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恋が戦争(前) 初戦
もう、こんな俺のこと好きって云ってくれるなら誰でもいいと思った。
俺のこと、何より誰より一番に思ってくれるなら、愛してくれるなら、誰でも。
「マドカ、ほら彼氏のお迎え。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「マっドカー?」
武 ちゃんはぐいぐい俺の腕を引っ張ったけど、俺は嘘吐く気なんて無かったけど、やっぱり彼氏は要らなかったかもって今、反省している。
放課後、いつものように武ちゃんの足の間に収まって、みんなでだべってるの楽しいし。本田が彼女の為にチェックしてるデートスポットがいっぱい載った雑誌見て、これ、管野好きそ~なんて西川が笑って。
美味しそうなキャラメルパフェも載ってるし、もう少しでこのなんとなく分かりそうな場所の地図、もっとちゃんと頭の中で辿って行けそうだし、まだ皆と喋ってたい。
なのに武ちゃんが俺の手から雑誌を取って、ひょい、と俺のこと持ち上げて榛名に渡した。
「すまんな、コイツ第二次反抗期中なんだ。」
「えっ、嘘、遅くない?」
「っ、フツーだもん!!」
「だから管野、まだちびっ子なんだねえ。」
俺は榛名の頭をはたいた。榛名はそうやって笑いながら俺に嫌味ばっか云う。だから俺は榛名のことが嫌いなのに、俺も武ちゃんに頭をパシッと叩かれた。
もう武ちゃんは俺のものじゃないので仕方ないのかも知れないけど、それにしたって冷たい仕打ちだ。
俺が武ちゃんに叩かれたところ、榛名がそっと撫でてみせたけど、そんなので俺は騙されやしないんだ、と俺は榛名の手もはたき、キラキラ輝いてる目を睨み付けた。
「えっ何、榛名は管野の彼氏になったの?」
「おめでっと~。管野、ココ榛名に連れてってもらいなよ。」
カップル割あるんだって、と西川も本田ものん気に笑って見せたけど、武ちゃんが助けてくれないならこの二人に助けて欲しかった。武ちゃんはもう知らん顔でケータイ見てるし。きっとこれからデートする彼女からの連絡待ちだ。俺なんてもうどうでもいいんだ。
「っ、武ちゃんのばか!!!」
「管野、リュック落ちたよ。」
「俺はお前が彼氏だなんて認めない!!!!」
ついでだ、このまま逃げようなんて思って俺は教室を飛び出した。けど今HR終わったばっかのクラスも多いらしく、教室の出入り口、廊下で自分よりもおっきい人たちにガンガンぶつかった。その度、ごめんね、すみません、と何故か榛名が謝る。俺は榛名に簡単に追いつかれてしまった。
「まさか手ぶらで帰るの?ほんとアホの子だね、管野って。」
「・・・・・。特別にリュック、持たせてやる。」
「自分のぐらい自分で持ちなさい。見沢だってそこまでやってくれなかったでしょ?」
「武ちゃんとお前を比べるな!!」
ほんと見沢のこと好きだねって、榛名は小さく溜息を吐いた。その態度にムカついて、俺はリュックを榛名の手から奪い取って背負った。そのままスタスタ昇降口に向かって歩き始めても、榛名またな、うんまた明日ね、バイバイ、と背後からはむっさい声がする。しまいには、まどかちゃんバイバイとまできた。ああ、もう何もかもが腹立たしい。
「俺のこと、名前で呼ぶな!!!!」
そうがなっても、ほんとお子様だねって榛名は笑うだけで、分かったから落ち着けって宥めてくれる武ちゃんとは大違いで、俺はなんでこんな奴を彼氏にしてしまったんだろうって、もうこの一週間、何十度となく思っている。
幼馴染で、十年は俺の傍に居てくれてる武ちゃんに初めての彼女が出来た。だからお前をもう優先出来ない、一番には出来ないって云われて悲しくて悔しくて、俺のことを一番に思ってくれる人を探さなきゃって思った。
友達なんかじゃもう武ちゃんの代わりにならないし、彼女じゃ手に負えない。ワガママ聞いてあげる気なんて一切無いから、彼氏でいいって思った。うち、男子高だし、俺のこと好きって云ってくれる人は今までにも居たから。
