5 / 10

はじまりは静かに_3

日下にとって芳野は不思議な男だった。 人懐っこく感情表現が多彩な平沢と比べると、物静かで黙々と作業をこなす人物 だが入社当初から日下に対してのスキンシップが強いのが少し難点だった。 以前、日下が芳野に理由を尋ねたが「俺、日下さんに一目惚れしたんで。」と端正な顔を日下に近づけ、嘘か本当かわからない発言をして去っていったのは日下の記憶に新しい。 (こんな顔なら女だって放っておかないのに) 間近にある芳野の綺麗な顔を眺めながら、他人事のようにそんな感想をのべ 自身を抱きしめている芳野の腕をやんわりと振り払おうとした、そんな時だった 「芳野お前!日下さんから離れろよ!!」 勢いよく平沢は日下に抱きついている芳野を引きはがし、芳野に向かって怒鳴った。 「お前は礼儀ってもんを知らないのかよ芳野!!」 「は?好きな人にアプローチするの事のなにが悪いんですか?」 芳野も顔色一つ変えず、平沢に食って掛かる というよりは、単純に邪魔されてムカついているという表現が正しかった 日下はまたかと、虚無になる。 最近は毎日のように芳野に挨拶代わりに抱きつかれ、それに過剰に反応した平沢がどなり自身の周りを子供のように騒いで回る。 (今日もはじまった…) 口論する2人のそばで日下は散々だと、だれから見てもわかる顔でその場にたたずんでいた。 そしてその光景を柳井はぼんやりと眺めて「またやってる…」と小さくつぶやいていた。 「やなちゃん、おはよう…何してんの?」 そんな柳井のそばに現れたのは、上司の田原正敏(たはらまさとし)ここで取り扱っている数々の心霊番組のディレクターをやっている、柳井と平沢、芳野はもちろん日下にとっても上司に当たる人物だ。 ちなみに“やなちゃん”は柳井の愛称でもある。 「オハヨーゴザイマス田原さん、いつもの恒例行事です」 「恒例行事?」 田原はこの時間には滅多に現れることがないため、目の前の3人の騒ぎをみるのは初めてである。 なので柳井はとても楽しそうな顔で田原に説明した 「はい、芳野くんが日下さんにラブコールをして、平沢くんが躍起になる、そんで巻き込まれる日下さんの図です」 「…ごめん、日下君が可哀想しか僕にはわからない…」 田原は目の前の光景と柳井の説明で、至極当然の回答をするしかなかった。 「イケメン同士の乳繰り合いは目の保養ですよ」 「乳繰り合い言わないの、女の子なんだから」 田原と柳井のこういったやり取りもまた、人知れずここの職場のいつもの恒例行事だ。 「田原さん、私思うんですけど『BLドキュメンタリー』っていうのもいける気がするんですよね、企画書出してみていいですか?」 「お願いヤメテ」

ともだちにシェアしよう!