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恋と盲目(後)

「ねぇ武ちゃん、この人知ってる?」 「お前のファンクラブに入ってる人じゃねーの?須藤先輩の友達の、金髪ピアスの割に真面目そうな人。」 「あ、判った。」 『初めまして、2-3の嘉島です』、そんな言葉が出だしのショートメールの送り主は武ちゃんのおかげでやっと分かった。殆ど喋ったこと無いけど感じの良い人だったと思う。しかも続きが『突然メールしてごめん、良かったら今度遊んで下さい』ってなんだ。誰かさんとは比べ物にならない慎ましさだ。 そんなことを考えてたら、後ろから、にゅっと武ちゃんの手が伸びてきて俺の眉間に触れた。 「マドカ、シワ寄ってる。」 「ほんとだぁ・・・。」 「なに、管野、また変なメール来てるの~?」 「や、これは良いメール。武ちゃん今度先輩たちとどこ行こう?」 「須藤先輩に訊いとく。」 俺はお礼代わりに武ちゃんにぎゅっと抱きついた。須藤先輩は嘉島先輩とは逆に、優等生っぽい見た目の割りに身体動かすの大好きだから運動系かなぁ。先輩、俺のファンって程じゃなくて彼女持ちらしいけど、すれ違う度お菓子をくれるから好きだ。 そう、そんな感じで俺のことを可愛がってくれる人なんていっぱい居る。 そのレベルがなかなか俺が望むラインまでは届いてないってだけで。 ああ、やだな。ついさっきまではわりと楽しい気分だったのに、溜息吐きたいような気持ちになってきた。俺は抱きついた武ちゃんの胸元にそっと吐き出したつもりだったけど、本田にはバレちゃうし。 「管野、最近浮き沈み激しいな。」 「だってみんな榛名と比べちゃう・・・。」 「こないだは双眼鏡まで持ってきて、新しい彼氏探しする気満々だったのにね~。」 「今でもちょっとはやる気ある・・・。」 榛名に別れを告げられてしまってから、俺は先輩とか同級生にやたらと云い寄られるようになってしまった。多分、と云うか絶対からかい半分で。 こっちもそう簡単に代わりの彼氏って云うか武ちゃん以上の人が見付かるとは思ってないけど、まぁ気を紛らわせたい事もあり、武ちゃんに手伝ってもらいながら相手をしている。 その中にはさっき連絡をくれた嘉島先輩のように本気な感じがする人もちらほら居るから、こっちも真面目にやってるつもりだ。 でも、波はあるものの、いまいち本気になれなくてやけっぱちみたいだなって自分でも気付いてる。会ってみた中にはすごい性格が良さそうな人だって居たのに。絶対浮気とかしなさそうで、俺に毎日好きって云ってくれそうな、そういう可能性を秘めた人も。 俺は、俺を一番に考えてくれる人に愛されたくて仕方ないのに、今は武ちゃんも居るし、焦んなくてもいいかなって考えてはこれじゃダメだって、だって満足出来てないって考えがループしちゃって、また溜息を吐きたくなったりするのだ。 西川の口調はまぁ、いつも通りなんだけど、本田までケータイさわるの止めて観察するような目で俺を見てるって云うのに。 「管野って案外、榛名のこと好きだったんだな。」 「なに?すごい今更なに云ってんの?」 「いや、感動してんの。あんな好きって云って欲しがってたのはいつもの管野だったけど、それってやっぱアイツが彼氏だったからだし、怒ってばっかだったけど、そこには愛があったんだなーって。」 「いやぁ、管野はほんとに嫌いな奴は最終的に無視しだすもんね~。」 「うん・・・。」 だって何を云っても無駄だって思う人も居るもん。榛名ももうそこに当てはまるんだろうけど、“好意”っていう感情の終わりなんて簡単にやってくるのかもしれない。 俺が実の親に捨てられた理由だって離婚とかじゃなく、確か、まだ二人で続けていきたい生活の中で俺がただ邪魔になったからだって施設の先生たちのウワサで聞いた。俺は今でもその考え方が理解出来ない。だから、俺だって俺のことを絶対に愛してくれない人については切り捨てたいって思ってる。 でも、そっか、俺は榛名を捨てた覚えは無いのに、今も彼氏だったって本田に過去形使われちゃったし、俺ってもう完全にフられたことになるのかって考えてきたらひどく落ち込んできた。