だから、きっとまた見つかると思った。俺のことを何より一番に考えてくれて、甘やかしてくれる人が。
あの日、武ちゃんにある意味フラれてすっかり弱っていた俺は、俺のこと好きって云ってくれて、俺も好きになれそうな人と付き合ってみよう!って思ってしまったのだ。同性から好意的な感情を向けられてるなって思うことは多々あれど、告白までしてくる人はなかなか居ない。同じ男子に面と向かって告白してくる人なんて相当俺のことが好きだから!!って思って。
「ねぇ、管野の中で彼氏って何なの?」
「・・・・・・。優しくて楽しくて、ご飯とか奢ってくれる人。」
「じゃあ一つクリアだね。」
まぁ確かに、と俺は頷いた。優しくなくてうざいの、榛名は自分でも自覚してるようで何よりだ。奢ってもらったキャラメルラテ片手に、俺はそう思った。
俺があんなことを思ったその日のうちに告白してきた人、それが隣の隣のクラスの榛名皐 だった。それまで喋ったことは無かったけど、顔は知っていた。俺派と榛名派、そんな言葉まであるのを知っていた。榛名は俺みたいに小柄じゃなく、普通の身長だけどお顔が良い。キラキラしてるよなと女の子好きの本田ですらそう云った。管野はかわいくてホワイトテリアだけど、榛名は美人でにゃんこ系~って西川はヘラッと笑っていた。
そんな榛名が、俺のことを好きだと告白してきた。
『俺、前から管野のこと好きだったんだ。俺と付き合って下さい。』
あの日、弱ってた俺に向けられた榛名の言葉も笑顔も、とてもキラキラして見えた。
よく知らない人間だったけど、榛名はしょっちゅうウワサになってる割に悪口なんかは全然聞かない。外見みたいに中身もきれいに出来てるんだな!って、あの日、そう思ってしまった。
けれど榛名を知れば知るほど、人間ってそんなにうまく出来てないんだなって俺は思い知っている。榛名は口が悪い。しかも俺限定だ。武ちゃん達とは嫌味無い調子で喋れるくせに、俺が関わると余計な一言を付ける。
紅茶の上のホイップすくって、ふわって笑って、俺に向かってきれいな曲線を描いてた口を開く仕草は、ほんとにただ、きれいなのに。
「管野は甘いものが好きなの?」
「・・・。辛いのも好き。けどキャラメルが、一番好き。」
「そっか。虫歯には気を付けるんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
外では我慢、我慢だ。お店で大きな声出すなってよく武ちゃんに叱られた。それに付き合うって返事したのにそれをさっさと覆すのもちゃらっとしていて良くない。
父さんが嘘を吐くのは良くない事だぞって云ってた。母さんが意地悪に見える子でもきっと素敵な所があるわって教えてくれた。
それが全てじゃないこと、絶対じゃないことを俺は知ってるけど、二人の云うことを信じて後悔したことは滅多に無い。だから俺も榛名の良い所、探す努力はしてる。俺はあの日、榛名の告白に頷いてしまったので。
「ねえ、男二人でこういう店って結構キツいね。」
「武ちゃんは付き合ってくれたもん。それに、榛名の所為もある。」
「アハハ、お外に出てもめんどくさい世の中だね。」
「・・・・・顔が良いのは榛名の良いとこだよ。」
「わぁ、他にも褒めてくれる?」
「無い。」
俺はまあ、誰かの一番が良いんだけど、男女から問わず、ちやほやされるのが好きだ。けど榛名はさっきの冷めた表情からして、あんまり自分の外見が好きじゃないらしい。この世は愛が全てだと云うのに。それが努力もしないで多少手に入る世の中なんて、とても素敵なものなのに。
「・・・でも榛名、爪の形がきれい。」
「管野はちょっと深爪だね。」
「だって自分で切るの、苦手なんだもん・・・。」
「うわ、見沢にそこまでやらせてんの?」
「・・・・・・。もう武ちゃん、俺の爪切ってくれないもん。」
ガサツだけど、武ちゃんは俺に甘かった。俺が爪切り持っていくと、仕方ねーなと云いながらもいつも切ってくれた。眉間に皺寄せながらじっと俺の指を見て、丁寧にぱちぱちと。
