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そして約束の日曜日、絢也(じゅんや)は|結依(ゆい)と共に、指定された水族館へやって来た。 水族館の閉館時間は夜の九時だが、駐車場は開いていた。約束があったので、開けておいてくれたのだろうか。 現在の時刻は、十時を少し過ぎた頃。車を停めて外に出ると、昼間とは違い、少し涼しさを感じる夜風が、焦る気持ちを宥めてくれているようだった。 人の気配が消えた水族館だが、館内と敷地内の灯りはまだついていた。 勇次(ゆうじ)はどこに居るのだろうと辺りを見回すと、同じく駐車場の中、水族館の入り口の近いところで、車が一台停まっており、その車の前に、人影がある事に気がついた。 「来て下さったんですね」 近寄れば、勇次もこちらに気づいたようだ。彼はにこやかに歩み寄り、それから傍らに立つ結依に体を向けた。 「初めまして吉永です。ミヨシリゾートグループ副社長、三吉一葉(かずは)の秘書をしております」 「三崎のマネージャーをしている、立花と申します」 互いに名刺を交わし、それから結依は頭を下げた。 「この度は、弊社のタレントがお騒がせして申し訳ありません。記事の件、ありがとうございました」 それに気付き、絢也も慌てて結依に倣って頭を下げた。 「やめて下さい、うちの会社が元々関わっていた事ですから」 「それでも結果助かりました。…それで、今回はどういったご用件でしょうか」 感謝を伝えながらも身構える結依に、勇次は微笑み、それから絢也に視線を向けた。 「きっと、(あおい)君の事も知っているんですよね。それについて少し、三崎さんにお尋ねしたい事がありまして」 勇次の声は優しくその表情もにこやかだが、元の顔が強面なせいか、それともこちらが身構えているからか、その柔和な雰囲気も、何か含みがあるように思えてしまう。 そんな訳で、絢也は途端に緊張を覚えたが、それでも、葵の為を思えば怖いものはない筈だと、自分を奮い立たせ、顔を上げた。 「俺も、聞きたい事があります」 「…そうですか。せっかくなので、三崎さんからどうぞ」 にこやかに手を差し出され、絢也はぎゅっと拳を握った。 勇次は何か知っているのか、知っていたとしてて簡単に教えてくれるのだろうか。絢也には、勇次がどんな人物なのか分からない。探るのは苦手だ、だから、まっすぐ聞くしかない。 「葵さんがどこにいるか、吉永さんは本当に知らないんですか?」 一葉と勇次が、普段どんな距離感でいる間柄なのか絢也には分からないが、わざわざ一葉の目のないところで今日の約束を取り付けたのは、一葉も知らない何かを勇次は知っているのではないか、絢也はそう思っていた。 「…居場所を聞いてどうするんです?葵君は、あなたの為に姿を消したんじゃないですか?」 肩を竦める勇次に、絢也は「あなたの為」という言葉に、思わず視線を逸らし俯いてしまった。隣で話を聞いている結依も、心配そうに絢也を見上げている。 「それは、」 多分、きっと勇次の言う通りだ。だが、その通りだと言ったら勇次は何も答えてくれないような気がして、絢也は他の言葉を探すが、何も言葉が浮かばない。 唇を噛みしめれば、不意に葵の顔が頭に浮かび、絢也の新たな決意が揺らいでいく。 今、自分がしてる事は、葵の為になるのだろうか。葵が自分の為に姿を消したというのなら、葵の気持ちを踏みにじる事になりはしないか。 浮かんだ葵の微笑みが遠ざかる。ついこの間まで、手を伸ばせばそこにあった笑顔。頭の中で記憶が遡る、繁華街の路上で段ボール箱を抱えて立ち尽くしていた葵、近づけば更に時は遡り、桜の花びら散る中で笑う葵がいる。 絢也は、ぎゅっと拳を握った。 心が揺らぐのは、いつだって葵が大事だからだ。 絢也は顔を上げ、しっかりと勇次の目を見つめた。 「それでも俺、会いたいです。俺と居たらまたおかしな事になるかもしれないけど、」 「それなら、このままの方が良いんじゃないですか?」 「よくありません!」 絢也は頭を振って顔を上げた。 「昔、確かに嫌な事があったかもしれないけど、でも、毎回同じ事繰り返すとは限らないし、もし何かあったって、一人だけ犠牲みたくなるのはおかしいです!こんな隠れてばっかりで、あんな生活続けてたのだって、昔書かれた記事のせいなんでしょ?今だって、凄い絵が描けるのに、」 ぎゅっと拳を握った絢也を、勇次は優しく見つめていたが、絢也はその様子には気づいていないようだ。 「俺、ちゃんと会って話さないと納得出来ません!なんで勝手に居なくなるんですか?なんで俺の事まで勝手に決めちゃうんですか!何が安全とか正しいとか、そんなの分かんないですよ。分かんないなら、一緒に背負って乗り越えれば良いんです。俺も一緒に戦う、葵さんの事絶対守ります!だからお願いします!知ってる事あるなら教えて下さい!葵さんに会わせて下さい!」 頭を下げた絢也に、結依も慌てて頭を下げた。その様子を見て、勇次は気持ちを改めるように、真剣な顔つきで口を開いた。 「あの記事が事実かもしれないですよ」 「そんなの関係ありません」 「何が起きるか分かりませんよ」 「俺だって伊達に芸能界に居ません、葵さんが居てくれるならどんな事があっても平気です!」 その力強い思いに、勇次はふっと表情を緩めて肩から力を抜くと、後ろにある車を振り返った。 「……だってさ、葵君」 その一言に、絢也と結依はきょとんとして顔を上げた。 「ほら、出てきなさい」 「ちょ、待って待って!話が違う、」 「待たせてるのは葵君だよ」 絢也と結依が呆然としている中、勇次は車のドアを開けて声を掛けているが、中にいる人物は抵抗しているようで姿を見せようとしない。その様子に、勇次は仕方なさそうに溜め息を吐くと、車の中へ体を入れ、その人を引き摺り出した。 「はい、ちゃんとして」 「うわ、引っ張るなって!」 よろけながら車から出て来たのは、葵だった。

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