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「三崎 君!今日は良かったよ!また、よろしくね!」
「ありがとうございます!よろしくお願いします」
ぽんぽんと肩を叩かれ、絢也 は笑顔で頭を下げる。彼はバラエティー番組のプロデューサーだ。彼の反応を見る限り、番組の盛り上がりに一役買えたみたいだ。
ここはテレビ局で、絢也は落ち込む素振りも見せずに、今日もきちんと自分に与えられた役割をこなしている。
ホッとしたところでスタジオを出て歩き、楽屋があるフロアに出たところ、待ち構えていたように七菜 が居て、絢也は先程までの愛想の良さを放りだし、取り繕う事なく表情を歪めた。
「何よ、その顔!せっかく慰めに来てあげたのに」
「要りませんよ、そんな押しつけのセールスみたいなもの」
存外な扱いに、前科はあれどさすがに七菜も腹を立てた。七菜はこの間、恋人にしたいランキングで四位にランクインしたばかり。その自信を出端で挫かれた思いのようだ。
「ねぇ、出て行っちゃったんだって?あの人」
絢也の態度の反動からか、意地の悪い七菜の言葉に、絢也は通り過ぎようとした足を止めた。
「誰に聞いたんですか」
「ネットに書いてあった。この情報によれば、同居人の姿が消えたから、誰にも頼らず、覚悟を決めた私と絢也が、もう一歩踏み込んだ関係になるんじゃないかって!」
「へぇ、それはビッグニュースですね」
「本当にしちゃう?」
絢也の前に回り込み、七菜は悪戯っぽく笑う。彼女の愛らしさは、きっと毎日見ていても飽きる事がないだろう、それ程の魅力があっても、絢也の心は七菜を素通りしていく。
「私なら、ずっと一緒にいられるよ?絢也のこと、置いていったりしないし」
「…俺はそんなに寂しそうに見えますか?」
「見えるよ。私なら、きっとその寂しさ埋めてあげられるのに」
七菜が一歩近づいて、絢也の手を掴もうとするが、絢也は構わず彼女を避けて歩き出した。
「ちょっと!」
「構わないで下さい、俺はあの人の事で頭がいっぱいなので」
「そんなの分かってるよ!でもしょうがないじゃない!しょぼくれた顔してるんだもん!」
七菜は再び絢也の前に回り込んだ。
「何があったのかなって、心配くらいする!」
「浅見さんが心配する必要ありませんよ」
「だって好きだもん!心配くらいさせてよ!」
「俺が好きなのは、葵 さんだけです」
真正面から言われ、さすがに七菜はぐっと声を詰まらせたが、それでも先へ進もうとする絢也の前に出た。
「その葵さんは、自分から出て行っちゃったんでしょ?絢也の事、別に好きってわけじゃないんでしょ?」
その一言に、絢也は心臓が嫌な音を立てたのを感じ、俯いた。
「そんな相手を想ってもさ、しょうがなくない?あの人にもきっと迷惑だよ」
確かにそうかもしれない。だけどそれは、何度も繰り返し考えた事だ。絢也はぎゅっと拳を握った。
「それでも俺は、会いたいんです。何も分からないまま離れるなんて出来ません。泣きそうな声して、ありがとうとか嬉しくないですよ、何か理由があるはずなんです、俺はちゃんと話を聞くまで諦めきれない、俺にはあの人しかいないんです」
俯いて話す絢也の声は、微かに震えていた。その姿を見て、七菜はきゅっと唇を噛み締める。
七菜は、ずるいと思った。何があったか知らないが、絢也にこんな顔をさせる葵も、こんな顔を見せる絢也自身も。
だって、そんな風に言われたら、何も言えない。
絢也の中には入り込む隙すらないと、思い知らされるようで。
絢也は俯く七菜に構わず、先を歩いた。
「ばっかみたい…」
それは誰に対しての言葉だろう。
七菜は顔を上げると、ぼやける天井を瞬きと深呼吸でやり過ごし、絢也とは逆の方向へ歩き出した。
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