けどこれからは、この間ちょっと見かけた、十人並みの容姿だけど笑顔が可愛かったあの彼女相手にやってあげるのかなんて考えたら、涙が出そうになった。
「ちょっ・・・管野、お願いだからこんな所で泣かないでね?」
「じゃあ面白いこと、っ、云って・・・。」
「なんでそう無茶ぶりするの?そういうのも彼氏の役目なの?」
「爪はもっ、自分で切る。けど楽しいこと云うのは、彼氏のっ、役、めっ、」
差し出されたナプキンで鼻をかんでも治まらない。でも真正面の榛名ときたら、滲んできた視界でも分かるくらい、呆れて嫌そうな表情で俺を見てから立ち上がった。
「もう、ほんとめんどくさいね。管野、他にどこ行きたい?」
「パっ・・・パルクの5階ぃ、」
「うん。本屋?CDショップ?」
「ブルー、レイっ、チェックする・・・。」
「云っとくけど何も買ってあげないからね。ほら、リュック背負う。」
ちょっとだけ残ったラテも持たされて、引かれた手は細い。
榛名の指は全然ゴツゴツしてない。けど速度は同じくらいだ。コンパス違う、俺がつんのめらなくて済む、ゆっくりした早さ。けどちょっと前を歩く影が全然違う。
髪はこんなサラサラじゃなくて、こんな整った横顔じゃなくて、こんな頼りない肩じゃなくて。気を紛らわせるつもりで榛名を見ていたら、違う所を数え始めてしまって、何もかもが違っていることに気付いて、結局涙が溢れた。
「たっ、武ちゃあ、ん・・・・!!」
「こら、彼氏以外の名前を呼ぶんじゃない。」
「はっ、榛名ぁ・・・、」
「よし。」
違う。全然良くない。榛名は爽やかに笑いやがったけど、こういう時に励ましてくれるのが彼氏だ。西川がよく持ち込んでる少女マンガの彼氏共と全然違う。
とりあえず、喉がカラカラしてきたから水分だと思い、ラテを飲み切ったら、キャラメルと生クリームとコーヒーが混ざった味は今の俺にはひどく甘くて、余計苦しくなった。
「なんだ。榛名、案外お前のこと大事にしてくれてんじゃん。」
「どこが!!!」
「じゃあなんだその新入りのヒヨコは。」
俺のケータイの新しいストラップ指差した武ちゃんは意外に目敏い。揺れる浮き輪を付けてるヒヨコは昨日、榛名のお金でやったガチャガチャでゲットした。200円にしてはいい出来で、可愛くて気に入っている。パルクの5Fで、榛名には何で秋にこんなもの定価で売ってんのってバカにされたけど、けど。
「ひよことウサギに罪は無い!!!」
「管野、ウサギは何?」
「ぬいぐるみ、昨日クレーンで取ってもらった・・・。」
「うわ、ほんと愛されてんじゃん?」
「それも200円だもん。・・・かわいいけど。」
「何、榛名はゲーマーなの?」
「ゲーセン、うるさくて嫌いだけどゲームするの好きって云ってた。」
「良かったじゃん。マドカもゲーム好きだろ。」
「んん・・・・。」
そうやって人の頭肘置きにして、またケータイいじって。武ちゃんにむくれたら、風船~って西川にほっぺた突かれた。こいつら他人事だからって楽しそうだ。
「なんか榛名ってウワサのイメージと違うね。面白いじゃん。」
「いや、中学の時からアイツ、そんな感じだったよ。男子の前だとな。」
「なに本田、榛名と同中?」
「うん。いやー、あの顔と性格で女子にモテモテで羨ましかった。」
「榛名、性格良くない!!!」
「あれ、好きな子ほどいじめちゃうってヤツじゃないの?管野にだけじゃん?」
「お、おお・・・・・?」
そうか、榛名のあれは俺のこと好きだからか!!やっぱ愛されてるじゃん!ってテンションは上がったけど、俺に優しくないの、嬉しくない。もう朝から悶々とする。
あのキラキラしてる容姿で気取ってないのは付き合い易くていいけど、昨日ゲーセンで二人でチャレンジしたクイズゲームも面白かったけど、やっぱアイツ一言多いからな。こんなのも分かんないの?馬っ鹿だなあって。
