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2016年1月30日(土) お題「風邪」

あの子はいつも元気に走り回っていた。嬉しそうに、楽しそうに、仲間たちと青空の下で遊んでいる姿を僕は窓越しに見つめていた。 《羨ましい》 言葉を持たない僕にはたった一言さえ伝える事が出来ない。大きな屋敷から出る事はもちろん窓を開ける事も出来ず、ただ見つめるだけの日々。決められた時間に決められたモノを与えられる分だけ口に運び、笑顔を見せて彼を安心させる。その度に優しく撫でられるのは心地良い。幸せな事だと思う。 《僕はワガママだ》 視線の先にいるあの子はいつも薄汚れている。どちらが一般的に見て恵まれているかと尋ねたら、恐らくほとんどが僕を選ぶだろう。それでも僕はあの子が羨ましくてたまらなかった。 僕には決して出来ない事をしているあの子を見るのが好きだった。 そんなある日、何故だか落ち着かなくて用意されたモノに一切手をつけられなくなった。彼はひどく僕を心配して、病院へ行くためにお屋敷から連れ出された。 途端に僕を襲う冷たく乾燥した空気。 定期的に医者に診てもらってはいたけれど、病院に出向いた事は一度もなく、医者がお屋敷まで来てくれていたために、今まで感じた事のないそれに僕は歓喜した。 自然には四季があり、今は冬と呼ばれる季節だから寒いのだ。 初めて体感する四季のひとつに舞い上がり、自分が何故そのような状況下に至ったのかはすぐに忘れて騒いでしまう。彼からおとなしくしていなさいと言われて従ったから、本当に短い数分にも満たない時間でも、あの子と一緒に走り回れたような気がしてすごく嬉しかった。 そして思い出した。 毎日窓越しに見つめていたあの子がここ数日間、姿を現していない事に。 直前まで浮かれていた僕が再び静か過ぎるほどにおとなしくなった事に彼は、優しく撫でながらもうすぐ病院だから心配しなくて大丈夫だよと言う。気持ち良いはずの手が、何故か僕の不安を煽った。 特に異常がないと言われた彼は不満気に何度も医者に僕の症状を訴えかける。 「最近、うちの庭で騒いでいた子たちが倒れてたんです。きっとこの寒さで風邪でも引いて…ずっと保健所に引き取りに来いと言っていたのに来ないから、きっとこの子に移って…」 「あぁ…あなただったんですね…先日、ご近所の方が連れて来ましたよ」 《ほけんじょ》 ピクリと反応した僕に医者は目敏く気付いて納得したような顔を向けてくる。 「そうか。君はあの子が好きだったんだね」 撫でてくれる手は彼よりも温かかった。 「あの子は風邪をこじらせて亡くなってしまったんだ。この子はそれに気付いていて餌を食べなかったんだろう」 初めて聞く言葉なのに、あの子にはもう会えない事だけはわかった。 《あの子はかぜでなくなった》 窓を開けて欲しくて爪でカリカリしても彼は決して応じてくれなかったし、そばに行く事も話す事も、あの子に僕の事を知ってもらう事さえ出来なかったのに、彼はあの子を疎ましく思っていたのか。 僕が大好きだったあの子の事を。 僕は一生懸命叫んだ。 言葉を持っていたとしても決して彼には届かないとわかったのに。窓越しに見つめていたあの子に届かなかったように。 「にゃあ」

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