武ちゃんに抱きついたら察してもらえ、抱きしめ返されながら頭を撫でられるくらいに。 「本田、マドカまだ調子悪いんだから適当な相手すんなよ・・・。」 「見沢は過保護すぎ。お前らほんとラブラブだよな。」 「武ちゃんは特別枠だからいいんだもん。俺のこと好きだもんね・・・?」 「管野、もう弱気だね~。」 武ちゃんの愛まで疑って生きるなんて嫌すぎる。でも、今日は榛名の後ろ姿を見た。顔までは見えなくて、あっちは俺に気付いてもいなかったけど、微かに笑う声がした。それだけで泣けそうで、もう、どうしようかと思った。 ああ、もうダメだ。思い出してしまったらまた顔も上げたくなくなって、ただ武ちゃんに慰めてもらってたら、俺は、ぎゅっとほっぺをつままれた。それは本田の指だった。 「なあ、管野。榛名と笛木さん、付き合ってねーよ。けど次で笛木さんが告るつもりだと。次の日曜がデートらしいからその前に話付けたら?」 「・・・・・・・・・。」 「俺が榛名のこと誘った訳じゃないけど、ちったぁ責任感じてんのよ。余計なこと云い過ぎたかなって。」 「・・・別に、本田に怒っては無い。」 「そう?でもお前のファン共には俺、元凶扱いされてるんだけど。」 「それはしょうがないよ~。合コンって云うと大体本田に繋がってるもん。」 「まぁな。楽しいからしょうがないよなぁ。」 「ほんとそんなんでよく彼女にフられないよね~。」 「もう諦められてるからな、病気だって。」 二人はまた雑談に戻っていって、俺は武ちゃんにくっついたまま抱き上げられた。 「マドカ、帰るか。」 「うん。」 「あ、管野。あとでデート情報送るな。見沢にも。」 「それとこれあげる~。また週明けにね。」 それから、降ろされ、床に足を付けた俺に渡されたのはキャラメルだった。サイコロ型の入れ物に入った、可愛いセットのやつ。 本田も西川も、一応心配はしてくれてるらしい。うちの家族ほどじゃなくても。 「おにいちゃん、のどか、はるなくんに会いたいな。」 「・・・・・・。俺も会いたい・・・。」 「おにいちゃん、しつれんパーティする?」 「しない・・・。」 「円、今週は父さん土日とも休みだぞ!久しぶりにみんなでランド行くか!ラッフィーのぬいぐるみ!新作買いに行こう!」 「いい。要らない・・・。」 「のどか、行く!」 「和花、円が元気になったらね。円、今日の夕飯ハンバーグとカレーとオムライス、どれがいい?」 「もー、どれでもいい・・・。」 「オムライス!のどか、オムライスがいい!」 そう元気よく和花が答えたから、じゃあそれで、と俺も同意した。浮き沈みが激しい俺の所為で、父さんにも母さんにもめちゃくちゃ気を遣われてしまっている。和花もやたらと俺の傍に居てくれるし、夕飯の後ぼーっとテレビを見てたら、くいくいパーカーを引っ張られた。 「おにいちゃん、げんきになる?」 「んー・・・。そのうち。」 「そう・・・・。」 そう訊ねてきた和花は大好きな遊園地のことを口にしなかった。ただ心配と、大きく書かれた顔で俺の顔を覗き込んできて、和花の小さい顔の大きな目に映る自分が本当にしょんぼりしてることに驚いた。俺、元気になれるのかな。今はなれる気がしない。 欲しかったゲームソフト、ご当地キャラメル、ウサギのぬいぐるみ。俺を心配して父さん・母さん・和花が持ってきてくれたものだけど、うさこを抱いていたら榛名を思い出して余計辛くなった。ゲームだってこれ、榛名が欲しがってたから気にしてたヤツだし。キャラメルも口に放ってみたっていつもほど甘くない。 「で、その有様か。マドカ、気分転換しに外行かね?」 「うん・・・・・。」 落ち込んだまま、あっという間に週末を迎えて、学校は休みだけど武ちゃんがいつものように訪ねてきてくれた。 買い物、スケート、ファミレスの新作パフェ。武ちゃんは色々提案してくれたけど、今まで楽しかったことが今はそう感じられそうに無い。それでも武ちゃんは俺の手を引っ張った。 「マドカ、神頼みしに行こう。」 武ちゃんはちょっと遠出の散歩っぽく、神社とお寺を回れるようなスケジュールを組んでくれた。