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(04) 憧れ、そして……
「あなたねぇ、この服のシミをどうしてくれるのよ?」
お客様が捲し立てる。
俺は、すぐに頭を下げた。
「すみません!」
「すみませんじゃ、すまいないんですけど!」
忙しいお昼時。
サラダバーに向かうお客様と俺はぶつかってしまい、うっかりグラスの水をこぼしてしまったのだ。
お客様は、おそらく近隣のマダム。
その女性は、仁王立ちで床を懸命に拭く俺を見下ろす。
ガンとして許そうとしない。
そんな構えである。
俺は、まいったなぁ、っと途方に暮れた。
その時、後ろから声が聞こえた。
「お客様、申し訳ありません。お怪我は有りませんか?」
スッと手を差し出し、お客様の手に触れた。
エレガントな振る舞い。
壮太さん……俺を助けに来てくれた。
「な、け、怪我はありません。ただ、お洋服が……」
その女性は少し動揺しながらも壮太さんにエスコートされて着席した。
「それは大変失礼なことを致しました。クリーニング代はお支払い致しますのでお許しいただけますか?」
「い、良いわ。お水なんでしょう? それより、その……」
女性は何か言おうとして、しどろもどろになった。
振り上げた手を降ろす場所を探している。
壮太さんは、それを察して合いの手を出す。
「この者ですか? まだ日も浅く、不慣れな者で申し訳ありません」
「そうね。この人は失礼だわ。ちゃんと躾けておきなさいよ」
「はい。かしこまりました」
壮太さんは、優雅にお辞儀をする。
さて、これで問題解決かと思いきや、お客様は、壮太さんの手をギュッと握り締めたまま離そうとしない。
壮太さんは、スッとスイーツメニューを取り出すとお客様に手渡した。
「それではお客様。こちらからお好きな物をご注文下さい。お店からの、いいえ、私からのサービスとさせて頂きます」
「ほ、本当ですか?」
「はい」
壮太さんは、小首を傾げ柔らかい笑みを浮かべた。
お客様は、その笑顔に釘付けになりながらも、「オススメはなんですか?」と高揚した口調で壮太さんに質問していた。
俺はそのやりとりの一部始終を見て、胸を打たれた。
なんて、凄い人なんだろう。
お客様の怒りを喜びに変えてしまう。
まるで魔法のようだ。
俺は壮太さんを眩し気に見上げていた。
バックヤードで待機していた俺は、壮太さんに頭を下げた。
「壮太さん! 先程はありがとうございました!」
「ああん? あれか? 気にするな」
相変わらずのぶっきらぼうな回答。
でも、この冷たい対応は慣れっ子だ。
「そういう訳には行きません! 何か、お礼をさせて下さい!」
俺はしつこく食い下がる。
壮太さんは、ふぅ、っと大きなため息を漏らすと、俺の前へ立った。
距離が近い。
目線に壮太さんの首筋と鎖骨が入った。
男の甘い匂いがする。
はぁ、はぁ……。
胸がドキドキし始める。
この間の事を体が覚えていて、勝手に反応してしまうのだ。
壮太さんは、ニヤッと笑って言った。
「なら、ケツを触らせろよ? いいだろう?」
俺は壁に押し付けられ、男の体同士が密着した。
壮太さんの両手は、俺の尻を鷲掴みにし揉み散らかす。
「壮太さん……そんな風に触ったら……はぁ、はぁ……」
「触ったら、どうなんだ?」
「感じちゃいます……」
「ははは。お前は、本当に感度が良いな」
俺は、絵も言えぬ快感に、だんだん視界ぼやけて来ていた。
この間と同じ。
お尻を揉まれているだけなのに、体の芯がジンジンとする。
壮太さんは、自分の脚を俺の股の間にすっと差し込んできた。
そして、太ももを突き上げる。
「うっ……はぁあ……ダメです」
俺は叫び声とも喘ぎ声ともつかぬ声を上げた。
勃起したペニスがつぶされるような感覚。
何故か分からないけど、最高に気持ちいい。
このまま、快楽に身を任せてしまいたい。
しかし、引っ掛かっている事があった。
俺を悩ます、あの事。
俺は、残った理性を振り絞り、勇気を出して壮太さんに問いかけた。
「壮太さん……俺って店長より感度いいですか?」
壮太さんの手の動きが止まった。
何を言われるのか……。
嵐の前の静けさ。
自分の心臓の音だけが耳の中で鳴り響く。
壮太さんは、突然、笑い出した。
「ははは、こいつは傑作だ。お前、店長に嫉妬しているのか? あははは。お前はオレの何かになったつもりか?」
サーっと血の気が引く。
ああ、言わなければ良かった。
後悔の念に襲われる。
そうさ。そんな事は、分かっていた事。
壮太さんにとっての俺は、気まぐれで嬲って楽しむ使い捨てのオモチャのようなもの。
それなのに、俺は何を期待して……。
俺は、下を向いた。
壮太さんの声が耳に入った。
「いいか、伊吹。店長とオレの仲は、互いを慰め合う仲。言わばセフレだ」
「セフレ……」
「なぁ、伊吹。お前もオレのセフレにしてやろうか?」
「え!?」
俺は、驚いて目を見開く。
壮太さんのセックスフレンドになる。
それは、店長が味わっている快楽を俺も味わえるようになると言う事。
壮太さんは、俺の表情を満足気に見つめ、突然笑い始めた。
「ははは。冗談だ。お前、マジで悩むなよ。セフレだぞ? あははは」
俺は少しカチンときて口を尖らせた。
セフレだっていいじゃないか。
壮太さんと触れ合えるんだ。
そして、それは店長と同じスタートラインに立つ事になる。
大いに意味のある事だ。
壮太さんは、俺の頭をポンポンと叩くと、微笑みながら言った。
「さて興が冷めたな。今日の所はここまでにしておくか」
「えっ……終わりですか……」
正直な言葉が口から出て行く。
壮太さんは、構わずに俺から離れた。
名残惜しさで手を差し伸べる。
が、その手は空を切った。
壮太さんは、振り返り言った。
「そうだ。伊吹。お前に、ずっと言おうとしてた事がある」
その言葉は、俺にとって衝撃的な一言だった。
「お前さ、この仕事向いてねぇよ。悪い事は言わないから早く辞めた方がいいな」
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