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「私、三崎絢也(みさきじゅんや)のマネージャーをしております、立花結依(たちばなゆい)と申します」 「つ、月島葵(つきしまあおい)です」 葵は会釈をしながら名刺を受け取り、恐る恐る結依を見ると、彼女は先程よりも幾分穏やかな表情を浮かべていた。 「だから言ったでしょ、浅見(あさみ)さんとは付き合ってないし、彼女の為に別のマンションを借りたわけじゃないって!」 誤解が解けたからか、絢也は腰に手をあて、まったくと溜め息を吐けば、結依は再びキッと目をつり上げ絢也に詰め寄った。 「だったら何故勝手に引っ越すんです、こんな誰でも出入りできそうなマンションに!相談して貰えれば、違う部屋を探しましたよ!しかも、これ!こんな簡単にバレてるじゃないですか!」 そう言いながら、結依は鞄の中から雑誌を取り出した。突き付けたられたページには、絢也と葵のなんでもないツーショットと、絢也の部屋のベランダで洗濯物を干す葵の写真があった。 「な…!」 驚いたのは、葵の方だ。何故自分の写真が撮られているのか。 「巻き込んでしまってすみません、月島さん。恐らく、三崎と浅見の新たなスクープを撮ろうと、記者が張り込んでいたんでしょう。新たな同居人という見出しで書かれていて、もう三崎が絡めばなんでも売れると思って……事実ですが」 それは分からないでもない、絢也は若手の人気俳優だ。 葵は、不安そうに雑誌に目を向ける。 見出しには、“三崎絢也の新たな同居人は、恋のキューピッドか”、とある。先程、結依が絢也と葵を問い詰めた理由がこれだ。 絢也と葵自身の仲は微塵も疑われていないが、葵には一つ気がかりがあった。 写真の葵の顔には、一般人なので目隠しが入ってる。ぱっと見で葵だと気づく人は少ないと思いたいが、もしかしたら、分かる人には分かるかもしれない。 絢也と暮らしていること、それ自体が知れ渡るだけならまだ構わない。ただの一般人が暮らしているだけと思われるだけなら。だが、それがただの一般人で終わらず、もし自分の素性が暴かれてしまったら。葵にはそれが問題だった。 葵が適度な距離で女性達の家を渡り歩いていたのも、隠れて暮らしていたかったからだ。過去やあの人から、逃げたかった。 それにもし葵の過去が知れれば、最初は葵だけの問題でも、いずれ絢也にも迷惑が掛かるのは、目に見えている。葵は、やはり不安そうに結依に視線を向けた。 「…俺の事とか、調べられたりしませんよね?ただの同居人ですし、男だし…」 「可能性は無いとは言いきれませんが、もちろん、させません。今、抗議を行っている所です。こんな時に力を発揮出来ないなら、大手の意味がありませんからね」 随分強気な発言には頼もしさを感じる。一般人がタレントに迷惑掛けるなと、葵は結依に怒られるのではと思っていたが、結依は葵も守ろうとしてくれているようだ。 「タレントがプライベートを仕事の為に使うならまだしも、そういう目的もなく、更には一般の方を巻き込むのは、本意ではありませんから。調べられたらあっという間に広がる世の中です。それに、三崎さんがそんなにまで守りたい方でしたら、余計に力を入れねばなりません」 彼女の目に、自分達はどんな風に映っているんだろう。 強気に微笑む結依に、葵は少し戸惑って絢也を見上げた。赤くなって思わずといった様子でそっぽを向いた絢也に、葵までつられて熱くなる。 また期待したくなるが、赤くなっているわけにはいかない。 葵は、躊躇いながらも結依に尋ねた。 「…でも、そんな簡単に俺の事信じて良いんですか?」 「三崎さんが守りたいなら、私は守りたいと思うだけです。誰にだって晒したくないものはありますから。ただ、色々と先に言っておいて貰えたら、対応のしようはあったとは思いますが」 最後に、結依は絢也を睨み見上げる。絢也はたじろいで、頭を下げた。 「ごめん」 「謝罪は月島さんに」 「はい。葵さん、ごめんなさい!全部俺のせいです」 教師と生徒、はたまた姉に頭の上がらない弟のような二人のやりとりに、ぽかんとしていた葵は、慌てて頭を振った。 「いや、やめてくれ!良いんだ大丈夫。俺も何か、見られてる気はしてたんだけど…もっと注意するべきだった」 本当に、もっと気を引き締めて過ごさなければならなかった。絢也は人気俳優だ、もし葵の過去が世に広まった時、一番ダメージを負うのは絢也だ。 改めて事の重大さを思い知り、葵も頭を下げた。こっちこそごめん、と葵が謝れば、結依は再び絢也を見上げた。 「勝手な事するから、関係ない人を巻き込むんですよ」 その言葉に、絢也はムッとした様子で結依から顔を逸らした。 「勝手って、初めに勝手な事したのはそっちじゃないか」 絢也の結依を責めるような言葉に、葵は何の事だか分からず、不思議そうに結依に目をやれば、彼女は何かを堪えるように、きゅっと唇を結び俯いてしまった。 「お、お茶でも如何ですか?」 突然現れた二人の溝に、かといって、黙って話を聞いているのも違うと思い、この空気をどうにか払拭しようと取り敢えずお茶をすすめた葵だが、結依は丁寧に断り頭を下げた。 「今日は確認に来ただけなので。もし何かありましたらご連絡下さい。記者が何かするような事があればすぐに対応しますので」 それから結依は、気を取り直した様子で絢也に目を向けた。 「もし何かあったら、ここで月島さんを守れるのは三崎さんだけです。何かあったらすぐに連絡下さい。勿論、そうならないよう善処します。それから…、あの件に関しては、私はまだ諦めていませんから。時間が来たら迎えに来ます」 そう言って出て行く結依を見送り、葵は絢也を振り返る。彼は何か思う事があったようだが、葵の視線に気づくと、再び頭を下げた。

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