わりと近場でまとまってるとこ手当たり次第って罰当たりな気がするけど、日本は八百万だからいいのだろう。 あと、縁切りじゃなくて良縁の所ばっか。どうせなら武ちゃんの分もお祈りしておきたかったから、ちょうど良かった。 今日はこの時期にしては暖かくて、外出には良い感じだ。 昼ご飯は俺の気分に合わせたメニューの店を選んでくれるし、途中で俺がよく飲んでるカフェオレも買ってくれて、さすが武ちゃん、俺を心得ている。 「俺もう、武ちゃんが傍に居てくれればほんとにいいかも。」 「・・・っていうかマドカ、お前はオレで満足出来んの?」 「武ちゃん、毎日俺のこと好きだって、大事だって云ってくれるしね。」 「ああ。まぁな。」 「榛名よりずーっと、俺に優しくしてくれるでしょ?」 「それは自信ある。」 「・・・・・・。あとは、キスとかえっちとか、俺と出来る?」 俺の発言に気を取られた武ちゃんは、ゴン、と近くの木に頭をぶつけてうずくまった。 俺もしゃがんで、武ちゃんの頭を撫でた。あ、武ちゃん涙目だ。 「いやあそれは・・・無理だな。オレ、マドカが大事でかわいいって本っ当に思ってるけど、お前もオレのこと、ずっと好きで居てくれるの分かってるけど、それは違うだろ。」 「うん。」 そんなの知っている。俺は武ちゃんのことが大好きだけど、それは家族に対してと同じ "好き" だ。でも榛名は違った。舌入れられるの苦しくて嫌いだけど、次があるならされてももう怒らないし、榛名と一緒に気持ち良くなりたいなあと思う。 それが他の誰かとじゃ嫌だ。武ちゃんがいいよって云ったとしてもきっと嫌だ。 「俺、榛名のこと、家族や武ちゃんと同じくらい好きになってもいいなって、思ってたのに。」 「そりゃ相当だな。マドカ、お前は榛名に粘り勝ちして一度はアイツ、手に入れたんだろ。もう一回戦ってみれば?」 「・・・・・・・・・。」 武ちゃんに手を引かれ、俺も一緒に立ち上がってみた。 それから、俯いてしまっていた顔をあげると武ちゃんは仕方なさそうに、ちょっと笑っていた。 「オレ、ほんとは榛名にお前をやりたくないよ。」 「ええ?なんで?」 「オレも分かってきたけど、榛名はめんどくさくてクセがある奴だよ。けど、それでもマドカが選んだんだ。ならしょうがないし、マドカの見る目を信じるけどさ。」 「武ちゃん、俺バカ。」 「まぁな。で、もしもう一回フられようもんならオレはお前の彼氏にはなれないけど、ちゃんと慰めて何とかなるまで支えてやるから。全力でぶつかって来い。」 「でも榛名、デートの日だからもう遅いもん・・・。」 「さっき確認しといた。まだ間に合うよ。」 俺も知ってた。こっそり調べてくれてた武ちゃん程じゃないけど、榛名のデート先についてはちゃんと本田が連絡くれたし。 それはこの辺の観光地の一つで、歩いて向かえるくらい近い場所だって事くらい。 「ねぇ武ちゃん、魔法かけて。」 「お前が一番大事で可愛いよ。マドカの居場所は昔も今も無くならないから安心していい。こんなお前のことフった榛名がどうしようもなくバカなだけだ。ちゃんと、マドカは可愛かった。」 「っ、あはは、」 武ちゃんの魔法はよく効く。これを俺は七年聞いてきたのだ。馴染みの声で、本気で云ってくれてるんだろうかって疑う余地なんて無い、迷いの無い、安心する声。丸三ヶ月の榛名の、嘘になった愛の言葉よりずっと、ずうっと。 けど大体俺が云わせた榛名の言葉が落とした響きも案外優しかったし、云わせる度嬉しくてほっとしたよ。思い出すだけで泣きたくなるくらいに。 「っ、ふ・・・、っ・・、」 「・・・なあマドカ。お前はちょっとワガママなとこもあるけど、スれないで、充分いい子に育ったよ。」 「なあに武ちゃん、っ、遺言みたい、」 「違うけど、ちゃんと聞け。」 隣を歩く武ちゃんは、俺と手を繋いだまま、空いた方の手でハンカチを差し出して、俺に云い聞かせるように、ゆっくり言葉を落としていった。 「お前は大事にして欲しい人に無関心でいられることの恐さ、知ってるもんな。またダメになる可能性があるの、恐いだろうけど、お前は自分のワガママ結構押し通してきただろ。榛名のデート場所、すぐそこだよ。