けど、あの端のウサギのぬいぐるみ欲しいって云ったら二回で取ってくれた。えらく真面目な顔して、無言でさくっと。みんなでゲーセン行ってもクレーンゲームなんて誰も出来ないから、見てるの楽しかった。ちっちゃいのならたまに取れるくらいで、本田なんてただ機械にお金あげてるだけで、武ちゃんになら諦めろってきっと云われてた。
ううん、そりゃあ武ちゃんだって、いつでも俺に優しい訳じゃ無かったけど。
せっかくの珍しい半日授業の放課後、今日もやっぱり教室の空気がちょっと、ざわっとした。榛名が俺に向ける笑顔は大体、お前女みてー!って昔俺をいじめてきた奴の笑顔とかぶる。笑い方は全然違うんだけど、なんか。
中学は別々で、小学校の卒業式の日、今までからかってごめんなって顔真っ赤にしながら云った、元いじめっ子の笑顔に。
なら榛名だって俺は攻略出来るかもしれない。なんたって彼氏なのだ。榛名にだって辛うじて良いところはあるし、仲良くやらなきゃいけないのだ。
よし、明日は俺が大人なところを見せてやろうと思ってたけど、榛名は今日もキラキラの笑顔を携え、やって来やがった。
「管野、帰ろ。」
「やだ!!!!」
「榛名、今日はほんとにマドカ無理だぞ。お迎えの日だから。」
「そう!!用事がある!!」
「お迎え?見沢以外にこの子、誰に迎えに来てもらうの?」
「違う!俺が行くの!」
俺は今日も今日とて憎らしい口を叩く榛名のことを叩きたかったのに、伸ばされた手に頭を押さえつけられて、手が全然届かない。そこのカップルいちゃつくなーと、クラスメイトから野次も飛んできた。榛名は俺のこと押さえつけたまま、アハハと他人事のように笑っていた。
「いちゃっ、いちゃついてない!!!!」
「マドカ、ついでに榛名に送ってってもらえば?幼稚園まで。」
「な・・・!武ちゃん!!」
「いいよー。迷子にならないよう送ってってあげるよ。」
「んなっ・・・!!お前が俺にお願いする方!!!」
じゃあ連れて行って下さいとすかさず榛名に返されてしまったので、俺は結局榛名と一緒に行く羽目になった。だって嘘をなるべく吐いてはいけないのだ。
それから俺は、コイツの良い所を探さなければいけないのだ。
和花がコイツを一目見て、お花出して懐こうと。
「はじめまちて。かんののどかです。6さい。」
「和花ちゃん、お兄ちゃんと違ってお利巧だね。」
「もうたしざんもできるし、なまえもかんじでかけるよ。」
「そっか。えらいね。」
「なんでお前、ほんとに付いてきたの・・・・。」
そうだ、忘れてたけど和花はきれいな顔の男が好きなんだよ。テレビの中じゃなく目の前に居る、ちょっとしたアイドルの存在に元々大きく、うるうるした目が輝いていた。
母さんに頼まれて和花を迎えに行った幼稚園でも騒がしかった。俺自身がちやほやされるのが好きでも、隣の人間が、しかも榛名が騒がれるのはなんかムカつく。学校みたいにコイツ、他人前でも俺に嫌味云ったりしないで、ただきれいな笑顔を浮かべるだけだから余計モヤッとした。
和花を挟んで隣で、今もやっぱり榛名はふわっと笑うし。
「彼氏ってデートするもんだよ。」
「でーと?のどかも今日よしくんとしたよ。」
「うわ、最近のお子様は進んでるね。」
「のどか、おこさまじゃないよ。」
あ、頭撫でやがった。んなこと云いながらも簡単に懐柔されて、ハートマーク飛ばしてる和花はお子様だ。俺はぎゅっと、和花と握った手に力を入れ、俺の方へと引っ張った。
「お前、和花にまで触るな!!!」
「わっ、シスコンー。」
「ね、おにいちゃん、タケちゃん以外にともだち、いたんだね。」
「ちゃんと居るよ!!」
和花は最近口が立つ。けど笑顔は特別可愛いし、嬉しそうにそんなこと云ってみせたので許す。妹可愛がれよと武ちゃんが云ってたし、まあ自分でもこのちびっこい手の小さな存在を守ってあげなきゃなあとは思うし。そう、俺は大人になったのだ。
すかさず榛名が和花に話しかけるのも、ちょっとだけなら見逃してやる。
「お兄ちゃんね、少しだけならお友達居るよ。」
「っ、ほんとう?」
「女の子大好きな奴と、明るくてのんびりした人だよ。」
「えー、おんなのこだいすきは良くないよ。やっぱいちずじゃなきゃ!」
