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世界で一番愛してる

「す、好き、だよ。多分」 「多分」  言葉を切ってしまった祐次に、誠也が眉を顰める。 「ち、違うからっ、そこで切るんじゃなくて、あの。多分、世界で一番愛してるって言いたかったんだよ」  反対方向に予想を外していて、一瞬誠也のほうこそ絶句してしまった。  なんて可愛いひとなんだ、と人生で最上の笑顔になり、それに見惚れている祐次の鼻先に、ちょんとキスをした。 「俺も、多分じゃなくて、世界で一番愛してる。大切にするから、俺のものになって」  かあっと赤面した祐次が何度も頷いて、初めて自分から頬を寄せると、待ち構えていた形の良い唇が開いて祐次のそれを咥える。  逃がさないと強い意志を伝える瞬発力に、最初から抗うつもりなど毛頭ないのに、祐次の肩は跳ねた。  味わうように何度も表面を舐められ、それだけでもうふらふらになる。それなのにこじ開けて侵入する柔らかな舌は熱く、祐次はじんと痺れる脳の片隅で、カラオケのときのことを思い出していた。  あの時よりも、きっと今の方が優しい。それは、思いも寄らなかった出来事に受けた衝撃が大きかったせいなのか、自分の気持ちがはっきりしたからなのか判らずにいる。  そんなことどうでもいいのに……全てを委ねて酔ってしまいたいのに、誠也の体のことと、ここが職場であるという思いが、意識が蕩けるのを阻害する。  何度も互いの唾液を嚥下して、ようやく軽く舌先で表面を舐められた時、祐次はとんとんと誠也の上腕を叩いた。強く握り込むのを懸命に理性で堪えていた体は、自分のものよりずっと逞しい。しなやかに鍛えられている筋肉を本当は直接触れてみたい。  熱に浮かされた祐次の瞳を見て、それは制止の合図だと悟った誠也は、反応し始めている下半身を叱咤して、息を整えた。  いつもより血色の良い愛する人の顔色に、自分が誇らしくなる。ひとは、睡眠と食が足りているだけでは駄目なのだと。どちらも不足しているはずの祐次が、僅かな時間で雰囲気を変え、それをなさしめた自分を褒めてしまう。  しかし、そうまで追い込んだのもまた己なのだと、戒めることも忘れない。 「終わるまで待ってるから、送ってくれないか?」  やがて静かに頼まれて、祐次は僅かに首を傾げてから勢い良く首肯した。首がもげそうな勢いだった。  誠也が自転車通勤なのを思い出し、それから自分の車が社用車であることも脳裏を過ぎる。 「板バネだから硬いけど、体に障らないかな」  今日だけタクシーでも良いのではと気遣いながらまた視線で体を検分されて、誠也は苦笑しながら下から腰を押し付けた。 「送って欲しいんだ。部屋の中まで」  ぽかんと口を開けて、祐次の一重の眼が限界まで見開かれる。柔らかくないその箇所の意味なんて、同性なら解りすぎるくらいに解っている。  そうして。  いつもは倒れるのではという方面で心配されている祐次が、あまりにも挙動不審で同僚たちの注目を集めながらもどうにか仕事を終えて、ロボットみたいな動きで誠也に付き添い帰路に着いたのは、数時間後のことだった。

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