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2016年1月15日(金)お題「花束」

色鮮やかな世界を眺めると、ゆっくり心の奥が疼く。忘れてしまいたいのに決して忘れる事のない記憶が、まるでくるくると回る映写機のように繰り返し脳裏をよぎるからだ。 「先輩、卒業おめでとうございます」 笑顔を浮かべて胸元にピンで付けられる赤は別れの色。 「ずいぶんと嬉しそうだな」 「えー、そんな事ないですって。もう先輩にご指導を受けられないかと思うと涙が…」 「出てねぇよ」 「あれー?」 おかしいな、と朗らかに無邪気な笑顔が言う。たった二年間、厳密には一年半ほど部活で時間を共にしただけの後輩は、誰よりも俺に懐いてくれた。そこに深い意味がない事は俺自身がよく知っている。やましさを抱き続けていたからこそ、真っ直ぐに向けられる気持ちが純粋なものだと伝わってきて、赤色に乗じて身勝手な想いを言葉にする事など出来るはずもなかった。 後悔はしていない。 愛しいと思った事も初めてではなかったし、恋は必ず叶うものではなく、人知れずいつしか自分の心からさえも薄れていく。 それでいい。 運が良ければ思い合える事もあるだろう。俺にもそういう経験はある。何気ない日々が色鮮やかな世界へと変わるのは幸せな事だ。とても、美しい世界。 「結婚、おめでとう」 笑顔を浮かべて胸元を飾る白は初まりの色。俺には触れられないもの。言葉にする事が出来なかった理由と同じだ。 「いやー、まさか俺が先輩になるとは思ってませんでした」 「本当だよ。絶対に先輩なんて呼んでやらないけど」 「逆に呼ばれたら困るからやめてください」 変わらない笑顔は朗らかで無邪気なままで、淡く幼い過去の恋心はふわりと揺れる。 同じテーブルを囲んでいたのは俺以外すべて大学時代の友人で、正直居心地が悪く披露宴が終わり会場を後にする時にやっと一息つけた。招待状が届いた時も驚いた。卒業以来、一度も連絡など取っていなかったのに何故、と。 そんな事で動揺するような年齢ではないし、断る理由もなかったから来たものの、高校時代の同級生はもちろん、後輩さえいない事には動揺した。 「だって、先輩は俺にとって特別だもん」 いい歳した男が可愛らしい言い草をして笑うから、つい本音の一部が零れ落ちる。 「俺にもお前は特別だったよ」 だから、その純粋な真っ白い花を色鮮やかに染めていって欲しい。俺には一生不可能な事を、特別なお前に託したい。 「先輩」 お前の隣に並ぶ美しい花束から抜かれた薄紅は幸せの色。別れと初まりがあるから人は幸せを掴めるのだろう。 「先輩も、俺の事を忘れないでくださいよ」 映写機はいつまでたってもくるくると回り続けて、一輪の薄紅は美しいまま部屋の壁に飾ってある。きっとあの花束は俺の淡く幼い過去の恋心に気付いていた。

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