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はじまりは静かに_4

騒がしい朝を迎えた後、俺は田原さんに声を掛けられた。 「日下君、ちょっといいかな?」 「どうしたんですか?」 「少し君に話があるんだ、ここだと話しづらい内容なんだけどいいかな?」 「…わかりました」 田原さんはジェスチャーでドアの向こう側を示し、俺は静かに席を立ち自販機がある喫煙所に向った、田原さんからこういった形で話し掛けられるさほど珍しいことじゃない。 俺も少ないがディレクターの仕事をさせて貰うことがある、今回も仕事で重要な相談か何かかと思っていた。 「で、なんですか?話って…」 自販機から缶コーヒーを選んで、備え付けのベンチに腰かけている田原さんの所へ向かう。 しかし今日の田原さんの様子はどこか少しおかしかった 「…実は見てもらいたい動画があるんだ…」 「動画?珍しいですね…もしかして久しぶりに"本物"が送られてきたんですか?」 心霊ドキュメンタリーと銘打っても"本物が映っている"心霊映像なんて早々ない 大抵はこっちで作ったり、こっちのを理解した一般人の投稿があれば採用している。 だからまれにさっきのような頭のおかしいやつも現れるのだが… 「"本物"…というところではそうかな…」 「?…ずいぶん、歯切れが悪い言い方ですね。」 「君に直接関係があるかもしれないんだ…」 その言葉を理解できなかった俺は素直に田原さんに尋ねた 「どういうことですか?」 「前に君が僕に頼んだ件だよ…」 "前に頼んだ"その言葉でようやく理解できた。 今朝見た夢がフラッシュバックで蘇る。 少し前、田原さんと2人で飲みに行った時に俺の誘拐事件の話したことがある 俺にとって田原さんは、この業界に入って新人の頃から俺の面倒を見てくれてた人だ、意を決してあの時の話を全て話した 田原さんに話をしたのは、抜けた記憶の一部が見つかる手がかりがあるかもしれないという思いと あんな不可解な出来事、この業界にいる身としては何かしらネタになるかも知れないという邪な考えも正直あった もちろんそんな俺の考えも田原さんに見透かされて「怖いもの知らずというか肝が座ってるというか、でも僕は嫌いじゃないかな」って笑ってくれた 「まさか、調べてくれたんですか?」 俺よりも忙しい身の人だ、なんだか申し訳ない気持ちで聞いてみた だが、返答は意外なものだった… 「実は偶然見つけたものなんだ」 「偶然?」 こんな言いにくそうな田原さんを見るのは初めてだ。 確かにこの話はあまり気持ちのいい類の話じゃない… ないのだが… 「もう一度確認をしたいんだけど、その事件は君の記憶以外は全て解決しているんだよね?」 「…?はい、そうですが…」 言葉を選んでいるのがこっちにも伝わる… 俺はじっと田原さんの言葉を待った 「不思議な動画を最近見つけたんだ…」 ぽつりと田原さんはつぶやくように話し始めた 「…君の求めている物かは不確かだが、前に君が教えてくれた内容と動画の内容が似ているところがいくつかあってね…」 「そんなの、一体どこで?」 瞬間、田原さんは苦い顔をして口を開いた 「情けない話だけど、僕もどういう経緯で入手したかわからないんだ」 その言葉に一瞬、身震いを感じた。嫌な方の… 「入手先がわからないって、どういうことですか?」 「…それが、ある日突然僕のPCに入ってたんだ」 辺りが重たい空気に包まれる感覚 「忘れてたなんて…ことは、ないですよね…」 「さすがに、そこまで僕も抜けてないかな…」 「ですよね…」 田原さんは確かにずぼらな所はあるが、それでも仕事のデータの出所を知らないなんて有り得ない。 「だから“本物”の可能性が高いと…」 つまり、生半可な気持ちでは関われない。 ましてや俺自身が直接関わった事、下手したら命に関わる… それでも恐怖よりも追及心が勝った。 「…見ます」 「本当に大丈夫かい」 「ダメならそもそも田原さんに俺の話なんてしてないですよ。」 俺は、まだ空けてなかった缶コーヒーのプルタブを空けた。 忘れることなんてできない… 恐怖とは違ったなにか切ない感情が胸のあたりを騒がしくさせる… コーヒーを飲んで辺りを見渡す、いつもの休憩所なのになんだか違う場所に感じた… ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 薄暗い座敷牢の中… 目の前の柵の向こうには誰もいなかった… ―ー―――ごめんね… 誰かわからないけど、凄く優しくて悲しい声が聞こえる ー―――守れなくて、ごめんね ほほに伝った温かい雫…。 柔らかい光が目の前を覆うように光る… ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「…く、……くさ、くん!………日下君!!」 「!?」 気が付くと、目の前に田原さんが俺の肩を掴んで揺さぶっていた。 辺りを見渡せば喫煙所と田原さんの顔が鮮明に映った 足元には先程まで飲んでいた缶コーヒーが落ちて中身が溢れていた 俺は知らぬ間に意識が飛んでいたようだ 「大丈夫かい?」 「……、」 なんだったんだ、今のは… さっきの光景を思い出し胸を締め付けられる苦しさと、軽い頭痛が走った… 「…、汗?」 無意識に首を触るとびっしょりと濡れていた いつの間にか冷や汗をかいていたらしい… 「……やっぱり見るのやめようか?」 田原さんが申し訳無さそうに俺を見る… 「…いいえ大丈夫です」 「無茶はするもんじゃ無いよ?」 「それでも!…」 段々必死になる俺に、田原さんは真剣な眼差しで俺を見据えた… 「普段は平気でも実際目の前にすると本能的に恐怖を感じる事もある、君の場合は実体験だから特にだ」 僕だって、君と比べれば大した事ないけど怖い思いをしたことあるし気持ちはよくわかるよ そう優しく言ってくれたけど、何故か先延ばしにしてはダメだと感じた… 例えどんなに怖くても… 「それでも、…見たいです。」 「…日下君」 「自分の事なのに、記憶がない。だけど何度も中途半端に夢に現れるんです、…それならいっそのこと全部思い出したい」 縋るように田原さんに吐き出した、 「…それが、君の本心かい?」 「……はい」 俺はまっすぐに田原さんを見詰める、すると田原さんは観念したようにため息をついた 「…なら僕は用意するから、日下君は少し休んでから来るといいよ」 「……ありがとう、ございます」 無理してるように感じたらすぐに止めるからね そう言って優しく笑う田原さん、俺に無茶はさせないという強い意志を感じた 大丈夫、もうあの頃のようなガキじゃない… 「その前に、コーヒー片付けよっか…」 「っ!…すみません!」 その言葉で床に落ちた缶コーヒーの存在に改めて気づく なんだかそれだけで現実に戻された気がしてほっとした。

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