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(09) 好きだから
俺は、壮太さんと店長の後ろ姿を見つめた。
二人、楽しそうにおしゃべりをしながら歩く。
俺は一人、とぼとぼついて行く。
俺はすっかり気持ちが萎えていた。
ショックで立ち直れない。
デートでは無かったのだ。
状況が理解できていない俺に、店長は説明してくれた。
先日の事。
お店の近くに、新しい一つ星のレストランが開店したという情報が入った。
で、店長をはじめ幹部の人達が話し合った結果、実際に視察に行くべきだ、という事になったのだ。
それが今日だったって話。
俺がそのメンバーに呼ばれた理由は、どうやら壮太さんの推薦らしい。
俺は改めて前を行く二人を見た。
何ともお似合いのカップル。
対して俺は、完全にお邪魔虫状態。
俺は着なれないブレザーのポケットに両手をグッと入れた。
はぁ……ため息が出る。
このコーデだって、昨夜遅くまで考え抜いてやっと決めたのだ。
壮太さんに感想をもらいたかったのに……。
店長が手をパンと叩いて言った。
「そうだ! 予約の時間迄少しあるから、ちょっとお買い物に付き合ってもらっていいかしら?」
「いいですね、美帆さん。行きましょう!」
店長の提案に壮太さんはすぐに乗った。
俺なんて、いないのも同然。
空気と同じ。
壮太さん!
どうして俺なんかに声をかけたんですか!
こんなんだったら、俺、絶対に断っていました。
心の叫び声が今にも口から出ていきそう。
壮太さんは、俺が店長に嫉妬しているのは知っているはず。
いつもの意地悪だとしてもこんなのって……。
二人の距離はどう見ても恋人の距離。
店長は壮太さんを見上げて話しかける。
「……そうよね! 壮太君、すごい!」
「あはは。たまたまですよ。美帆さんだって、知っていたじゃ無いですか」
「ねぇねぇ、壮太君。じゃあさ……」
楽しそうな会話。
そして、店長は時折、壮太さんの腕を取ると体をくっつける。
壮太さんも満更では無さそうで、笑顔で応える。
カップルのイチャイチャそのもの。
ううっ……。
胸が締め付けられる。
それは俺がまさに今日したかった事。
それを逆に見せつけられるなんて、なんて拷問なんだ。
こんな事、壮太さん、酷すぎます!
俺は泣きそうになった。
その時、壮太さんは後ろを振り返りながら、俺の事をチラッと見た。
へ!?
その目は特に意地悪をして喜ぶような目ではなく普通の目。
ごく普通の、無関心なものを見る目。
俺は、ザワザワっと胸の中が掻きむしられる感じがした。
そして、嫌な考えが頭をよぎる。
ま、まさか。俺に見せたかった? 店長とデートしている姿を。
理由は簡単だ。
店長は本命。俺はあくまで遊び。それをしっかりと知らしめる為。
俺は、いつの間にか悔し涙から絶望の涙へと変わっていた。
俺は、壮太さんにちょっと可愛がられて有頂天になっていた。
可愛がられているのは店長も同じ。
いや、俺と出会う前からの親密な関係だったのだ。
それが、同じスタートラインに立った。
それで俺は同格になったと思った。
でも違う。
店長は遥かずっと先を歩いている。
もう、追いつけない程。
そんな事実が分かっただけ。
だから、今更と言えばそうだ。
また俺の勘違い。そしてうぬぼれが生んだ幻想……。
俺は立ち止まった。
もうこれ以上ついて行けない。
壮太さん。
すみません。俺、やっぱり無理です……。
こうやって、壮太さんと店長が愛し合う姿をずっと眺めながら生きていく。
そんなの耐えれません……。
すみません……壮太さん。
俺は、ここでサヨナラです。
俺は歯を食いしばって泣き出すのを必死に我慢した。
どこをどう歩いたのだろう。
俺は、見知らぬカフェテリアのベンチに座っていた。
壮太さんの事が頭から離れない。
壮太さんには沢山の物を貰った。
その分、俺はちゃんと恩返し、できたのかな?