「・・・・・・・・・。」
またすかさず嫌味が飛んでくるのかと思って俺は待機してたのに、拍子抜けした。それからコイツ、案外見てるんだなって。俺は榛名の交友関係なんて知らないけど。
あ、けど彼氏ってそういうのもチェックしとかなきゃいけないのか。もうほんとに榛名にムカついてしょうがない時、弱点教えてもらわなきゃいけないもんな。あと榛名なんて俺より友達居なさそうだから、苛められてないかちゃんと見てあげなきゃだ。ああ、付き合うって大変だなあ。
「アハハ、和花ちゃん可愛いこと云うね。」
「え。のどか、かわいい?」
「うん。かわいい。」
「お前、和花までくどくな!!!」
「おにいちゃん、うるさい。めっ。」
和花にまで叱られてしまって、ちょっとシュンってなる。この感じ、懐かしい。武ちゃんは前ほど俺に口うるさくないから。きっと今日も彼女とデートでそれどころじゃない。俺だって妹連れデートしてる筈なのに、しょんぼりする。
そうだよなあ、俺のこと好きって云ってくれる、武ちゃんの代わりの榛名が現れたからって、ほんとに現実的にすぐに代わりになってくれる訳じゃないんだよな。榛名は榛名だし。優しくなくて意地が悪くて、顔が良くて、意外に世話焼きな。
「はい、おちゃです。」
「ありがと、和花ちゃん。」
まあ、榛名に取ってもらったウサギ抱えた和花におもちゃのお茶出してもらったくせに、俺にこっそり本物のお茶のお代わり要求するけど。
図々しい榛名はうちにまでやって来て、家族写真ばっかのうちの玄関を見て、こういう環境で育てられれば管野みたいな人間が出来上がるんだねって嫌味な笑顔で口にした。フン、幸せの何が悪い。
「っていうかこれじゃあ和花と榛名のデートじゃん・・・!!」
「なに、寂しいの?和花ちゃん、お兄ちゃんにもお茶出したげて。」
「はぁい。」
「俺は!!お前のお兄ちゃんなんかにならない!!!!」
「管野、うるさいよ。」
「のどか、うるさくないよ。うるさいの、おにいちゃんよ。」
「あ、そーか。二人とも管野さんね。じゃあ円。」
「・・・・・っ!!!」
やだもうコイツ、追い出したい。毎日のように付き合ってる所為で俺は飽きてるままごとの新鮮な相手役に、和花が喜んでいなければ。けれど、和花の相手しつつの榛名に、ついでのように頭を撫でられて悔しさも誤魔化されてたら、玄関の方から物音がした。ただいま~という母さんの声だった。
あ、まずい。彼氏だけど俺に優しくない榛名、これ以上家族に見せたくない。俺は榛名のカーディガンを引っ張って、ベランダから外に引きずり出そうとしたけど、和花の抵抗にも遭いバタバタしてる内に、母さんはリビングの入り口から榛名を見て、びっくりして、持ってたバッグを落っことした。
「あらやだ!武ちゃんじゃないの!?円、お友達!?!」
「違う!!!!」
「あ、お邪魔してます。円くんのかれ・・・」
「お前は黙れ!!!!!!!!」
「ママ!はるなくん、うさこくれたひと!」
「ま~、ウサギ取ってくれた子?どうもありがとね、和花まで面倒見てもらっちゃって。」
くそ、母さんもイケメンわりと好きなんだよ。円と和花が一番可愛いし、父さんも好きよって云うくせにわりと和花と二人でアイドル番組見てるもん。ほら、榛名の手なんて握っちゃって、榛名、笑いながらもちょっと引いてるもん。ざまあ、榛名。
「もう、ごめんなさいね、円ってばすぐ怒鳴っちゃって!」
「っ、もう慣れました。」
「本当?良かったわ、円が幼馴染の子以外連れてくるなんて久しぶりで!!あ、ハルナくんおでん食べれる?手抜きで悪いんだけど、夕飯食べていって!!」
「母さん!それはやだ!!!」
「ええ?お父さんも喜ぶわよ。円は学校で苛められたりしてないのかって、心配してたんだから。」
「ううっ・・・!!」
だって俺、友達って云えるくらいよく喋るの、武ちゃんと本田と西川くらいだもん。嘘は吐けないから家でも他の名前は出してない。あ、こんなこと榛名の前で話してたら良いネタだ!また馬鹿にされる!って思ったけど、榛名は笑っていた。
