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おかわり2:暖簾の話

 二月末、新しい店も大分出来てきた。もう外装はほぼ完成で、内装を整えれば店も再開できる。一応四月から営業再開予定だ。 「い~や~だ~!」 「…………」  現在、俺が引っ越すことに猛反対している野瀬をどうにか説得している。……こいつの事務所で。 「羽鳥」 「関知しません。ご自分でどうぞ」 「いや、無理だろ。なにこの駄々っ子。お前の所のボスだけど?」 「別人ではありませんか?」  酷い言われようだ。 「畑さんは今まで通り家に住めばいいじゃないですか」 「いや、遠いし。営業時間を短縮したけど、でもその後仕込んでお前ん家って、ヘロヘロで運転できないぞ」 「誰かに迎えに行かせます」 「いや、気ぃ使うわ! それに寝たいし」 「こっちの経費で」 「誰がそんな無駄金払うって言ったんです。いいじゃありませんか、どうせ店に通うんでしょ」 「泊まる! 俺が住む!」 「狭いわ!!」  なんだ、この妙に疲れる感じ……。  それにしても、どうにかしないと。これじゃ示しが付かない。  考えた俺は徐に自分の耳についているピアスを外し、持っている手を灰皿の上に持っていった。 「野瀬、それ以上我が儘言うならこのピアスと一緒にお前を捨てるぞ」 「!!」  途端、ビクンと体を跳ねさせた野瀬がアワアワして近づいてきて止める。だが俺は本気だ。こいつが腑抜けになるならこの関係はダメだ。こいつが切れないなら、俺が切らないと。 「分かった! 分かりましたから捨てないで!!」 「俺は3月の終わり頃には引っ越す。お前は自分の家だからな」 「分かりました!」 「……よし」  羽鳥に目配せをすると、ちゃんとレコーダーを持っていた。こいつ抜かりなくて助かるわ。 「その代わり、お休みは週二回。営業終了は零時ですよ」 「分かってる。羽鳥が詳細に顧客データ出して俺も納得した」  そう、ここまでくるのに何もしていなかった訳じゃないんだ。  羽鳥の分析によると、午前零時を回った後の客の入りはあまりない。ならば午前零時で店を閉め、伸ばすなら前だと言われた。そこで、十九時営業開始に変える事にした。  休みもそうだ。今は月曜を定休にしているが、実は木曜日も客の入りが少ない傾向にあるという。俺も年齢があるし、休みを増やしてもいいだろうと言われて従う事にした。その分、金曜日は更に営業時間を一時間繰り上げて十八時、花金狙いにする予定だ。 「そういえば、そろそろ暖簾を作ろうと思うのですが。デザインと店名を教えていただけますか?」 「あぁ」  そういえば、その為にここに来たんだった。  羽鳥のパソコンには暖簾の発注画面がある。既に間口の尺は入れてある。 「まずは長さと分け方ですが、以前と同じように胸から上が隠れるくらいの長さで、二分割でいいですか?」 「あぁ、頼む」 「色は前と同じ槐で?」 「あぁ」 「少しグラデーションを入れましょうか。ほんの少し」 「頼む」  パソコンの中で仕上がる暖簾に、少しワクワクする。これが、新しい店の顔になるんだ。 「店名も入れるので、教えてもたえますか?」 「『竹葉(たけは)』だ」 「竹葉?」  拗ねていた野瀬も近づいて画面を見る。そして、気になったのだろう事を口にした。 「そういえば、前の暖簾って名前入ってませんでしたね。店名、初めて聞いた気がします」 「入れてなかったんだよ、金がなくて。あれ自作なの。赤い布買ってきてそれっぽくしただけ」 「え! あっ、だから」 「そゆこと」  だって、金ないんだっての。 「どこに入れますか? 右下とかに白抜きで……こんなフォントで」 「あ! いいなそれ!」  読めないわけじゃないけれど、ちょっと和風というフォントが右下にはいる。俄然それっぽい。 「どうしてこの名前にしたんですか?」 「ん? あぁ、酒だよ。酒の古称で、この字で『ちくよう』って読むんだ。うちは和食料理屋だし、日本酒出すしな。んで、そのままじゃなくて少し変えて竹葉。俺の名前の読みも一部入ってるしな」 「へー」  ってか、知らなかったのか野瀬。 「弁当、という意味もあるようですが」 「俺もそこまで知らん。店に出す日本酒を仕入れるのに酒蔵回ってた時に聞いた話だからな」  そうか、弁当って意味もあるのか。今度から他店への出前は弁当にするか? 仕出しっぽく。 「はい、これでよし。発注します」 「よろしく」  暖簾も無事に発注した。後は店ができるのを待つばかり。  それまではもう少し、こいつを甘やかしてやろうか。 おしまい。

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