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暖かい場所
彼は目を覚ました。
病院中が歓喜に包まれた理由は、彼が「冷凍」されていた人間であり、世界中で初の生還者であり、そして何より俺との関係を知って応援してくれていた人達ばかりだったから。
今から十七年前、彼の命は尽きることが決まっていた。彼の病気は現状では薬がなく治療法も無いが、数年もすれば特効薬ができるだろうと言われていた。
あと数年、たった数年。けれど彼の命は数年分の猶予を残していなかった。
彼は生きるために自らの体を冷凍保存することを選んだ。
そして彼が眠ってから十七年、ようやく温かい世界に戻ってきたのだ。
病室の前に立ちすくむ俺の背中を押したのは、駆けつけていた中村先生。ゆっくり近寄り、声をかける。
「……はるか」
目は確かに開いている。しかしそこには俺を映してはいない。
「青花」
呼んでも微動だにしない。もしかしたらまだ寝ているのか?それとも上手く解凍出来ずにどこかに障害が……?
青花の手を握ってもう一度声をかけてみる。
「青花」
するとぴくっと握った手の指が反応を見せた。
唇がふるふると動き出す。
するとツーっと目じりから涙が零れ、それと同時に青花の瞳が俺を捕らえた。
握った手に力を込めるとそれに返事をするように弱い力で握り返される。
その時フッと青花が笑いかけてきた。
せっかくの青花の顔が歪んで見えてしまったが、俺はこの奇跡の幸せを噛み締めた。
それから数日で青花は声が出せるようになった。声、と言っても呼び掛けに「あー」「うー」と反応するくらいのものだが。
凍らせておいたため肉体が老いることは無かったが、長い間凍らせていたものを解凍したことと、解凍後寝たきりだったことで、筋力が低下していたため、動きは最小限であり、声を出すのにも少し時間を要した。
初日のような反応はその後なく、しばらくはボーッとしていた青花だが、1週間もすれば意識がハッキリしてきて、しっかりとした「言葉」になった。
何やら産まれたばかりの赤ちゃんの成長を見ているようで微笑ましくもあり、そんな青花を見ているのが辛くて、何より元のように戻れるのかが不安で仕方がなかった。
だがそんな不安を青花は蹴飛ばして見せた。
意識がハッキリしてからは早かった。
酸素マスクは、マスクを使うほどまでの酸素供給は不必要となり鼻カニューレに切り替わり、食事も取れるようになったことで点滴は外れた。
膀胱留置カテーテルが抜かれ、車椅子でトイレまで移動してできるようになった。
リハビリでも歩行が開始され、鼻カニューレすらも必要なくなった。
一つ一つ、青花の命を繋ぐ管が減り、自立して行く。
それを一番近くで見守れたのが何より嬉しかった。
青花はそれからも順調に回復していき、目が覚めてから二ヶ月後に退院した。
退院当日、病室に二人きり。前に送り出した時のように悲しい気持ちは無く、晴れ晴れした気持ちだった。
「忘れ物はないな?」
声をかけると床頭台やテーブル、戸棚等全て確認し、
「大丈夫!」
と返ってきた。
退院日の仕事を休みにしてもらったため、面会時間開始とともに病室に来て青花の荷造りを手伝った。
十七年、会えることを待ち望んでいた青花が今目の前に居る。
俺は初めて生きていて良かった、と、心から感じた。
窓の外を眺める栗色の髪がキラキラと太陽を反射している。
そっと手を伸ばして髪に触れると、擽ったそうに目を細める。そんな表情が愛おしい。
「青花、おかえり」
「ただいま、颯太」
互いを見つめ、どちらともなくキスをした。
「……颯太老けたね」
「それだけ、待ってたんだ。言ってくれるな」
「ありがとう待っててくれて。長いこと待たせてごめんね」
「いいんだ。君が好きだよ、青花。この先もずっと一緒に居てくれないだろうか」
もちろん、と笑ってキスをした彼はイタズラに笑みを浮かべる。
「帰ったらする?」
「……したい」
「お、素直。でもさ、いいの?俺まだ十七歳だよ?犯罪じゃない?お、じ、さ、ん♪」
「誰がおじさんだ。誰が。……まあ確かに、俺は今年で三十五だし、さすがに十代はまずいな」
「ははっ!待って待って冗談だよ。言ってしまえば俺も今年で三十五――」
「決めた。お前が成人するまでは俺はお前に手は出さない。それでいいな?」
「は!?なんでだよ!」
「……出されたいのか?」
「それ、は……出されたいに決まって……あー!もう!既に手出したくせに!それでいいよ!」
「あの時は同じ歳だったから」
頬を膨らます十七歳の栗色の髪。撫でてやるとムスッとしたまま目をトロンとさせる。……なんて可愛いやつ。十七年振りに再会した彼は、あの頃のままだった。
退院手続きを終えて外に出ると、秋に近づいた風がぴゅうと吹き荒れる。
強風に乗って聞こえた声に振り向くと、青花の両親や俺の両親、太一さんや桃花さん、そして瑛二も駆けつけていた。
ケースがケースだったため、なるだけ入院中のストレスを増やさないよう外部からの面会が出来るのは実の両親だけと決められていた。
太一さんはもう知っているが、青花は瑛二のことが分かるだろうか。桃花さんとの再会を喜んでくれるだろうか。
なんて考えていると、どうやら青花はまだ太一さんが俺を狙っていると思っているようで
「あの看護師こんな日にも居るのか……」
と呟きながら睨んでいて、それがどうにも可笑しくて十年前のデイルームの様子がつい最近のように思い出された。
俺にとっては十年前の話でも、青花にとってはたった二ヶ月前の話。
少しずつその間を埋めながら、今度は同じ速度で進むんだ。
「ほら青花、行こう」
青花の手を取ったその時、病院の壁にぶつかって向きが変わった風に背を押された。
風を受けた俺たちは風に乗るように、足を揃えて彼らの待つ陽の当たる暖かい場所へ歩き出した。
それから約三年後、青花が身体年齢二十歳に到達したのをきっかけに、約束通り養子を迎えたのだがその子がもう可愛くて可愛くて仕方がなくて俺も青花もそれはもう甘やかしてしまうのだけど、この話はまたいつか。
[終]
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