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記念日だから

 呆然としたままベッドに下ろされて、誠也が自分のニットに手を掛けるのを見上げる。その上から煌々と蛍光灯が照らしている現実に、意識が引き戻された。 「で、電気消していい?」  頭から抜いて床に放られるニットシャツの下から、鍛えられた体が現われる。  服の上から見るよりしっかりと付いている筋肉に惚れ惚れとして、それから慌てて自分の体を抱くようにして隠した。比べるのもおこがましいほどに貧相な体。肉体労働だから最低限の筋肉は付いているが、警備のようにそれ用に鍛えているわけじゃない。しかも祐次の場合は、誰が見ても痩せすぎの部類に入る体型なのだ。  羞恥を通り越して恐怖にも近い表情で口元を引き攣らせているのを見てしまっては、誠也は黙って灯りを消すしかない。  ついでにジーンズも脱いだが、通常よりも膨らんでいる部分のせいで、ジッパーを下げるのに手間取った。これは誠也も初めての経験で、苦い笑みが漏れた。  なんだか色んなことにその都度意識を持っていかれて、祐次は当初の戸惑いを忘れている。今はただ体を隠したいようで、でもこの部屋の住人に遠慮しているのか、自分からは布団に入ることすら出来ないようだ。  可愛い、と口に出しそうになり、意識して唇を引き結ぶと、誠也は祐次の顔の脇に両手を突いて、首筋に吸い付いた。  あ、と掠れた声が上がり、肌に沿わせて唇を下にずらしていくと、断続的に体が震える。  気を好くして舌を伸ばすと、殆ど獣のように喉全体を舐めまわし、喉仏を甘噛みした。  急所だから当然だが、その時だけは祐次の体が緊張したのが判る。雄そのものの本性丸出しでこんな風に誰かを抱くなんて、誠也本人も考えたことがなかった。  自分の唾液と、祐次の汗が混じったにおい。少し塩気のある肌も、ちっとも嫌悪の対象じゃない。  ただ愛しくて、全部自分のものにしたくて。  指と唇が胸の突起に移動すると、ようやく祐次の緊張も解けて、思わずといった態で、誠也の頭に手が回り、その両手がびくりと跳ねた。 「や、せいや……やっぱり、日を改めよう?」  この期に及んでまだそんなことを言うのかと視線を遣れば、暗闇に慣れた目が、心配そうに眉を下げた優しい面差しを捉える。  尻込みしているわけでは無さそうだ。  だって、と言いながら、祐次の手が誠也の頭をやんわりと撫でた。そこにあるのは、片目を覆う包帯だった。 「また血が出たりしたら嫌だよ……今日は安静にして、治ってから」 「やだ」  ゆるゆると撫でている手を握って離し、そのまま両手でそれぞれの手の甲をベッドカバーに縫い付ける。祐次は目を瞠った。 「意識して、好きだって気付いて二年近く。その間に散々考えたよ。男だって。いくら儚げで、守って遣りたくなるようでも、あれは同性だって。それでも体が反応してた。遊び相手の女性じゃ、こんな風に我慢利かなくなんてなったことない」  力強く紡がれる声は、切々と祐次の胸に降り積もった。言葉の熱に、溶かされる。魔法に掛かったかのように、身動きできない。情欲に染まった瞳にとぷんとはまってしまって、もう祐次には反論なんて出来ようもない。  今日は、と言う声が掠れた。 「恋人同士になった記念日だから」  絶対に退かない意志を籠めて握られた手から、どういう感情の表れなのかしれない震えが伝わる。  そう、と囁いて、祐次は微笑んだ。 「じゃあ、今日……おれを誠也のものにして」  翌日は夜間だけの勤務であることを、誠也も知っている筈だった。

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