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その1 人間の青年が可愛い

 人間の青年が可愛い。  これは予想だにしなかった事だ。  相手は二十歳過ぎの、耳もしっぽも持たない男だ。魔力もほとんど持っていない。鍛えていない薄っぺらな身体をしている。  それが、これほどまでに可愛いく愛おしく思えて苦しいほどだとは。自分は一体どうなってしまったというのか。  専門家に言わせれば、魔力の波長がどうとか、身体の相性がどうとか、つまらない解析を並べられるだけであろうが。  とにかく可愛いのだ。そして眩しい。    ラグレイドは、二十代後半の現在にいたるまで、『番い』という存在とは縁がなかった。  一人を好む性質なんだろうとか、番いなどという甘ったるい存在は似合わないとか、周りは勝手なことを言う。  たしかにラグレイドは、筋骨隆々屈強骨太な黒豹獣人騎士だ。  実は攻撃魔力も持っていて、雑魚レベルの魔物ならば一撃で吹っ飛ばすことも可能である。  眼光も鋭く、普通に見ているだけなのに、謝られたり、泣き出されたり、逃げられたりする。  こんな厳つい獣人騎士に、愛だの絆だのという存在はたしかに不似合いなのかもしれない。  だが本当は、一緒に暮らす存在が欲しいと、思わないわけではなかった。  誰かと一緒に同じ部屋で、温かい料理を分かち合いたい。寒い夜を寄り添って暖め合って過ごせたらと、望まないわけではなかった。  『番い』は、時には「専属相手」とか「同室者」などと呼ばれたりする。魔力を補い合い、同じ部屋で協力し合って生活する存在だからだ。  魔力波長の合う者同士は、魔術師協会によってマッチングされ「番い」となるケースが多い。早い者は、十代半ばで同室者との生活を始める。  なのにラグレイドには、番いがなかなか見つからなかった。魔力の波長が珍しいのか、番いを持つのにふさわしくないとでも思われているのか、ちっとも相手を紹介されない。  番う相手を自分で見つけるという方法もあるのだが、こちらはさらに難しい。  これはと思う相手と恋愛関係に発展したら、自分たちで協会に申請をすれば良いだけなのだが、ラグレイドの場合、声を掛けようとしただけで相手が怯えて逃げていく。恋愛関係に発展とか言う前に、コミュニケーション自体が難しかった。  それに、これが一番の問題なのかもしれなかったが、ラグレイドはどんな相手を前にしても、感情がいまいち動かなかった。  どんな美女や極上の毛艶を目にしても、心が動かないというか、性欲が湧くには湧くが、それ以上は想えないというか。  自分は番いを持つ事には向いていないのかもしれない、といつしか思うようになっていた。  この屈強な身体も、獰猛な瞳も牙も、相手を慈しむためというよりは、一撃で仕留めるためのものだ。こんな身体で相手を抱いたら、相手はきっとズタズタの傷だらけになってしまう。  そういう訳で、ラグレイドは童貞でもあったのだが、そんなことはさして重要なことではない。  とにかく、番う相手がいないのであれば仕方がない。このまま騎士として、一人高潔に立派に生きて行くのみである。  そんな日々の中、番いが見つかったという連絡があり、ラグレイドは非常に驚いた。  しかも相手は獣人ではなく、人間の青年らしいのだ。  嬉しく思うというよりは、不安のほうが大きかった。  その人間の青年を、自分は大切にできるのだろうか。傷付けてしまったりはしないだろうか。そもそも獣人相手でさえ心が動かないのに、人間相手に情が湧いたりするのだろうか。  しかし、協会職員に付き添われ、ラグレイドの前に現れた青年を見た瞬間、感動と興奮で、ラグレイドは一瞬叫び出しそうになった。(グゥオオオォ)  その人間の青年がもの凄く可愛かったからだ。  今までに見てきたどんな生き物よりも可愛い。眩しい。愛らしい。  明るいミルクティ色の髪、アーモンド色の綺麗な瞳、すべすべの肌、はにかむように微笑んで白い歯を見せるところも、ちょっと不安そうにこちらを見上げる表情も。  可愛い。可愛すぎる。  匂いもいい。甘くて爽やかな若い雄の匂いがする。  身体は華奢だ。尻尾がない。頭頂部に耳もない。腰が細くて尻が小さい。太腿にはちょっとは肉がついていそうだ。胸は薄そうだがそれもいい。首筋が美味そうだ。いけない、まじまじと舐めるように見てしまう。 「シオです。よろしくお願いします」  ぺこりとお辞儀をしたシオに、ラグレイドはこぼれそうな涎を飲み込んだ。  顔が変に緩みそうで、急いで表情を引き締める。 「俺はラグレイドだ。こちらこそ、よろしく頼む」  ああ、こんな可愛い青年が今日から自分の番いとなるのか。色んなものに感謝してまわりたい気分だ。  いやそれよりも、早く部屋に連れ帰りたい。  そうして身体中を愛でて触って舐めずりまわして可愛がりたい。    

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