ちゃんとオレが見守って、ダメだったら回収してきてやるからぶつかってこい。あと、榛名がまたお前に酷いこと云うようならオレが代わりに殴ってやるから。」 本当、武ちゃんの元カノは着眼点が良かったくせに見る目が無かった。 それともあの子にもどうにもならない理由があったんだろうか。この人を選んでおけば自分はちゃんと大事にしてもらえるとか、そんな損得感情とは比べられないような、自分でもどうしようも出来ない気持ちが。 「いや、けど俺、やっぱへこんできた・・・。」 「おいおい。もう榛名、目と鼻の先なんだけど。」 だって水族館とかずるい。俺だってまだ行ってなかったっていうか、行こ!って誘ったのに秋とか冬にあんな寒々しいとこ行きたくないってよく分かんないこと云われて却下されたのに、女の子とは行くとかずるい。 しかも、うわ、榛名だってちやほやされるの好きじゃん。この間の写真よりずっとおしゃれしてる隣の彼女に笑いかけられて、ふわって笑って。水族館から出てきて近くのお土産屋さん見てる段階だし、もしかしたらもう出来上がってんじゃないの、あれ、って思うような表情。 武ちゃんも俺と同じようなことを思ったらしく、榛名を見て不思議そうな顔をした。 「オレが連絡取ったの榛名だし、あいつ、オレがマドカ連れてくって予測しそうなもんだけどな・・・。」 「え?それってどういうこと?」 「オレはまだ、マドカにチャンスがあるって思ったんだけど。」 それは俺もそう思う。でも榛名は周りを気にする様子も無くて、デート相手ばっかり見てるし、背後の棚からこっそり見てる俺になんて気付いてくれそうに無い。それ所か完全に背中を向けられ、そろそろお店からも出て行っちゃいそうだ。 俺はもう覚悟を決めて、榛名に向かっていき、見飽きた背中をバシッとはたいた。 すると怪訝そうに振り向いた榛名と目が合った。とても久しぶりに。 俺、今までどんな風に榛名に声かけてたっけ。すぐには思い出せないけど、でも間違いなくこんな、少し驚いたような瞳で、まるで他人のように見られたことは無かったと思う。 榛名も何も言葉にしてくれなかったから、少し離れた所に居た彼女の方が何でか俺に先に話しかけてきた。 「もしかして榛名くんのウワサの元カレ?」 「っ、俺は別れた覚え無いもん!!」 「・・・菅野、お店の中でおっきな声出さないで。」 榛名からかけられた言葉は聞き慣れた内容なのに、呼び方とよそ行きの表情にムカついて、俺は榛名の腕を引っ張って店の外に引きずり出した。 「榛名ってやっぱり、猫かぶりで嘘吐きで半端に優しくて、二股掛けてヤな奴!!!」 「まあ、二股以外は否定しないけど・・・。」 「 お前が俺のこと、一番じゃないって云うならもう、しょうがないけどさあ・・・。」 うわ、なんだ、こんな言葉、口にしただけでまた涙が出そうになった。そうなられてたら堪え切れない。俺、全然しょうがないって思えそうに無い。榛名が困った顔しててもその視線の先には自分が居るって、それだけの事実に満足もしてるのに、ぐちゃぐちゃだ。 またすぐ泣いちゃいそうだし、下ばかり向きそうになる俺とは反対に、付いてきた榛名の暫定彼女はちょっと、笑ってるくらいなのに。 「榛名くん、私と彼、どっち取る?」 「え?」 「同性って云うだけでも大変なのに、相手の迷惑も考えずにこんな事公共の場で云う人、余計困ったから別れたんでしょう?これが人生やり直すチャンスよ。」 な、何云うんだこの子。思ってたより意地悪そうな笑い方で、落ち着き払った声で、榛名にまっすぐ届きそうな言葉を吐いて。俺ももう綺麗事だけじゃなく榛名に云いたいこと云っとかなきゃダメだって慌てちゃうような。 「やっ、やっぱやだ!さっきのはナシ!!榛名と付き合えるの、俺しか居ないよ!こんな子と付き合ったら性格までお似合い過ぎてもうひどいじゃん!この子が彼女で榛名、余計なストレス溜めずに生きてけんの!?!?」 「・・・。まぁそこは置いといて、俺が欲しいもの、管野には無い気がするんだよね。」 「っ・・・、」 まだ榛名、そんなこと云う。俺が分かんない謎の話。 俺が考えた答えなんて言葉にしたくないことなのに。 「っ、俺が、女の子じゃないからってこと?」 