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2016年1月9日(金)お題「旅行」

長期休暇明けや連休後の学校は大嫌いだった。楽しそうに旅行先や出来事を語り合うクラスメイトに俺は決して混ざる事が出来なかったからだ。真実を心の奥底にしまい込んで、笑顔の仮面をつけなければならないのは幼いながらにも自分の存在を深く傷付けた。 表向きだけは完璧な中流家庭。一軒家の駐車場には誰もが知る高級車。ピシッとブランドスーツに身を包んで出勤する父親に、近所でも評判の良い身綺麗な母親。習い事など一つもしていないのに、文武両道で愛想の良い兄弟が二人。頻繁に聞こえてくるクラシック曲も、優雅な家族団欒を想像する要因だったと思う。 よもやまさかそれがただの飾りだなんて誰一人として思いもしなかっただろう。 異常なまでの徹底ぶりは今でもたまに顔を出す。仕事柄、都合は良かったけれど俺の心は幼いまま止まっている証拠だ。 「難しい顔をして、何を考えてるの?」 綺麗な雪景色を見てる表情ではないと笑われる。そりゃそうだ。俺は目の前の雪景色なんて眺めていないのだから。 ぎゅっと後ろから抱きしめられると触れた場所からぬくもりが伝わってくる。それが心地の良いものだと教えてくれたのはこいつだ。 「ねぇ、お風呂はどうする?僕としては太陽を浴びながら入って、夜空から散らつく雪を見ながら入って、朝も眠気覚ましに入りたいな」 「ふやけそうだな」 無邪気に笑って指差す方を促されたわけでもないのに自然と追った。 見えるのは真っ白な雪。 すっかり冬支度を済ませている木々。 青い空。 「見える?太陽と雪で、空気中の塵や埃もキラキラしてる」 俺には見えないものが、こいつには見える。知らないことを、知っている。 「帰ってから時間のある時に空をじっと見つめてみて。ビルだらけの街にも、ここと同じようにたくさん光ってるから」 ね?と顔を覗き込んできた顔が愛しくて、思わず口付けた。驚いたのか笑顔が消えてきょとんとした間抜けな表情になった事を、ついさっき言われた言葉で同じようにからかう。 「僕はちゃんと雪景色をうっとり眺めてますぅ~あなたとは違いますぅ~」 「俺の姿にはうっとりしてくれねぇの?」 膨れた頬が赤く染まった事を確認してから部屋に準備されている浴衣とタオルを持つと、拗ねたまま俺に倣う。 旅行って、楽しいんだ。 だからみんな笑ってたんだね。 もっといろんな景色を見たいな。 心の中にいる幼い俺がキラキラとした笑顔で雪景色を眺めているのがわかった。 「これからたくさん、いろんな所に一緒に行こうね」 その言葉に返ってくる優しい声。 また一つ、俺は気持ちを取り戻せた。

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