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(10) お客様の為に

「見つかったのね。伊吹君」 店長は、新作のスカートを片手に言った。 壮太さんは、呆れ顔で答える。 「ええ、困りますよね。この歳で迷子って。ほら、伊吹、謝りなさい」 「すみませんでした。店長」 俺は、深々と頭を下げた。 「ふふふ、良いじゃない。それも伊吹君の可愛いところだもん!」 店長は、微笑みながら言った。 店長は、本当にいい人。 恋のライバルでなければ、と残念で仕方ない。 店長は、手持ちのスカートを俺に渡して言った。 「ねぇ、伊吹君。提案なのだけど、女装って興味ない?」 「は? 女装ですか?」 急な申し出。 まったく興味ないのだが、ちらっと壮太さんを見ると、小さく頷いて合図を送ってくる。 「えっと……そうですね。少しは」 「ほんと! じゃあ、これ、ちょっと当ててみて!」 は、恥ずかしい。 店長は、どう見ても男にしか見えない俺に、スカートやらガウンやら女性物の服を体に当ててくるのだ。 そして、 「いいわね。どうかしら?」 とか、 「どっちが好み?」 とか、感想を求めてくる。 店内の目が俺に集まる。 恥ずかしくて今にも顔から火が出そう。 嫌な汗が湧き出し、喉はカラカラ。 ただでさえ、壮太さんのオーラで周りの目を惹きつけているのに、それに加えて、なぜか男子に女性の服を見立てている奇妙な光景。 注目を浴びないほうがおかしい。 店長は、すっかり俺の服選びに夢中だし、壮太さんに至っては、 「こっちもいいですね」 とか、 「オレだったらこっちかな」 と、店長に意見していたりする。 店長もノリに乗って、「そうね」とか、「さすが、壮太君」とか、盛り上がりを見せてなかなか決まりそうもない。 その間、俺はかかしのように棒立ち。 まさに、着換え人形状態。 俺は、店長が服に注意が行っている隙をみて、壮太さんに助けを求めた。 「壮太さん、早く終わりにしてください……俺、耐えれません」 壮太さんは小声で返す。 「なぁ、伊吹。お前、自分の顔を見てみろよ」 「えっ? 俺の顔をですか?」 俺は近くの鏡で自分の顔を見た。 頬を真っ赤に染めて、いまにも泣き出しそうな顔。 そもそも泣いたせいもあって、目が充血し涙でうるうると潤んでいるのだ。 見方にもよるが、いくの我慢しているトロトロ顔にも見ないこともない。 「な? エロい顔しているだろ?」 「み、見ないでください。こんなの羞恥プレイです!」 俺はすぐに両手で顔を隠した。 壮太さんは、耳元で囁く。 「なぁ、伊吹。オレ勃起しているんだぞ。今のお前の姿に」 「え!?」 壮太さんが勃起。 今の俺の姿に萌えている、って言う事? うそ? そんな事って……。 壮太さんの勃起したペニスがポンっと頭に浮かんだ。 そして、俺のアナルをこじ開けてきて、中に挿ってくる。 今、この時、そんな風に壮太さんが強引に俺を犯したらどうだろうか? 店内の注目を一手に引き受け、ドエロいAVのような公開セックス。 ああ、すごい。 最高に興奮する。 はぁ、はぁ……。 俺は、脚をぷるぷるさせながら耐えようとする。 妄想だけで、いきそうなのだ。 「ねぇ、伊吹君。やっぱり、スカートにしましょうか?」 店長の声に俺は必死に答えた。 「はい。それで……」 「うんうん。じゃあ、これはあたしからのプレゼントにするね」 「あ、ありがとうございます。店長」 店長がキャッシャーに向かって歩き出すと、壮太さんは、俺の耳元で囁いた。 「伊吹、頑張ったな。ほらご褒美だ」 そして、俺のお尻をムギュと揉んだ。 ビクン……。 体に電撃が走る。 い、いくっ……。 俺はそのまま、頭の中が真っ白になった。 崩れ落ちるのを誰かが支えてくれた。それだけは分かった。 目的のお店に入った。 俺達が通されたテーブルは中央の壁際。 店内を見渡せる、いわば華席である。 「それにしてもびっくりしたわ。伊吹君が貧血持ちだったなんて」 「すみません……ちょっと慣れないところだと。あっ、でもバイトでは大丈夫です」 「でも、良かったわ。大事に至らないで」 「はい。ご迷惑をおかけしました。それに、服をプレゼントしていただきまして」 俺は、丁寧に頭を下げた。 それにしても、お尻を触られただけでいってしまうなんて、俺はどれだけ淫乱なんだ、と思って反省する。 でも、原因の一端は壮太さんにもある。 俺は、壮太さんを睨む。 壮太さんは、俺の睨みなどどこ吹く風で店長に質問した。 「美帆さん。