「違うよ。」 榛名はやんわりとそう云った。でもそれ以上榛名は何も云ってくれなかった。相変わらずヒント寄越す気無いんだ、コイツ。俺は結構勇気振り絞って此処に居るのに。今、この場所で泣いたって惨めになるだけだって分かってるのに。 「俺だって、榛名のこと、一番好きだもん・・・。」 それから、自分がいくら好きだって、望んだって、手に入らないものがあることは知っている。それが榛名にも当てはまらなきゃいいのにとはすごく思うけど。また榛名、他人に対してみたいな優しい声で話しかけてくるし。 「円のこと好きな人なんていっぱい居るよ。俺がうっかり初めて付き合っちゃった奴ってだけで、長い目で見たら円のこと、俺より大事にしてくれる人なんていっぱい居ると思うんだけど。」 「っ、そうだとしても榛名じゃなきゃやだ!!お前はほんと、めんどくさくなきゃ女の子の方が良いんだろうけど俺は違うもん!!!めんどくさくても理想と違っても、榛名じゃなきゃやだ!!!!」 「・・・・・・。そっかあ、ごめんね。」 あ、笑いやがった。困った表情で。やっぱ俺なんかじゃもうダメなんだって思って、じわりと滲んだ視界に響いた、よそ行きの声。ぼんやり滲んだ榛名は女の子の方を向いていた。 「笛木さん。君は多分俺と同じで、自分のプライドの方が大事で、俺が原因では泣けないでしょ。ごめんね。」 榛名は困ったような表情のまま、俺の手を取った。 「で、円は結局、俺の事好きなの?」 「おっ、お前、さっきの俺の言葉、聞いてなかったの・・・!?!?」 「聞いてたよ。まあ真剣味のある告白だったけど。」 そりゃあそうだ。 だって俺、本気で云ったもん。複雑そうな表情で榛名の彼女候補だった子は去っていき、ほんとにちゃんと見守ってくれていた武ちゃんとも別れ、やっぱ泣いてしまった俺が榛名に連れ込まれた近くの公園。 思わず俺の隣に座る榛名の横顔を伺うと、あれ?淡々とした声でそんなこと云った割に、満足そうに笑っていた。 まさか。まさか、コイツ。 「お前、もしかして、俺の気持ち疑ってた・・・?」 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 「俺、榛名のこと好きだと思ってなかったの?嘘ぉ、俺すごい頑張ってなかった?なのに、ちゃんと好きって思われてなかった?」 「円が言葉にした事なら、今日より前だと円がめちゃくちゃ泣いて、ちゃんと付き合い始めた日まで戻るけど?」 「・・・・・・榛名、俺に "好き" って云って欲しかったの?」 「あながち外れてはいないけど、ちょっと違うかな。」 一回しか云わないから、と前置きして。 榛名は俺の顔を見ずにただ言葉を続けていった。 「円はね、誰に対しても同じように笑えるんだよ。あ、見沢に対して以外ね。見沢はもう別格なんだなって分かってるし、しょうがないかなって思えるんだけど。でさぁ、そういうのって人として美徳だとは思うけど、彼氏としては面白くないよ。それって他人と彼氏の差が無いじゃん。じゃあ円が他人と俺とに差を付けてる、"好き" の表現って怒る事くらいしか無いのかなって。でも、たまーに可愛い事で拗ねるけど、基本的に怒ってる円ってうるさくてめんどくさくて、俺はイライラするんだよね。あれを愛情表現とは思いたくない。よって、他で無いのかなって俺は探す事にしました。嘘が嫌いな円の、分かり易くてストレートな言葉とかで。」 「・・・・・・・・・。榛名だってめんどくさいヤツじゃん。」 「俺だって自分でもめんどくさかったよ。途中でもういいかなって思ったし、さっきまで諦めてたもん。」 そう云って榛名は俺の方を見て笑った。澄ました顔を崩して、楽しそうに。 「でもお蔭様でなんか分かったよ。こういうのってほんと一回じゃ満足出来ないもんなんだね。」 「でしょでしょ!?やっと榛名も分かった?!?じゃあ俺もちゃんと云ったげるね。俺ね、榛名のことが大好きだよ。」 「・・・残念ながら、俺も円が好きだよ。」 「・・・・・・・・・。」 だから、そういう愛の言葉はちゃんと云えよって思う。