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偽物高校生 11 夏の思い出

「告白されたりとか、なかった?」  きょとんってしてしまった。 「……」  クロワッサンサンド、落とすところだった。  突然、おかしなことを先輩が笑いもせずに訊いてくるから。昨日たくさんして夜更かししたこともあって、仕事も区切りよかったし、今日は遅い朝食をのんびり摂っていた。いまだに、たまにだけれど、先輩と朝食を一緒にできることに感動したりしながら、先輩のお気に入りの、黒胡椒のきいたハムとレタス、それから最近ハマってるお店のポテトサラダを挟んだクロワッサンを堪能していたところで、そんなこと突然言い出すから。  フリーズしてしまった。 「ないですよ。そんなの」 「本当に?」  どうしてあると思うのか、むしろ不思議だけれど。 「本当に、です」 「本当にぃ?」  あるわけないでしょう? 「そんなに今回の怪しい高校生の俺、気に入ってもらえました?」  今度は先輩がきょとん……とは少し違う、かな。驚いて、目を丸くして、そして。 「だってそういうことなるでしょう?」  そう尋ね返したら、頬を赤くした。  だって、そうなるでしょう?  モテたりなんてしてないけれど、そんなじゃなかったし、先輩の方がずっとモテていたし。地味で、背も小さくて、華奢で女子にとっては恋愛対象ではなかった。かといって、別に女性らしい可愛さがあるわけでもないし、男だし、だから同性の恋愛対象でもない。そうたくさん、同じ恋愛趣向の人が同じ高校にいないだろうし。でも、そんなことを尋ねてみたくなるくらいには、何か気に入ってもらえたんだろうから。 「それに、俺、当時から先輩しか見てなかったから、もしも、万が一にも誰かに好かれてても、気が付かなかったです」  言いながら、パクリとクロワッサンサンドを頬張った。 「先輩こそ、すごくモテてましたもん。それこそずっと見てたから知ってますよ」 「……」 「告白されてるところだって見たことあるし」 「……」 「だから……先輩?」  顔を上げると、大好きなクロワッサンサンドを手に持ったまま先輩がじっとこっちを見つめてた。 「?」 「……はぁ」 「? 先輩?」 「なんでもないよ。ただ」  ただ? 「もっと早く……」  早く? 「…………なんでもない」  そこで先輩は、大好きなクロワッサンサンドを口いっぱいに、何もおしゃべりできないくらいに頬張ってしまった。そして、そのクロワッサンサンドを食べ終わった頃、にっこりと笑って、思い出したように口を開いた。 「そうだ。今回の仕事の高校だけどさ、これ……」  もうさっき言いかけたことはそのままで、先輩は楽しそうに今回の案件のプランを話してくれた。 『へぇ、高校のコンサルティングかぁ。そんなのも請け負うんだ』 「今回は特別、先輩が、と、すみません」  足早に熱気が溜め込まれてる駅の改札を通り抜けようとして、ICカードが改札のところで足止めを喰らい、その後ろにいた人にぶつかってしまいそうになった。 『渡瀬?』 「ごめんごめん。なんでもない」 『高校のコンサルティング、楽しかった?』 「んー、まぁ」  楽しかった、かな。 『へぇ』 「けど、先輩が出した回答が」  空き教室の有効活用。私立高なんだし、そのまま教室数減少によるデッドスペースをリフォームで削除、何かフロアなどへの転換、とかが一番だろうし、学校側もその「何か」のフロアは何がいいだろうかっていうことをこちら側に問いていたのだけれど。先輩はにっこり笑って。  ――この空き教室はこのままでいきましょう。  なんて言うから、俺も、校長も目を丸くしてしまった。 『いいじゃないか。それ。経費もそんなにかからないし』 「まぁ、そうだけど」  学校の部活動に、金魚などアクアリウム活動をしている部活と、ガーデニング部があった。その辺りの文化系部活動の活発化にも役立つと、空き教室を飼育室にして、そこに机を置く。場所としては交流を兼ねた自主学習ルーム。図書室のように私語禁止、でなく。コミュニケーションをとりながら自主学習に取り組める。学年問わず、その場では話をしながら教え合い、学び合える場にする。二年生は一年生に教えながら自身も復習できて、一年生は教えてもらうことで理解を深められる。  そうすることで学校にある学年の壁を超えた、より良いコミュニティの生成を促す。 『まぁ、実際、社会人になったら一つ二つの歳の差なんて、ほぼなくなるけど、高校って一つ違うとでかかったもんなぁ』 「まぁね。実際、一つ上の人なんて大人に思えて、話せないから。そういう場所があるのはいいと思うけど」 『……ぷ』 「? 大石?」  どうかした? 急に笑ったりして。  そう尋ねようと思った。 『いや、でも、そうじゃない場合もあったなぁってさ』 「?」 『先輩、めちゃくちゃお前のことかまってたなぁって。ふと思い出しだから」 「……」 『そういう先輩だったから、今回、そんなアイデア浮かんだんだろうな』  そう、だった?  ―― 渡瀬、英語の勉強してんの? 『先輩、よく話しかけてくれたじゃん? 俺と、渡瀬が歩いてるとさ』  ―― 休み時間に勉強って、真面目だな。渡瀬。 『渡瀬って、よく呼び止められてたじゃん』  頬が熱くなる。  ――渡瀬。 『まぁ、仕事頑張れよ。忙しそうだけど、また飲もうな』  ――渡瀬? 「う、ん……じゃあ、また……」  ――おーい、渡瀬!  頬が、熱くてたまらなくなる。 「……もう……」  だって、思い出すのは、楽しそうに遠くで笑って誰かと話す先輩の横顔で。何を話しているのかも聞こえないほど距離から焦がれた想いを胸に見つめる自分で。 「ミキ!」  その視線に気がついた先輩が振り返って、俺を見つけて、俺は慌てて視線を逸らそうとして。 「こっちこっち!」  あの人に名前を呼ばれて胸を弾ませた高校生の自分のこと。 「ミキ!」  思い出すのは、貴方に遠くから名前を呼ばれて、ただそれだけで踊り出したくなるほど嬉しくてたまらなくなった、叶うことはない片想いを続けていた高校生の自分、だったから。  まだ、「気が付かなかった」片想いをしている高校生のことだったから。  そして、誰よりも恋焦がれた先輩はあの頃みたいに夏の入道雲を背にしながら、手を振って。 「はい。先輩」  今、とても楽しそうに俺を呼んでくれていた。

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