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2016年1月22日(土)お題「ダンス」

今日は珍しく満員電車の窓の外は白い粉が舞っていた。まったく嬉しくない。駅に到着する度にギュッと体が締め付けられるも、高身長で羨ましいと賛辞らしい言葉をよくもらうように、頭一つ分だけひょっこり飛び出しているのはほんの少し楽だと思う。二、三人先にいる完全に埋もれきってうごめいている子よりはだいぶ恵まれているわけだ。 それでも舞い散る白い雪のおかげでスラックスがしっとりと濡れるのは不愉快極まりない。 これだけ密着していれば仕方のない事だとはいえ、目の前の長い髪をまとめもせずに湿気で広がったそれから漂ってくる香りを、俺はいい匂いと形容出来ない。独身主義だと笑顔でかわす事にはとうに慣れている。性癖などわざわざ公言する必要はない。俺にとってゲイである事を公言するのは、パートナーとのプレイ内容を実況する事と変わらない。そんなものを聞きたがるのは若いうちだけだ。 ふと、若い頃というよりも幼い頃の事を思い出す。忘れもしない小学六年生の時のスキー教室。 何故か当時は行事があると必ずフォークダンスを強制された。男子は女子をエスコートするように指導される。その中ですでに飛び抜けて身長の高かった俺とは反対に、飛び抜けて小柄な同級生がいた。女子の人数が少なかったために、彼はよく女子側にまわされていて、恥ずかしそうに俯いていた姿を今でもはっきりと覚えている。 ろくにエスコートらしい態度など取らないくせに、彼と踊る時だけほとんどの男子が華麗にエスコートするからだ。大差ない身長で。 俺と踊る時の彼はよりいっそう小柄に見えて共に散々からかわれた。なのに覚えているのは、彼はたった一度だけ俺を見上げてあどけない笑顔を見せてくれて、俺の心も踊ったからだ。 「お前、足デカイな」 「え…そう、かな…」 「俺と変わらないじゃん」 俯いていた彼にはよく見えただろう。 「足がデカイと身長伸びるらしいよ。あとよく寝るんだって」 短いワンフレーズの間の会話だった。 「男ってハタチ過ぎても伸びるって聞いたし、まだ10年くらいあるんだから気にする事ないんじゃねーの」 慰めたわけではなく、やかましい同級生の声を聞きたくなかっただけの言葉に、彼は俺を見上げて「ありがとう」と言った。 思えばあれは初恋だったのだろう。未だに俺の好みは小柄でおとなしいタイプの男だ。そう、二、三人先にいるような埋もれてしまうくらいのーーー。 ちょうど俺の会社の最寄り駅は乗り換えの多い駅で、追い出されるようにホームに降り立つがその小柄な青年は俺の目の前で躓いて、咄嗟に手を伸ばす。 「ありがとう」 喧騒の中、確かに聞こえた。 あの頃と変わらない、あどけない笑顔をただ見つめた。俺の心は舞い散る雪と同じく舞った。

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