でもそう告げた榛名の表情は吹っ切れたような、そんな顔だったから、俺は文句云わずにただ、涙はとっくに止まったものの、まだぐしゃぐしゃだと思う顔で笑った。 「円、電車乗りたいから泣き止める?ここからだと俺んちの方が近いけど。」 「い、行く・・・!!」 それは、よく出来ましたと云わんばかりの笑みだった。 榛名にしては珍しく正直な。それでいて久しぶりの、満面の笑みだった。 「榛名、南高でホモでMっ気あってどうしようも無いって云いふらされてるよ~。災難だねぇ。」 「その分俺達に回ってこねーかな、女子。」 あの、もう名前も覚えてない女の子は話をだいぶ誇張して触れ回っちゃってるらしく、俺は榛名の反応が気になって振り返ったけど、榛名はただ携帯ゲームをしていた。寄っかかると結構な確率で邪魔だって云われるけど、今日は何も云われることも無く。 武ちゃんはちょっと席外してるけど、本田と西川がよく喋る、いつものご飯後休憩だ。 「いやけど管野の奪い返しのキャッツファイトはうちの学校の美談として語り継がれていくのであった~。」 「そんな馬鹿な。」 「・・・榛名、俺の所為?」 「まぁ円の所為もあるけど、自分で撒いた種。」 「だよねだよね!俺が居れば榛名、彼女出来なくてもいいもんね!俺がその分まで榛名のこと好きでいるから!!」 「おー、どうした、管野。キャラ変えしたの?」 「まぁ元気出たなら良かったよ~。」 ゲームが相当いいとこらしく、画面から目を離さないで喋るのは大分気になるけど、とりあえず榛名が落ち込んでなくて良かった。榛名は猫かぶりだから、他人に嫌なウワサされるの、結構気にするんじゃないかなって思ったから。 そんな感じで俺は榛名のこと、心配してたのに、ブレザー引っ張ってやっと俺を見た榛名は意地悪そうに笑った。 「円、"好き" の安売りは有難み無くなるからね? "彼氏" の二の舞。」 「・・・っ!!」 榛名はすぐ俺の気に障ること云ったりしたりするけど、元々そういう性格だし、ほんと日常が戻ってきた感じはする。ちょっとまだ、気になることは他にあるものの。 「でも俺、武ちゃんに戻るとこだった!」 「いやぁ無理だね。見沢は円とセックス出来ないもん。」 榛名もちょっとはヤキモチ焼いてくれないかなと思って口にしてみた言葉は、いつもの意地悪そうな笑顔でばっさり切られた。コイツ、まだ俺のこと淫乱とか思ってるっぽい。 放課後、ゲーセンに向かう途中、俺は隣を歩く榛名にほんとに訊いてみたかったことを問いかけてみた。 「・・・ねえ、榛名は俺の "好き"、分かったんでしょ?でも俺は榛名の "好き"、考え始めたらよく分からなくなってきたんだけど。」 「ふぅん?」 俺は、ぴっと右手の指を立てていって、それから折り畳んでいった。 「まず暫定一番の日じゃん。それとこないだ。けど両方とも、俺が榛名のこと好きって分かって、榛名が満足しただけで、それって榛名が俺のこと好きなのとイコールじゃ無いじゃん。」 あと怪しいのは榛名と初めてした日、父さんと母さんに「暫定」の弁解しに来た時だけど、あの時榛名に俺と和花は追い出されたから、俺、二人に何て話したかは知らないし。 こないだの榛名の告白は、要は誰にでも笑いかけられる俺へのヤキモチなのかなって思うけど、それがイコール俺が榛名の一番だってことになるのかはちょっと自信が無い。あと俺は榛名に、一番好きって云わせることは出来るけど、それって心からの言葉なのか、二番目の人とどのくらい違うのかなんて分からないし。 ただ自分の心持ちと、信じられる材料を見付けられなきゃ分からないものな気がする。 「榛名も俺以外に対してはよく笑うけど、俺には上から目線だし、違うところって皮肉の多さじゃん。」 「アハハ。じゃあ次は円が見つける番だね。」 「えー・・・?」 「答え合わせくらいはしてあげるよ。」 そう云って機嫌良さそうに、勝ち誇ったように榛名は笑った。 しょうがない。もう答え探しなんてこりごりなんだけど、まぁ間違いなくこの間よりは幸せかつ前向きな気持ちで俺も榛名に笑いかけ、延長戦に突入することになった。

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