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第十章 シンデレラ・ボーイ
翌朝、テレビの音で目が覚めると、純己を抱き寄せながら食い入るようにテレビを観るニックの顔が目に入った。
ニューヨークからロサンゼルスに来たので、時差のお陰で三時間分戻ったことになる。それは通常より長く時間を一緒に過ごせたということだ。
ニックの実家を昼過ぎに出たのに、ロサンゼルスのこの家に着いたときはまた太陽が燦々と輝いていて……それで……あんなに……愛されちゃって……気が遠くなるまで……。
その余韻が純己の体をずっと甘く縛っていて、どちらにしても身動きが取れない。
「おい……純己、テレビ観てみろ」
ニックは静かな、それでいて力のこもった声を出した。テレビにはアメリカの朝のニュース番組が流れていた。どうやら日本での出来事を速報で報道しているようだった。
急にニックが雄叫びを上げながらガッツポーズをした。純己はニックの雄叫びのせいでニュースの声が聞き取れなった。
「純己! おい! やったぞ!」
「え、どうしたの、何があったの」
「来年から日本で同性婚が合法化されるらしい!」
「え……ほんと」
純己は一気に目が覚めテレビを観た。確かにそういうテロップが出ている。
胸の中に描いていた一つの夢が叶いそうだった。
ニックは純己の肩を持ち顔を近づけた。
「結婚しよう、純己」
「……っうん」
純己の瞳に涙が浮かんだ。
「アメリカではもうできるが、純己は日本の方がいいだろ? 住み慣れたところの方が何かと安心だろ? 純己の安心は俺の安心でもある」
純己は体を起こし、ベッドでニックと向かい合って座った。
「ニック、アメリカで入籍しよ」
「え……? いいのか……?」
純己は、日本で入籍することが最善だとは思えなかった。ニックの会社の上場が控えている今こそニックの経営者として大事なタイミングのはず……。
ここでニックが年下の可愛い恋人のために、その恋人の国で入籍したなんて、そんな姿を世間に見せるわけにはいかない。
ニックは……僕とは違う……僕とはちょっと違う男性なんだから。
「うん、もちろん。もしかしてニックは日本の方が良かった?」
「俺はどちらでもいいさ。結局地球を股にかけて仕事をするしな」
「……僕はアメリカでニックの籍に入りたい。ダグラスもそれを望んでいると思う」
「親父のことなら気にしなくてもいい」
「違う。ダグラスが築いてきた会社を守るためにも、ニックは絶対にアメリカ人のままでいるべきだよ。僕がアメリカ人になる」
「純己……」
「僕はニックが生まれた国の人間として生きていく」
ニックは純己を力強く抱きしめた。
「……分かった。ありがとう。その代わり俺がお前を守る……永遠に守ってやるからな」
「うん」
ニックは純己にキスをした。カーテンの隙間から柔らかな陽が射す。
白いシーツが二人を守るように絡まっている。
まるで大きな白い花がベッドに咲いているようだった。
ニックのキスは止まらない。
守ると言ってくれた唇が、音のない愛の言葉を注いでくれていた。
ニューヨークの一等地にあるホテルの最上階の会場でニックの会社の上場記念パーティが開かれた。海外から提携会社の経営者や取引先の担当者が参加し、メディアも押し寄せ、総勢数百人の規模となった。
「純己、緊張してないか?」
「う、うん、何とか大丈夫」
ニックは黒いスーツ姿、純己は白いスーツ姿で手をつないだまま控室で出番を待っていた。二人の胸には花があしらわれたリボンが付いている。
控室のドアがノックされ、ダークグレーのスーツ姿のダグラスが入って来た。
「おう、なんてことだ、純己、白が良く似合うじゃないか」
「ありがとうございます」
「やっぱり君は、白色のガーベラのようだ……」
ダグラスは、何か言おうとしているニックを無視して純己にハグをしてきた。
「純己、君と家族になれたことを嬉しく思うよ。今日のお披露目で世間にもそれが分かる。一緒に覚悟を決めよう。その代わり……これはニックの父親としてではなく、その」
「おい、親父っ、早く純己から離れろっ、もうすぐ出番なんだけどなっ」
ニックの大きな声が割って入るように響いた。
「邪魔が入ったようだ、また後でな」
ダグラスは囁くようにそう言ってから純己から離れた。
「ダグラス、僕たちの結婚を認めてくれて本当にありがとう。感謝してます」
「こいつで良ければ好きにすればいいさ。これからはわしと純己の関係も深めないとな」
「はい、よろしくお願いいたします」
ダグラスは純己に微笑み、ニックには一言も声をかけずに部屋を後にした。
ニックは舌打ちをしてから、改まったように純己を抱きしめ直した。
「さあ、行こうか、純己。俺たちの本当のスタートはここからだ」
純己はニックの胸の中で静かに頷いた。
司会からの紹介が始まった。
「ではお待たせいたしました。経営者のニック・スチュワートに登場していただきます。本日はなんと、パートナーのお披露目も兼ねての上場記念パーティとなりました。皆さん、拍手を!」
指笛と拍手と歓声が起こった。フラッシュが眩しいくらいに焚かれた。
ひな壇の袖から、ニックが純己の手を引いてステージに上った。さっきの指笛と拍手と歓声がより大きなものとなり、何が現実で何が夢なのか分からないような音が響いた。
二人が真ん中の位置に来ても、華々しい音は鳴りやまない。司会から一言を促されて初めて会場が静かになった。ニックは純己と手をつないだままマイクの前に立った。
「ご紹介に預かりましたニック・スチュワートです。このたびはわが社の上場記念パーティにお越しいただき誠にありがとうございます。ええっと、会社の紹介の前に、まず最初に私の最愛のパートナーを紹介させていただいてもよろしいでしょうか」
またさっきの祝福の歓声が一気に上がった。今度は純己がマイクの前に立った。
「初めまして、スミキ・スチュワートと申します」
合いの手を入れるように指笛が鳴った。
「夫とともにこうしてここに立たせていただけることを心から感謝しております。まだ年齢も若く、現役の大学生でもありますが、夫の会社の手助けとなれるよう、私も英語をさらに磨いて参りたいと思います。どうか、温かい眼差しをいただけますよう、よろしくお願いいたします。私は夫のニックを心から尊敬しております。英語教育への情熱とビジネス手腕は私にとって誇りに値します。その夫を精一杯支えていく決意をしております。そして、お世話になっている皆様に感謝を……特に、ダグラス、ありがとう……。あなたの……あなたのお陰でニックとこうしてパートナーに、……なれま、した。あなたの作った会社を、……ニックとともに守っていきます。この場をお借りして、感謝を述べさせていただきます」
溢れるものを止められなかった純己に、賛辞の声が轟いた。ニックは純己の肩に手を回し抱き寄せた。純己もニックの胸に顔を寄せて、幸せと感謝を噛み締めた。
たくさんの音と光が二人を包んだ。
ニックは感謝の意を伝えるように会場に向かって大きく手を振った。
純己も瞳を潤ませながら笑顔で手を振った。
それに応えるように喝采の声と音がずっと鳴り続けていた。
(了)
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