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2016年06月11日(土)お題「最後の」
幼、小、中、大、と共に過ごしてきたのは幼馴染だったから、としか言えない。代名詞で会話が成り立つのは今まで僕らが築き上げてきた、正確には至極当然に出来あがった関係によるものだ。
それが社会人になっても変わらない事にさえ僕らはまったく疑問を持たなかったし、まわりから何と言われようとも気にとめなかった。
何故なら僕らには当たり前だったからだ。
会う回数、連絡を取り合う頻度が徐々に減っていっても変わらない。昨日も会ってくだらない話をしていたかのように居心地の良い空間を共有している、と思っていた。
そう、まさに数日前。
僕らは何ら変わらずに。
今思えば、なんてその他大勢と同じ言葉は使いたくないけれど、今の僕には他に適切な言葉を見つけられない。
「はぁ……疲れた……」
ぐったりとスーツ姿のまま倒れ込むように座る姿を軽く笑って「お疲れ様」と声をかけた。
「最近忙しそうだね」
「あー……うん」
感情を言葉にする事はあったけれど、その要因を口にする事はほとんどなかったから、僕は問い詰めない。
「ここに来るのも三ヶ月ぶりだっけ」
「それくらいかな?」
お互いに前回会ったのがいつなのかわからなくて笑顔が零れた。
「やっぱ俺、お前がいい」
うちに来る前に買ってきてくれた缶ビールとおつまみを眺めて彼はぽそりと言う。
ジャケットは脱いだものの、渡した部屋着を断られたために彼はワイシャツにスラックスのまま寝転んだ。
「何にも言わなくても、何にも聞かないで、こうやっていられるのが、俺は、好きだな」
お互いに詮索し合わなかったのは必要がないからだとこの時の僕は思っていて、その通りに返す。今思えばここが僕の人生最大のミスだったのだろう。
三十路に片足を突っ込んだ働き盛りの男二人揃って浮いた話一つ持ってこない事に、僕らの両親たちは呆れ果てていたけれど、僕らは充実した日々を過ごしていたはずだった。
何故揃って浮いた話がないのかも、深く考えた事もなかった。
僕だけは。
「なんで……どうして、いまさら……」
悔しさに握りしめた紙切れがぐしゃりと音を立てる。あの夜、僕が寝落ちた間に彼は帰ったようで寝ぼけたまま手にした紙切れ。それに深い意味があるとも知らずに僕は。
彼のすべてを知っている、などと驕っていたつもりはなかったけれど、僕らの間にはあまりにも言葉というコミュニケーションが少なすぎたのだ。
彼が僕に問われる事を望んでいたのかはわからない。しかし彼が僕へ伝えたかった言葉があったと手の平が訴えてくる。
「こんなもの……こんな、大事な言葉……紙切れなんかに置いて逝くなよ……」
甘い一言はただの紙切れにだけ残されて、言葉になる事なく彼と共に消え去った。
彼の、最後の言葉は――
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