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偽物高校生編 4 思い出

 高校生じゃないとバレて変質者扱い、もしくは、何か相当なことをやらかして留年しているんじゃ、なんてあらぬことを陰で言われたり、と思ってたのに。  疑われてない、なんて。 「救助、って感じ?」  そう言って素直な高校生がにっこりと笑ってる。  バレ、てない?  平気? 「なぁ、みき、あのさ、これ、英語わかる? なんか、ビジネス英語を特授でとってんだけど。わけわかんなくてさ。やっぱビジネス英語なんてやめときゃよかった。マジで意味わかんね」  それどころか、高校生って思われてるみたいだし。 「みき? ……ぁ、そう呼ばれるの、やだった?」 「ぁ、えっと……」  秋吉君がアメリカから来た交換留学生なら、英語、堪能ではないかなと、廊下を二人で歩きながらポケットから取り出した彼のスマホで英語の長文メールを一つ差し出してきた。 「渡瀬川って長いからさ、みきって思ったんだけど」  それは、ちょっと。  ――ミキ。  特別な人の、特別な呼び方だから。 「わり、幹泰」 「ぁ、ううん。ありがとう。仲良くしてもらえて、ありがたい、よ」 「そ?」  可愛い。  高校生、だもん。 「幹泰! そんで、ここの英語」 「ぁ、えっと、それはね……」  英語は、得意だった。先輩も英語得意だったっけ。というより、本当に先輩はなんでもできる人だったから。  ――そこ、間違ってるよ。  図書室で勉強してたんだ。  図書室で静かに過ごしていたら、そう声をかけられて、長い指先が。トン……って、俺のノートを指差した。  心臓、止まるかと思ったんだ。  ――渡瀬、英語の勉強してんの?  そこには先輩がいた。  昼休み、雨だったからのんびり図書室で休もうと思ったら。  ――休み時間に勉強って、真面目だな。渡瀬。  先輩が来たんだ。  ――教えてやろっか?  真面目なもんか。受験真っ最中の先輩の貴重な昼休みを使わせちゃってるのに、遠慮するどころか。  ――ぁ、でも。  なんて戸惑いながら、内心、大喜びしてるんだから。  ――いーよ。別に。教える。  内心、嬉しくて嬉しくて、このまま授業のチャイムが図書室のだけ雨音に邪魔されて、聞こえないまま、俺たち二人だけでずっと、ずっといられたらいいのに、なんて思ってたんだから。 「幹泰?」 「!」 「どうかした?」 「あ、ごめんっ、えっと、英語、だよね」  英語、ちんぷんかんぷんなんですって、澄ました顔をして、その日、本当に先輩の昼休みを全部独り占めしちゃったんだから。 「これは」 「また、女子たちが絡んできたら助けるよ」 「え?」 「あ、いや。まぁ、渡瀬川みたいな美形は女子が食いついて来るだろうから、困ってたら言って。またさっきみたいに、説明だーっつって助けるからさ」 「あ、りがと」  秋吉君が太陽のように笑いながら、振り返った。 「次は、そうだな。視聴覚室の場所教えるとか?」  高校生なのに、背、大きいな。先輩と同じくらい? 高校生の頃の先輩より少し大きいかもしれない。  少しね。  少しだけ、なんだけれど。  秋吉君が先輩に似ていると思った。高校生の時の先輩に。  顔が似てるとかじゃない。髪だって、短髪だから先輩と全然違う。制服だって、俺たちの高校のと違うけれど。 「渡瀬川」  あ、笑った顔。 「……渡、」  笑った時の顔が似てる。  何も知らない無邪気な笑顔は、そう本当に太陽みたいにキラキラしていて、眩しくて。胸の内にしっとりと濡れて、とろりとした欲が染み込んだ感情を先輩に対しても持っていた俺には、たまらなく眩しくて。  くらくらする。 「……」  欲望混じりの俺の「好き」は先輩の前では。 「渡瀬……川、髪に……」 「ぇ?」  そっと伸ばされた手。大きな手。先輩の手は大きくて、癖、なのかな。俺の頭を撫でてくれる。それが嬉しくて、ドキドキして仕方なかったんだ。  全身が心臓になったみたいに。  とても。 「そろそろチャイムなるぞー」 「!」  先輩。どうして。 「留学生はどこかジャングルにでも行ってたか?」 「!」 「ほら、チャイムが鳴るって。教室、戻るように。渡瀬川も」 「は、はい」  先輩、だ。  俺の頭に葉っぱがくっついていたのを取ってくれた。  どうしてこんなものが。  それに、先輩は教育実習生として別のフロアにいたはず、でしょう?  なんでここに? 「今の人って、誰? あんなの先生にいたっけか?」 「あ、の人は」  別フロアにいたはずなのに。 「教育実習の人みたい」 「へー、この時期に? 珍しいな」 「うん……そう、だね」  あの時もそう。いつもは元気に同級生とはしゃいでいる貴方が一人、ポツンと図書室に現れたりするから、心臓、飛び出しちゃう。  いつも突然すぎて、貴方はいつだって俺のこと驚かせる。 「にしても、あっちぃな。今年の夏、溶けそー。あはは。幹泰、真っ赤じゃん」  だから俺はいつだって真っ赤になって、貴方の前でろくに喋れないまま。もちろん頷くだけで精一杯になってしまう。  ――わかった? 英語。あはは、真っ赤。わかんないくてもいーじゃん。恥ずかしがることないって。また教えてやるよ。  そして、ありがとうございますって返事もままならなくなっちゃうんでしょう?

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