ヒマしてウサギで遊んでる和花の横で、そりゃあもう穏やかそうに。
嫌味じゃない、ただの相槌の笑い方だった。
「両親へのご挨拶、一気に済んだね。」
「っ、榛名が優しい彼氏になってからが良かった・・・。」
「アハハ、それじゃあいつまで経っても会えなかったね。」
俺は榛名を睨み付けた。だってもう声が嗄れそうだ。結局榛名はうちで夕飯を食べた。父さんはハイテンションでシュークリーム買って帰ってくるし、榛名はうちの家族の前でもやっぱり俺に一言多いし、フォローが大変だった。
加えてもう疲れてるのに、たかだか五分の道のりなのに、暗いと道が分かり辛いだろうから駅まで送ってきてあげなさいと母さんに家を追い出された。榛名も、じゃあお言葉に甘えてなんて、笑って答えちゃったから。
「・・・・・・。遅くまで悪かったな。」
「ううん、楽しかったよ。大勢でご飯食べるの久しぶりだった。」
「榛名んち、家族少ないの?」
「四人だから管野んちと同じ。けど親は大体帰ってくるの遅いし、姉貴は大学生だからあんまり家に居ない。」
珍しく榛名の言葉には嫌味が混じってなかったし、俺はちょっと背伸びして、榛名の頭を撫でてやった。どうだ、武ちゃんは俺がさみしい時こうしてくれたので、榛名彼氏だし、励ましてやろうと思ってだ。なのに榛名は子供扱いだねって、小さく笑った。
「違う!励ましてんの!!」
「管野、近所迷惑。・・・あ、そうだ、管野って名前で呼ばれるの、嫌なの?」
「え?別に。よく知らない人に呼ばれるのは嫌。」
「俺は、よく知ってる人?」
「榛名は彼氏だからいいよ。」
ふぅん、と榛名は呟くように口にした。榛名は大体榛名としか呼ばれてないけど、俺はふざけて名前呼ばれること多いけど、ちゃんとは武ちゃんくらいしか許可してない。だからもっと誇ってくれてもいいのに。彼氏だし。
「・・・ねぇ、榛名。和花と俺、どっちが可愛い?」
「うわ、なんでそんな事で妹と張り合うの?」
「だって、和花にはかわいいって云ってた!」
そう俺が云うと榛名は呆れた顔したけど、そうだ、彼氏って割には榛名は俺が好きって感じがしないんだと今気付いた。告白の時以来、そういう感じがしてない。だから俺はこんな榛名に怒ってばっかなんだと。
俺が怒鳴る代わりに榛名のカーディガンの裾を掴んでも、榛名はただ、苦笑って感じの音で笑うばかりだ。
「もしかして、それ云うまで俺、帰れないの?」
そんな榛名の言葉で、なんかちょっと俯いてた顔を上げると、地下鉄の駅を示す看板が俺たちの頭上で光っていた。あ、ついでに顔もよく見えた。
呆れたような、笑うような、困ったみたいな、彼氏らしくない表情。
榛名はすぐ嘘っぽい表情するから、俺には榛名の気持ちがすぐ、よく分からなくなる。もしかしたら榛名は俺のことが好きじゃないかも知れない。なんでだかそんな考えまで頭の中をよぎって、俺は、カーディガンの裾から手、離しちゃって。
「・・・・・・。うん。」
「ったく・・・、和花ちゃんはただの幼稚園児で、円は俺の彼氏でしょうが、」
「っ、そうじゃなくて、」
あ、榛名笑ってない。榛名の手が俺の後頭部に触れて、くしゃりと髪の毛が音を立てて、そのままちょっと、顔が近付いた。
ちゅ、と口が一瞬、塞がれた。
「なっ・・・なに・・?」
「円の方が可愛いよ。ずうっと子供で、ワガママだけど。」
「なっ、なに!?何すんのお前・・・!!!」
「知ってる?彼氏って大体、キスしてもいい関係のこと云うんだよ。」
顔の距離が戻って、やっぱ憎ったらしく笑う榛名の顔を思わず殴ろうとした俺の拳を、ひょい、とかわして、びっくりした目で俺たちを見てる、通りすがりのサラリーマンとOL風になんてちっとも構わないで。
ご馳走様でした、と云い、榛名は振り返ってとどめと云わんばかりに、ご機嫌そうに笑った。
俺が慌てて追いかけた時にはもう、榛名は改札の向こうに消えた後だった。
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