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ただ愛しくて

 追い上げられて呆気なく一度目の吐精をして力が抜けたところを、自分の手に受け止めたものを絡めた指が、更に奥を暴いていく。  我慢できないと言っていたのに、少しずつ少しずつ慣らしていく様子は、されている祐次にも焦れったくなるくらいに丁寧だ。  体は辛くないのだろうか。時折ふっと思い出されて窺うも、滲む汗が何によるものなのか、見当が付かない。  ただ、自由になる指で、秘所をゆるゆると暴かれて。他の部分を撫でるときに肌を掠める傷テープの乾いた感触に、はたと意識を取り戻すのだ。熱に浮かされて見えなくなっていても、意識の片隅に残っている僅かな罪悪感に引き戻されてしまう。  けれど、もう後には引けない。退くつもりなんてさらさらない誠也に制止なんてかけられないし、ここまできたら祐次だとて誠也が欲しい。  少し、ほんの少しだけ、恐怖はある。それは、行為自体に対するものでもあるし、いざとなればやはり女性の方が良かったと、後悔されるのではないかという類いの恐れだった。  本来受け入れるためにあるのではない箇所で、綺麗でかっこいい誠也と繋がろうとしている。なんという浅ましさ。  誠也自身が好きだと言ってくれる、そのままがいいのだと何度も言い聞かせられて、これで祐次自身が自分を卑下すれば、それは誠也をも貶めることにほかならない。だから、おれなんて、とは言わない。この誠也を射止めたのが自分のどの部分なのかは不思議でならなくても、丸ごと受け止めてくれる相手なんて、もうこの先出てこないだろうなとすら感じる。  きっと、最後で最高の恋人。  もう、絶対に誠也以上のひとなんて、出てこない。そう、確信出来る。だから――  途中でベッド下の引き出しから取り出したボトルの中身で、祐次の中はぐしょぐしょに溢れている。指がふやけるんじゃないかというくらいに時間を掛けて解されて、粘性の淫靡な音に、ふたりとももう理性なんて吹っ飛ぶ寸前に追い込まれている。  いつの間にか複数になっていた指がずるりと出て行く感触に、今まで息を弾ませながらのたうっていた祐次は、切なく吐息した。  いよいよ、と意識していると、体を倒した誠也に目尻を舐められる。自分でも気付かず涙を零していたようで驚くが、それが苦しさや痛みによるものでないことは、誠也にも伝わっているようで安堵した。  至近距離で微笑む美丈夫に見惚れていると、ぬるりと滑らかに侵入が開始された。  反射で入り口を閉じてしまい、誠也が苦しそうにする。そろりと大きな手が下腹を撫でて、こっち、と言いながら軽く叩くから、腹筋に意識を集中した。  そういう仕組みになっている場所だから、リキめば入り口が弛緩する。それに助けられてゆっくりと誠也は奥に進めて、圧迫感以外に感じないことにほっとしながら、祐次は誠也の首に手を添えた。  動きを止めて、詰めていた息を吐く誠也に、根元まで受け入れられたことを実感する。 「大丈夫? 痛くないか」 「ん……凄い……誠也の形、おれの中で感じる」  ぴたりと吸い付くように、祐次の中が誠也を抱き締めている。隙間なく密着して、これ以上ないくらいに近く感じる。  先程とは少し違う涙を零す祐次に、どくりと中のものが反応した。  あ、とまた反射で締め付けてしまい、今度は歯を食いしばって誠也が耐えている。 「ご、ごめん」  ふうふうと浅く息を吐いて同じ要領で緩めると、困ったように誠也が力を抜いた。 「やばかった。もってかれそうになった」  悔しそうにしているから、驚いた後にすぐ祐次は微笑んで、その首筋を指の背で撫でて宥める。 「いいのに。何回でも……おれだけ先にイってるなんて、不公平だろ」  自分から引き寄せて唇を合わせると、やられた、と誠也が呟いた。やっぱり悔しそうだ。  後悔するなよ、と、黒い瞳が煌く。  あっという間に立ち直ってまっすぐに見詰めてくる眼差しに、野生の狼の幻影が重なった。  指でも示された腹側の箇所を、もっと太いもので執拗に撫でられ突付かれた。何度放っても、誠也は容赦しない。一度誠也自身も中に放った後は、合わさった部分から漏れるものが泡立つくらいに掻き混ぜられて、それが立てる淫猥な音に祐次は夢でも見ている気分になった。  自分でも、こんなの有り得ないというくらい淫らに祐次は腰を振っている。上に居るのは誠也なのに、組み敷かれているときも、横向きになっているときも、呼吸を合わせて下半身が動いては快楽を追求しようとする。  もう何も出ない、と崩れ落ちそうなのに、それでも誠也は繋がりを解かなかった。  