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何処にも追いやれない羞恥心
祐次の借りている部屋も二階建てのアパートの一室だが、誠也の部屋は、それよりも若干洒落た印象のワンルームだった。
洋室のみのなんちゃってフローリングで、あまり家に居ないからこれで丁度いいんだと笑いながら通された。
送るといっても看病が必要なわけでもないし、いったいどうすればと祐次は途方に暮れている。
靴脱ぎから室内を見回して呆然としていると、先に上がり電灯を点けた誠也が不思議そうに引き返して来た。手を取られて、瞬時に赤面してしまう。
かくかくとぎこちない動きで見上げると、誠也も複雑そうに見詰めている。けれど、根底にある嬉しそうな空気は隠しようもなかった。
うう、と唸っていた祐次は、意を決してスニーカーを脱いで上がった。上がったといっても段差はないのだが。
祐次は作業着で通勤しているため、埃やらなんやらで汚れているのは間違いない。自宅なら気にならないのだが、モデルルームのようにすっきり整えられている誠也の部屋だと気後れしてしまう。立っていても靴下の汚れが付いてしまうんじゃないかと気もそぞろだった。
お陰で、ここに来るまで気にしていたことは、意識の隅に追いやられてしまっている。
「緊張してる?」
見るからに判りきっていることを問いながら、ゆっくりと誠也が祐次の手を引いた。ぽすんと胸の中に収められて、初めて誠也が私服に着替えていることに気付いた。
「あの、せ、制服は」
「ん? 持って帰ってるけど」
何故そんなことを訊くのか解っていない誠也の腕をやんわりと解くと、祐次は慌てて誠也の持って帰った紙袋の中身を取り出して、ばたばたと洗面所に駆け込んだ。
確認しなくてもすぐに判る配置なので、思ったとおりの場所に広めの洗面台があるのを見て、栓をして水を張る。それから制服のシャツを簡単に畳んだまま浸け込んだ。スラックスの方は大丈夫そうだったので、そちらも畳んでからネットに入れる。
手際良く一連の動作にキリをつけたところで、ハッと背後の誠也に気付いて、また紅潮した。電気も点けないまま作業をしてしまっていた。慌てて壁を探ろうとした手を、誠也に取られる。
「あ、あの、勝手にごめん。でも浸けとかないと血液って取れなくなっちゃうし」
「だね。忘れてた」
ふんわりと笑いながら、鏡越しに背後からまた抱き締めてくる誠也を見て、しどろもどろに祐次が説明する。
「洗濯は仕事じゃないけど、やっぱり道具とか洗うから、あと、絨毯とかの清掃でも必要だし、知識とか、」
誠也が俯いて、耳の後ろに唇が当てられる。熱い吐息がうなじを滑り落ちて、全身がわなないた。
「せ、や……駄目、おれ、汚い」
「全然。祐次の匂い、安心する」
唇から差し出された舌先が、ねっとりと耳の外郭をねぶり、外耳から侵入する。それだけでもう祐次の腰はくだけそうになった。
「作業着の、汚れも、付いちゃう……」
「じゃ、今ここで脱いじゃえば。洗濯機回すから」
そういう問題か? と頭の片隅で疑問が湧くが、このまま部屋や誠也の服を汚したくないのも本音だった。だから、背後から誠也がジッパーに手を掛けても、そのままズボンが床に落ちても、気にせずに上着のボタンを外してジッパーを下ろし、そのまま床に脱ぎ落とした。
電気を点けていないから、互いの表情がはっきり見えない。
それでも、今自分の顔が弛緩していることは十分に察していた。布地越しに、誠也の指が辿るだけで、そこから甘い痺れが体を侵していく。
Tシャツを捲り上げながらゆっくりと直に肌をまさぐられると、もう駄目だった。情欲に煽られて、下着に滲みが浮く。羞恥に火照る体を持て余して腰が揺らめき、誠也は生唾を飲んだ。
「祐次、ほんとに友人でいいだなんて思ってたのか? 有り得ないだろ、この反応」
「じ、自分でも、変って思う。こんな……触られただけで、」
たとえば、誠也を想いながら自慰でもしていた、というのなら解る。けれど、祐次は本当につい先刻まで、自分が誠也に抱いているのは純粋な友情なのだと信じていたのだ。
それなのに。自覚した途端に、こんな風に体が反応するなんて。
誠也の指先が、容赦なく祐次の肌を暴いていく。こんなこと、彼女と触れ合った時にはなかった。どちらかといえば男が主体的に触れるのが当然なのだから仕方ない面はあるだろうが、それでも、女性に触れられてここまで下半身に直結したことなどない。
まだシャツと下着を残したまま、殆ど誠也に凭れ掛かりながら、かろうじて洗面台の縁にしがみ付いている。
それでもまだ、頭の片隅から何処にも追いやれない羞恥心が、ぽろりと唇から零れた。
「せ、や……汚い、から」
その瞬間に、自分より大きな手が、綿の上から中心を包み込む。
「っあ……」
上下に擦られて、滲みが広がっていく。
「びしょびしょ」
耳に落とし込まれる低い声が、意地悪に脳を犯す。歌っている時に、聞き惚れた声。囁き声も、その内容がいやらしくても、それでも大好きだと顔が火照る。
「シャワー浴びたいなら使ってくれたらいいけど、どうせ他のもので汚れるんだから、あとでいいって」
その意味するところを理解するまで、数秒掛かった。その間にも指の腹で愛撫されて、耳はちゅくちゅくと水音に犯されて、一気に祐次を陥落させようとする。
殆ど腰砕けになっている祐次の腰を腕一本で支えると、誠也の手が残っている衣類を剥がしにかかった。
ぽいぽいと全てを洗濯機に放り込み、前言の通りにスイッチを入れる。稼動音に何故だか少し安堵する祐次をひょいと横抱きにすると、ふらつきもせずに誠也は居室に向かった。
これではどちらが怪我人なのか判らない。
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