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風除室前での攻防

   第一部 cherish  薄い青色の作業着姿の小柄な青年が、脚立の最上段に腰掛けてスプレー缶を片手に奮闘している。 「あー、微妙に足らない……」  悔しそうに顔を顰めて、思い切り腕を伸ばすと脚立が揺らめく。煉瓦調のインターロッキングはでこぼこしていて安定しない。それでも、人手が足らなくて誰かに押さえてもらうことが出来ないから一人で何とかするしかない。  あと少しのところに噴射が届かず歯噛みしていると、ぐらりと大きく脚立が揺らめいた。  あっと声を上げる間もなく、体が斜めに宙に傾く。二メートルあるからきっと落ちたら痛いだろうと瞬時に脚立にしがみ付こうとしたが、そちらこそが倒れ掛かっているのだから無駄なことだった。  咄嗟の時には藁にも縋りたいというのは本当なんだとぼんやり考えていたら、ぶわりと風が巻いて温かな腕の中にいた。  ガシャンと硬質な音がして、インターロッキングに脚立が倒れる音が響き渡る。誰かを巻き込まなかったかと急いで見回すと、幸いにも通路に人気はなく、自分を抱えて座り込んでいる警備スタッフと視線が絡んだ。 「良かった、間に合った……」  ほうっと息を吐く秀麗な男は、このショッピングモール内の警備担当の中でも一番人気のある木村誠也だった。 「大丈夫ですか? 市村さん」  切れ長の眼差しに真っ直ぐに見詰められ、祐次は慌てて頷いた。 「き、木村さんこそ、下敷きにしちゃってすみません。何処か痛くしてないですか」 「鍛えているから平気です」  深めに被っている制帽の下で、誠也が心底安堵したように微笑む。綺麗だとまたうっとりしかけて、すみません、と再度祐次は謝った。 「あの、ありがとうございました。仕事に戻ってください」  そうですね、と慎重に立ち上がりながら誠也が祐次を下ろした。  まるでお姫様みたいだとどきまぎしながら、少し離れた場所で数人の買い物客がこちらを窺っている事に気付き、そちらにむけてお辞儀をしてから脚立を立て直す。  誠也が気にしているようだったので、蜘蛛が巣を張らないように忌避剤を撒いているのだと説明すると、先程手を伸ばしていた方向を指差して「残っているのはあそこだけですか」と問われた。頷く祐次の手からスプレー缶を取り、さっさと脚立に登った誠也がそこに噴射する。  呆気に取られている間に一連のことが終わり、にこりと微笑んでからまた祐次に缶を手渡して誠也はインターロッキングを足早に去っていく。  その後ろ姿を女性客たちの黄色い声が追い、祐次は視線だけで白地に青いラインの入った長袖シャツの背中を見送った。

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