しまいには誠也の包帯が解けて、傷パッドを当てた目が顕わになった。誠也の言っていたように、眼球自体は無事のようだったが、はらりと落ちていく包帯を見ると肝が冷えた。  それでも誠也は満足しているようで、僅かながらも、微笑を絶やさない。  それに救われてはいるけれど、でも――  二度目に誠也が達して、緩く動かしながら吐き出し終えたとき、思い切って祐次は体を起こした。  え、と驚きの形に口を開けた誠也を押し倒して、繋がったまま上になる。肘で体を支えた誠也は、祐次の意図を察したようで、大人しく布団に身を預けた。  誠也の腹側に倒していた体を真っ直ぐにすると、繋がりが深くなる。  こぷり、と中のものが溢れて伝い落ちていく感触に意識を取られて、よろめきそうになって慌てて後ろに手を突いて体を支えた。  薄い下腹の中が、誠也自身と繋がってる。みっしりと詰まっているものが、そのもの自身とそこから放たれたものであるのが嬉しくて、幸せで。  もう出ないだろうに、祐次自身も昂ぶりを表している。 「せいや……おれ、生きてきた中で、いまが一番幸せ」  うっとりと細まる一重の切れ長の眼差しを、知っているのは如何ほどの人数だろう。  頼りなくて、貧相に見える。そう噂する、スタッフの陰口なら誠也はいくらでも耳にした。  そんなの、本当の祐次ではないのに。幸が薄そうな容貌は、環境が整えば、一夜限り人を楽しませる大輪の花のように、限られた人だけに見せてくれるだろうに。  ずっと、悔しく思っていた。けれど、それで良かったと、今心底思う。  薄く開いた口から覗く舌先は、ちらちらと誠也を誘っているかのよう。もうすでにぎこちなさなんて消えて、艶めかしく動く下半身は、本当に今まで男を知らなかったのかと思うくらいにエロティックだ。  きっと、今までの恋人だって知らない。誠也だけの、ひとりだけしか知らない祐次。  いつも何かに怯えているように、少し背を丸めて歩いていた。  ただでさえ成人男性の中では控え目な身長なのに、同じくらいの背で堂々としている水上と比べてすら小さくて目立たない存在だった。  それなのに、惹かれた。  同情だったかもしれない。捨て犬みたいに、ちょっと可哀相に感じただけかもしれない。  だけどそれがきっかけだったとしても、今誠也を満たしているのは、明らかに恋慕の情だ。  誰にも渡したくない。  水上とお似合いだと、祐次が自分に抱いているのはただの友情なのだと腹を立てて、勝手に怒って突き放してしまった。  水上が教えてくれなければ、祐次にとってただひとりであることの意味を、きっとずっと知らずにいた。  だから、もう、絶対に離さない。 「せいや、せいや……ぁ」  うわ言の様な呼び声が、徐々に弱まってきている。もう祐次も限界なのだろう。  互いに同性が初めてなのは同じだけれど、受身である祐次には負担を掛けているな、と我に返る。  肉の薄い腰を両手で支えると、今度は誠也自身が突き上げていく。  ひゃ、と乾いた嬌声を上げた祐次から、ぽたぽたと雫が零れ落ちた。生理的な涙だった。  体重を利用して何度か落とし込み深く貫くと、もう為すがままに揺さぶられる体。  これからはもっともっと魅力的になるはずだから、逃げられないように自分も努力しようと、久し振りに向上心が高まっていく。  ついに、極まった甲高い声が小さく上がり、中の襞が搾り取るように蠢いた。祐次からは何も出なかったけれど、誠也はそのまま中に放ち、すっかり力の抜けた祐次の体を前に倒して腕の中に抱き締めた。  セックスで満たされるなんて、誠也も初めてだった。  訊かなくとも、意識を失うくらいに全身全霊をかけた交わりは、きっと祐次も初体験だろうなとしみじみ思う。  両想いで、互いに心を先に手に入れたいと願った。実際にそうなってすぐに体に直結して我慢できなくなったのが大人気なかったなあとちょっぴり反省はしたけれど、後悔はしていない。  今夜だけで、何度も祐次を泣かせた。  それは悲しみの涙ではないから、もうその頬を濡らすのは、行為の最中と嬉しい時だけであればいいなと願わずにはいられない。  腕の中の温もりを抱き締めなおして、誠也は静かに目を閉じた。  もう、二度と悲しみで曇らせないから。  俺のせいで仕事中に倒れてしまうくらいに憔悴させたりなんてしないから。  ずっと傍に居てくれ――  翌朝、しわしわになった作業着を洗い直す破目になるなんて、この時のふたりにはどうでも良い未来の話。 〈第一部 cherish  Fin.〉

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