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Ⅲ ワイン⑧

「心に決めた人がいるんですか?」 この人には恋人がいる。 本能的に分かった。 「はい」 なぜ俺は、こんなくだらない質問をしたのだろう。 「仕事上とはいえ、心配をかけたくないので」 なぜ、お前は答えるんだ。 こんなくだらない質問に真面目に。 真摯に。 誤魔化す事だってできるだろう。 所詮、俺達は仕事上の関係だ。 「次に会った時、私はその人にプロポーズしようと思っています」 只の仕事上の関係だろう。 そう、お前が言ったじゃないか。 (なのに) 取引先の相手でしかない俺に、どうしてそんな事まで伝えるんだ。 お前の口から…… (聞きたくない言葉……) 「おめでとうございます」 こんなの只の社交辞令で。 なのに、なぜ。 こんなに胸が痛む。 ズキン、ズキン 鼓動が悲鳴を上げている。 俺にしか聞こえない、左胸の叫びを。 「では最後に一杯だけ。ワインを飲んで頂けませんか」 ポケットの小瓶を握りしめた。 最高のチャンスが巡ってきたんだ。 そうだ。思い出せ。 俺の目的を。 俺がお前を食事に誘ったのは、この薬を飲ませるためだ。 (俺の傀儡になれ) 我が目的のために。 (俺は、この星を支配する者) 我が名はルイ 悪の秘密結社総帥ルイ・エル・ド・ルフランだ。 トクトクトク…… ボトルから紅い液体がグラスに注がれる。 「ありがとうございます」 「強引にあなたを誘ってしまった私からのお詫びです。どうか、お幸せになってください」 もうすぐ、お前が手に入る。 お前を手に入れる。 「乾杯」 チリン グラスの中でルビー色のワインが揺れた。

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