伊吹に女性の服をプレゼントしたのって、例のお店の視察ですか?」 「ふふふ。さすが壮太君ね。そう、女子会の特別メニューがすごいって噂なのよ。ほら、うちのお店、女性はあたししかいないでしょ?」 「そうですね。伊吹を連れていくといいと思います。こいつも勉強になると思いますし」 店長と壮太さんの視線が俺に集まる。 女子会とか、勉強になるとか、何かに巻き込まれてしまったのは理解しているが、どうして俺が? とも思わないでもない。 よくよく考えてみれば店長だって男性なのだ。 男性二人で女子会するのも妙なことである。 とはいえ、店長に期待されているのは確か。 それ以上に、壮太さんに少し持ち上げられて、とても気分がいい。 だから、俺は何も考えずに答えていた。 「はい! よろしくお願いします!」 「で、どう思う? 壮太君」 「そうですね。さすが一つ星といったところでしょうか。店内の動線もしっかりしているし、お客様への配慮もきめ細やか、もちろん料理も申し分なしですね」 「うんうん。このデザートだって、一見凡庸だけど、一口口に入れればもう忘れられない味」 「はい。きっと、特別なレシピがあるのでしょう」 壮太さんと店長は、食後のコーヒーを飲みながらお店の感想を述べあっている。 そうなのだ。 俺は、色恋沙汰で大騒ぎしていたが、そもそも今日の目的はこれ。 ライバル店の視察。 内装といい、店の雰囲気といい、うちの店とはだいぶ様相が異なる。 高級志向というのだろうか。 俺は、今の店以外はあまり知らないが、圧倒される何かがあることは認めざるを得ない。 壮太さんも店長も、俺と同様にそう思っているようだ。 仕事に関しては妥協がないのは、この二人の共通点。 だから、お店のチェックは真剣そのもの。 「壮太君、勉強になりそうな所ある? うちのお店に取り入れたい所とか?」 「そうですね……」 壮太さんは腕組みをした。 店長は、その姿を見て俺の方を向いた。 「あっ、そうだ。伊吹君の意見も聞きたいな!」 「えっ?」 俺は、驚きのあまり、危なくコーヒーをこぼすところだった。 やばい。何も考えていない。 何か思いつけ! 何でもいい! 何か……。 今日だって、俺は、壮太さんに推されて参加することになったのだ。 だから、俺の回答によっては、壮太さんの顔に泥を塗ることになる。 そんな事はできない。 でも、俺に気の利いた事なんて答えられる訳がない。 ふと、壮太さんと目が合った。 大丈夫、思った事をいってみろ。そんな目をしている。 それで、俺は吹っ切れた。 背伸びなんてする必要はない。 自分の思った事を、ありのままを話せばいいんだ。 俺は、ふーっと深呼吸をした。 そして、話し始める。 「えっと、俺が思ったのは……」 「うん、思ったのは?」 店長の目がキラキラしている。 俺は構わずに続けた。 「お客様達があまりくつろいでいないように見えました」 「えっ? お客様」 店長は、驚いて回りを見回す。 壮太さんは、冷静な声で言った。 「伊吹、続けて」 「はい」 俺は座り直して姿勢を正す。 「レストランというのは、お客様の日常の疲れを癒し、幸せなひと時を過ごしてもらうための空間だと思っています」 店長も壮太さんも黙って聞いてくれている。 俺はつづける。 「だから、くつろげないというのは、レストランとして何か足りていないのだと思います。俺は、思うのです。この店の人は、うちの店に視察に来てもらい、本当のくつろぎとはどういうものか、是非勉強してもらいたいって」 俺がそこまで言い切ると、店長は目を輝かせた。 「伊吹君! すごい! 確かにそう。あたしも、すごいとは思ったんだけど、何故か負けた気はしてなかった。なるほど、そうね。確かにあたしは内装やお料理にばっかり目が行っていたけど、大事なのはお客様。そう、伊吹君の言う通りだわ!」 店長に絶賛され、俺は恥ずかしくなって頭を掻いた。 壮太さんは頷きながら俺を見る。 お前を連れてきてよかった。 そんな風に思ってくれたのなら、俺は満足です、壮太さん。 「さすが、壮太君が推すだけのことはあるわ。よし、今度の女子会も頑張っていきましょう!」 「は、はい……」 俺は、店長に手を握られ、壮太さんに助けを求めた。 壮太さんは、嬉しそうにウインクした。 もう! 壮太さんだって女装してついてきてくださいよ! そう思って口を膨らませたけど、壮太さんの女装姿を想像して、それはちょっと怖いな、と思ってすぐに吹き出して笑った。

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