今の俺は、身も心も壮太さん色に染まっている。
体はすでに壮太さんのものしか受け付けない。
壮太さんを失って、明日からどう生活をすればいいのだろう?
俺は生きていけるのだろうか?
俺はテーブルに突っ伏した。
もう、いいや。何だか、どうでも……。
「おい、伊吹。こんなところで何をしているんだ?」
俺は、ハッとして顔を上げた。
壮太さんが俺の顔を覗き込んでいる。
「お前、その歳で迷子か? 笑えるな。ははは」
壮太さんは無邪気に笑った。
「!?」
俺はまだ状況を理解していない。
どうして、壮太さんがここに?
店長とデートをしていたんじゃないのか?
その店長の姿は見えない。
「ほら行くぞ、伊吹! ん? 店長か? 今服を選んでいる」
壮太さんは俺の腕を引っ張った。
俺は、逆らうように腕を引いて壮太さんに言った。
「壮太さん! 俺、無理です。やっぱり……」
「ん? どうした伊吹。あれ? お前、泣いているのか?」
「泣いています! そんなの決まっているじゃないですか!」
俺は必死に訴える。
壮太さんは、一瞬驚いた顔をした。
しかし、すぐに察したようだ。
「なぁ、伊吹。さてはやきもちだろ?」
「や、やきもち……そうです! やきもちです!」
俺は開き直ってふてくされ気味に言った。
壮太さんは、やっぱりな、と大笑い。
「あははは。お前、可愛いな。ほら顔を近づけろよ、キスしてやるから」
「き、キス!?」
俺は、気が動転した。
壮太さんが何を考えているのか全く理解できない。
俺の事を一体どう思っているのか。
壮太さんと別れるにしても、壮太さんの気持ちをはっきりと知っておきたい。
俺は勇気を出して言った。
「壮太さん、教えてください。俺は二番手なんですよね? 店長が一番で……」
壮太さんは、一瞬、なぜそんな事を聞くんだ? と、不思議そうな顔をしたが、すぐに真剣な顔つきになった。
「バーカ。お前は一番とか二番とかそんなんじゃない」
二番でもない……。
俺は、ランクにも乗らない番外ってこと……か。
聞くんじゃなかった。
でも、いっそのこと清々しい。
こうやって、きっぱり振られるほうが後腐れない。
そう思っている間に、頬を涙が伝わるのを感じた。
あれ、どうして涙?
いいんだ。これで。本当に、これで。
その時、俺の体は壮太さんの胸にもっていかれた。
壮太さんの胸の中。
あったかい。
壮太さんは耳元で言った。
「お前、勝手に勘違いするなよ。お前は俺を癒す為に目下修行中だろ? 一人前になるまでは、まぁ、特別枠ってとこだな」
「特別枠?」
「ああ、そうだ。特別だ」
「特別……」
俺の中でその単語がこだまする。
特別……。
つまり、店長の他に愛人やセフレがいたとしても、俺は別扱い。
壮太さんにとって特別というのは、いわば1番の上。0番って事だ!
喜びが込み上げる。
よかった……俺は壮太さんと別れないでいいんだ。
俺が壮太さんの為に頑張っている限り、俺のポジションはずっとこのまま。
特別のまま……。
安心したら、また涙が溢れてきた。
壮太さんは、席を立った。
「伊吹、そろそろ行くぞ。店長を一人にしてちゃまずいからな」
俺は、目を閉じたまま唇を突きだす。
「ん? どうした?」
「どうって……キスですよ、キス。さぁ、壮太さん、お願いします!」
「お、お前なぁ……」
「さぁ、早く。店長を一人にしてたらまずいんでしょ?」
「ははは。ったく」
唇が合わさる。
ちょっと長めのキス。
壮太さんの思いやりがジンジンと伝わってくる。
壮太さん……。
俺は、嬉しくなって、壮太さんの腕にしがみついた。
壮太さんは、困り顔で言った。
「お、おい。店長の前では大人しくしておけよ?」
「分かってますって。今だけです! 今だけ!」
俺は人目も気にせず、壮太さんの腕に頬ずりを繰り返した。
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