタツの上、片付けるように言って。もうできるからって」
「りょーかい」
「深海さん、私は?」
「あーっと、白虎は……あ! あの棚に青と白の縞模様のどんぶりあるだろ? アレ取って。人数分。足りなかったら似た大きさの出して?」
「はーい。こちらに置きますね」
「ありがと」
「みーくん、そんな……」
「お手伝い、です!」
貼りついたままのルナがばあちゃんの小言を遮って、くふふ、と笑う。
「よし、ルナ。今から蕎麦を湯切りするから、火傷しないように気を付けろよ?」
「ん。解った」
すっと背中から離れたルナは湯が飛び散らない場所まで離れた。
俺が火傷と気を付けろと言うと素直に離れるのは、初めてのコーヒーメーカーではしゃいだ時に火傷と勘違いした俺に怒られたと勘違いしてからずっとだ。
「ありがとう。いただきます」
郷式の合掌の後、すごい勢いで山菜の天ぷらが消えていく。
猫舌のルナがふぅふぅと蕎麦を冷ます間に俺はルナの分の天ぷらを一通り確保しておく。
食べさせてやりたい。郷の山菜も美味いけど、じいちゃんの山で採れる山菜も美味いんだって知ってもらいたい。
「幸せですねぇ……深海さんもお料理が上手でしたけど、おばあさんのお料理も美味しいですねぇ」
舞茸の天ぷらを頬張って本当に幸せそうに目を細める白虎に、褒められたばあちゃんはそれはそれは嬉しそうだ。
「ルナ、サクサクのうちにコレ食べてみ?」
「ん。なぁに? きのこ? あちゅっおいひぃ……!」
美味しい美味しいとあっという間に年越し蕎麦を完食。
白虎が年越し蕎麦のお礼にとお茶を淹れてくれて、のんびりとテレビを見ながら、じいちゃんと朱雀は釣りの話や農作物の育て方の話でお互いに質問したりされたりで楽しそうだ。
白虎はばあちゃん特製の漬物や蕗 の煮物の作り方を教えてもらっている。
ルナはお腹がいっぱいになったのと雪遊びと、二人への挨拶で気疲れしたのも手伝って、俺を座椅子にしてコタツでウトウト。
穏やかで幸せな時間が過ぎていく。
「こんなに賑やかな年越しは久しぶりじゃあ……」
ぼそりと呟いたじいちゃんの声は静かだったけど、嬉しそうだった。
俺の両親と弟は今年も海外で、電話が一本あっただけだと言う。そんなもんじゃろ、とじいちゃんは笑って俺と膝の上のルナを見て顔を更にくしゃくしゃにした。
「同じ“異国”でも、深海はこうして約束通りに来てくれた。しかもルナちゃんと神様連れて。それがどんだけ幸せな事か……」
「本当ねぇ……神社の神様にもお礼を言わんといけんね」
「お二人が私達との約束を守ってくださる限り、毎年お邪魔する事になるかも知れません」
「きっと和子が来たがる。それに郷に残して来た管理者があと二人いる。そいつらも来たがるな」
特に青龍……と思い出し笑いをする朱雀に白虎も相槌を打つ。
「うるせーのが来るぞ?」
「もう一人は全く喋りませんけどね」
「こりゃ来年が楽しみじゃあ! 深海、そろそろルナちゃんを起こしてやれ。年を越してしまうぞ?」
懐かしい柱時計を見れば今年が終わるまで残り十分。
やっぱり新年の挨拶はみんなでしなくちゃな。
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