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それから朝食を済まして身支度を整えると、絢也 は一分一秒を惜しむように、葵 を家から連れ出した。
まだ今日は始まったばかりだと訴えたかったが、相変わらず楽しそうな顔を見ていたら、そんな言葉も喉奥に引っ込んでしまう。
蝉もようやく活動を始め、見上げる太陽の熱に暑さが増した気がしたが、ふと隣を見上げれば、こちらを微笑んで見下ろす絢也と目が合い、葵は更に体温が上昇した気分だった。
「ぼ、帽子被らないんですか?」
「そうでした」
ニコニコと素直に帽子を被る、その横顔が眩しくて落ち着かない。
「では、行きましょう」
そう言って当たり前のように手を繋ごうとするので、葵は驚いてその手を引っ込めた。
「な、なんで手を繋ぐんだ?」
「だってデートでしょ?」
「お、俺たち男同士だろ」
「でも、デートでしょ?」
葵にとってはデートで男性と手を繋ぐ事はある。それは、恋愛対象が同性だからだ。でも、絢也が葵と同じとは思えない。だからデートは言葉の文で、それなら手を繋ぐ必要はない。ただ友人と二人で出かけるのに、手は繋がないはずだ。
ならば、と考えが頭を過る。昨夜自分は、自分の恋愛観についても口走ってしまったのだろうかと。
男が好きだから、デートで手を繋ぐ。
そう思われているとしたら、自分は絢也にからかわれてるという事だろうか。
そう思ったら、暗い波が胸の内で渦巻くようで、平静じゃいられなかった。
「……からかわないでくれ」
こちらへ伸ばす絢也の手を無視し、葵は先に歩き出した。
ただの冗談かもしれない、だけど、そう思える程、葵は絢也を知らない。関係ない筈の過去の思いが頭を巡って、途端に怖くなる。
そんな葵に、絢也はすかさず後を追いかけて、めげずにその手を握った。
「はな、」
「からかってませんよ、俺があなたと手を繋ぎたいだけなんです」
そう言って強引に手を引かれ、途端に距離が近くなる。
驚いて顔を上げると、絢也は少し怒っているような、どこか泣き出してしまいそうな顔をしていて、胸の奥が小さく軋んだ。
「駅までで良いですから。人が来たら、離れますから」
ね、と懇願され、葵は戸惑いつつも頷いた。頷けば、安心した様子で顔を綻ばすので、葵は更に困ってしまう。
暗い渦が行く手を失い凪いでいく。
なんでそんなに、構おうとするんだろう。
会ったばかりなのに、何も知らないのに。
なんで、安心してるんだろう。
繋がれた手の先を見上げ、葵は答えの出ない問いに頭を埋めつくされ、困惑している自分と戦っていた。
彼に心を許してしまいそうな自分が怖い、だけど、その手を離す事は出来なかった。
そうして駅までの道すがら、葵は絢也の話に相槌を打ちながら、離れそうで離れないその手に胸が騒ついて落ち着かなかった。絢也はきっと、葵の様子に気づいて気づかない振りをしているのだろう。結局、絢也は終始上機嫌で、駅に着くまで、二人の手が離れる事はなかった。
電車に乗ると聞いて弱腰になったのは、葵の方だった。駅までの道中、駅構内にだって、絢也の顔がある、彼のポスターが至るところに貼り出されているのだ。一体、何社と契約を結んでいるのだと、改めて三崎絢也の世の中に対する影響力を感じる。
昨夜は正直、彼に手を引かれ逃げる事を楽しんでしまったが、さすがに何度も同じ目にあうのはどうだろう、予定も狂うだろうし、体力も消耗する。何より噂が立つ。葵はなるべく世間と関わりたくなかった。
なので、電車なんて大丈夫かと思ったが、そもそも乗客達は、スマホや本に視線を落として俯いている。こちらがあまり目立つ行動をしなければ、わざわざ人の顔を見たり、周囲に目を向ける事もそれ程無く、意外と気づかれないようだった。電車内が空いてる時間帯というのもあるかもしれないが。
デートに行こうと家を出たはいいが、特に目的地は決めていない。急に行きたいところを聞かれても葵は簡単には答えを出せず、それなら適当に駅に降りて、街をぶらぶら散歩しようということになった。
降りた駅は、ショッピング街としても有名な駅で、どこから集まってくるのだろう、平日の午前中でも人が多い。
それでも、すれ違う人達は誰も絢也に気づくことはない。絢也の映る大きなポスターの前を通っても、まさか本人が居るとは思わないだろう。
葵はそう思うと同時に、昨日は自分が声を上げなければ、バレる事は無かったんだなと改めて思い、途端に申し訳なさが込み上げてきた。
反省に落ち込む葵だったが、それに反し、絢也はただただ楽しそうだ。通りすがりに気になった店を見て回って、葵の服を見立てようとしたり、雑貨屋ではお気に入りのキャラクターとオーディオメーカーとのコラボ商品を見つけてはしゃいでいたり。
そのキャラクターというのが、女性人気の高い可愛いウサギのキャラクターなのが意外だったが、ニコニコ笑っている絢也を見ていれば、可愛いウサギもなんだか絢也の為にあるような気さえしてくる。
「…買ってあげようか」
お金は無いが、昨日の騒動を引き起こした申し訳なさと、世話になるお礼もある。何より先程の、手を繋ごうとした絢也に対しての自分の態度にお詫びをしたかった。
そんな葵の申し出に、絢也はパッと表情を輝かせ、色違いのウサギを二つ手に取った。
「じゃあ、俺が買うのでお揃いにしましょう!」
「え?それじゃ意味ない、」
「良いから良いから!」
そう言って、絢也はやはりご機嫌でレジに行ってしまった。そうして戻ってきた彼に、葵は気まずそうながらお礼を言って受け取った。
「悪いな…」
「買って貰うより、お揃いが欲しかったんです」
そう絢也は照れたように笑った。その様が可愛らしくて、それに何だか、その表情が特別なもののように感じられて、少しだけ擽ったかった。
つられるように頬を赤くした葵だが、自分を見つめる絢也の瞳が相変わらず優しい事に、俯いた葵はきっと気づいていないだろう。
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