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Ⅱ だから、この鼓動は嘘をつく⑦

「すみません。突然押し掛けてしまいまして」 「いえ。このように美味しいイタリアンに誘って頂いて、嬉しく思っています。雰囲気も素敵ですね」 「気に入ってくださって良かったです」 「このお店へは、よく?」 「はい、仕事帰りに。遅くまで営業しているので」 「そうですか。次は是非、オープンテラスで食べてみたいですね」 「春の景色は見事だそうですよ。庭に咲く桜の花が満開になる頃は特に」 「あぁ」 彼は溜め息を漏らした。 ほのかに朱を帯びた照明に照らされた横顔が美しくて、俺は自然と見惚れていた。 「きっと、綺麗でしょうね」 桜を眺める彼の顔は、どんなだろう。 今、俺が目にしている顔より美しいだろうか。 彼は、どんな目をして桜を映すのだろう。 (桜を眺める顔を見てみたい) 不意に思った俺は、さっきのワインの酔いがまわっているのだろうか…… 鼓動が速いのはアルコールのせいだ。 ドキドキと、胸の中の血脈が一際大きく速度を増した。 「そうだ。各務さん、食後のコーヒーでも如何ですか」 「いえ」 長い睫毛を男は伏せた。 「コーヒー、苦手なんです」 「あぁ、それで……」 こないだはコーヒーを残していたのか。 悪い事をしたな。 苦手なものを飲ませて。 「では紅茶でも」 「いえ……」 男は緩く頭を振った。 「今夜はありがとうございました」 えっ…… 突然の幕切れだった。 「お誘いして頂いたのに申し訳ございません。これで」 「各務さんっ!」 とっさに俺は、彼の腕を掴んでいた。 「なぜっ」 スーツの袖が皺クチャになるくらい、ぎゅっと掴んだ俺の手に添えられた彼の体温は、あたたかくて…… 「こんなふうに会うのも、これで最後にしましょう」 切なかった。

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