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偽物高校生編 3 大人高校生……です。

 絶対に、絶対に、こんなの無理に決まってるでしょう?  俺、いくつだと思ってるんです?  高校生の格好なんてして、捕まります。  というよりも、即、いい歳してって言われてこの案件は終了に決まってます。 「えー、今日から一週間、交換留学で我が校に来た、渡瀬川幹泰(わたらせがわみきやす)君だ」  偽名も、偽名と言っていいのだろうかと首を傾げるくらいに、ただ、一文字「川」を足しただけだし。あと、とても長くて言いにくいし。 「よ、宜しくお願いします。わた、らせ、がわ、幹泰です。一週間だけですが、どうぞ、宜しくお願いします」  ポカン、だよ。きっと。  もう、なんてことを思いつくんだろう、あの人は。本当に。  ――いーじゃん。楽しそうだろ? 俺はここの学校に、異例のタイミングでやってきた教育実習生で、ミキは交換留学生っていう設定。それでこの学校の空き教室の使い道を考えるってことだ。実際に生活をしていく中で見つかる些細なことで構わない。少子化に伴う、学校施設の縮小化改善と、有効活用、それから、この学校での生活に生徒は何か不満はないのか。などなど。まぁ、現状調査ってやつ。  なんて、楽しそうに言ってたけど。  それにしたって不自然極まりないでしょう?  このどう見たって、大人な俺が高校生の格好するのも、交換留学生と言いながら、どこからどう見ても日本人なのも。 「えー、渡瀬川君はアメリカの学校に通っているが両親ともに日本人で、日本語も流暢だ。あまり身構えることなく、同級生として接してあげてほしい」 「こ、今回、ようやく、両親の生まれ育った日本にやって来ることができて感激しています」  取ってつけました。  そんなメチャクチャな理由に、取ってつけた挨拶を合わせると、思わず声がひっくり返りそうになる。  どこからどう見ても日本人なのは両親ともに日本人だから、そしてついにやって来れたってことで交換留学生、でアメリカ在住、本当に……あの人は。  怪しまれて終わるだけでしょう?  え? って、教室中、ざわついて終わるだけですから。 「えー、それじゃあ席は、用意してあるので、あちらに」 「は、はひ」  ほら、思わずひっくり返った。声。はひ、って。だって、あちらに、ってこの先生が言うんだもの。普通、生徒にはそこまで丁寧に話さないでしょう?  内心大慌てしながら、先生の指さす方向へ視線を向けると、教室の最後尾、誰も座っていない席が一つポツンとあった。  もう絶対にバレますから。  でも、バレて、それからの方が仕事としてはやりやすいのかな。ただ、俺が、笑いものにされるだけの話で。はぁ、恥ずかしいなぁ、もう。すぐにバレ……。 「宜しく。俺、秋吉天(あきよしてん)」 「よ、宜しく」  バレ……て、ない? 「!」  バレ、るでしょ? 普通。  けれど、その秋吉天君は素直な高校生なのか、にっこりと微笑んでから、今から始まる授業の教科書を俺にも見えるように開いてくれた。  バレる、と思ったんだけど。 「えー、すごい、アメリカのどこ、住んでたの?」 「え? えっと」  そこまで細かい設定決まってない、でしょ? 適当に設定付け加えなくちゃ。もう、先輩のそういうところ、本当にあまいんだ。  ロサンゼルス? ニューヨーク? でも、どこも、ここの生徒なら一人か二人くらい行ったことあるだろうし。あんまりつっこまれたことを聞かれると、ボロ出ちゃいそうだし。本当に信じられないけれど、今、誰一人として、俺を高校生と信じて疑わないこの状況だと、むしろ、バレたくなくなる。ここで、なんかあの高校生違くない? なんて思われた日には、ただの変態になるでしょ?  だから、アメリカ在住、って言うのが嘘だって言うこともバレるわけにはいかなくて。 「なぁ、今日、めっちゃこれ美味そうだったんだけど。ハンバーガー」 「昼飯用?」 「んー、おやつ?」 「あははは。しかも三時のおやつじゃなくて今かよ」 「ね、ね、渡瀬川くん、どこ出身?」 「テ、テキサス!」  つい、そこにしちゃった。何にも詳しいことを知らない場所だけれど。テキサスってどんなところなの? なんて聞かれても、今、この状況の俺に答えられるのはテキサスバーガーがありますくらいだけれど。 「へぇ、そうなんだ。ロスかニューヨークだったら、私、毎年行ってるんだけどなぁ、テキサスかぁ」  もう、内心、ヒィエエエエって叫んでしまった。ほら、よかった少しでもマイナーなと場所を答えておいて。ロスかニューヨークにしていたら、色々突っ込まれたことを聞かれて、ボロが出て、もう絶対に、高校生コスをしてる変態ってバレるところだった。 「渡瀬川ぁ、トイレの場所とか説明するからさ」 「え? あ、秋吉君?」 「あと更衣室とか。うちの学校、無駄にマンモスだからさ」  秋吉くんに腕をひっぱられて、立ち上がると、椅子がガタガタと懐かしい音をさせた。大人になると聞くことのほとんどなくなる、学校の音。  そして、廊下に連れ出されると、ホッと呼吸がしやすくなった。案外、圧迫感あるんだ。あんなふうに机をぐるりと囲まれると。 「あ、あの、トイレの場所なら」 「いや……まぁ、説明するっていうか」  も、もしかして、バレ? 「今、渡瀬川、困ってそうだったからさ」 「……」 「救助、って感じ?」  バレて、ない?  秋吉君はニコッと笑って、キュキュって音のなる廊下を軽快な歩調で進みながら、俺をさらってしまった。

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