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俺のこと
俺の1日はいつも喧噪の中から始まる。でも、決して不快なものではない。
明るい笑い声や、活気のある空気。そこに、時々泣き声が混ざることもあるけれど。それすらも、俺からすると人間の生命力みたいなものを感じて嬉しくなる。
「あ、木戸 先生、おはようございます」
この病棟の看護師長でもあるベテラン看護師から声をかけられた。
「おはようございます」
挨拶を返しながらナースステーションへ入っていくと、他の看護師や医師たちからも次々と挨拶された。
「進藤 先生は?」
「今、303で対応中です。すぐに戻れると思います」
「では、先に申し送りを始めましょう」
その一言で、周りの空気が穏やかなものから少しだけ緊張したものに変わった。いつもの時間。いつもの風景。俺はその中にふんわりと溶け込んで、看護師たちの報告に聞き逃しがないよう気をつけながら耳を傾けた。
俺、木戸新太 は医者をしている。都内にあるそこそこ大きな病院の小児科病棟。そこで小児科医として働いて5年ほどになる。職場はやりがいもあるし、もともと兄弟、姉妹が多くて(俺入れて5人いる)子供の扱いに慣れており、苦痛はなかった。まあ、忙し過ぎるとさすがにげんなりする時もあるけれど。
医者なんてしていると、勝手に文武両道で女の子にモテモテの輝かしい学生生活を送ってきたと思われがちなのだが、俺に関してはその限りではなかった。
確かに勉強はできた。運動もなんとか中の上ぐらいのレベルだった。でも。そこに、『女の子にモテモテの生活』は付いてこなかった。
その原因は自分でも分かっている。
俺のこの、どれだけ牛乳を飲んだり、ぶら下がり棒にぶら下がったりしても伸びなかった身長と、小さい頃から可愛い、可愛いと言い続けられていた女顔のせいだった。
いや、顔自体はたぶんそこまで酷くない。と思う。稀に『その可愛い顔が好き』と寄ってきてくれる女の子もいたのだ。だけど、いざ付き合ってみると、『なんか違う』とか、『男として見れない』とか、『ペットの犬を思い出す』とか言われて振られるのが常だった。
そして、女の子にはモテない代わりに、俺は男にモテた。
思えば、幼稚園の頃からその片鱗はあった。同じバナナ組の仲の良かった男の子に突然キスされたり(勝手にちょっと過剰な友情表現だと思っていた)、小学校の時は裸にコートを着たおっさんに連れ去られそうになったり、中学生になると男の先輩から告白されたりした(しかも何人も)。
そんなわけで、高校生になる頃には、自分には男を惹きつける何かがあることを認めざるを得なかった。
そして。そんな環境だったせいか、俺は自然と男を恋愛対象として見るようになった。
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