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七夕節番外編
「レン、出かけるよ」
夕立ちとともに突然やってきたスイは、玄関のドアを開けるなりそう言った。肩が濡れたスーツを脱ごうともせず、俺の服を適当にボストンバッグに入れていく。意味が分からなくてポカンとしているうちに、スマホだけ持たされ手を引かれた。
雨が降ってるってのにアパートから引っ張りだされ、地下鉄に乗り、車両に揺られながらどういうことか聞けば
「たまには恋人らしいことしたいでしょ?」
とスイははにかんだ。
今日は七夕節といって、中国ではバレンタインデーみたいなイベントがあるらしい。
「今8月なんだけど」
「旧暦で7月7日にあたるらしいよ。男性から女性にプレゼントする日なんだって」
そんなことを話しながら地下鉄から出ると、確かに商業施設の周りではバラの花束とかアクセサリーショップの紙袋とか持った男が目立つような気がした。カップルも多い。
それに倣うように腕を組んで歩いた。中国では男同士で腕を組んで歩いててもさほど注目されない。友達同士とかでも腕を組んで歩くとか。
そうやって連れて行かれたのは、日系のホテルだった。フロントには金閣寺の絵が飾ってあったり、日本語で表記されている案内とか自販機とかあって、なんだか日本のホテルに来たって感じがする。スイも従業員と日本語で話していた。でも懐かしいっていうより新鮮な気持ちだ。
チェックインしてカードキーを受け取ると、二階にある日本食のレストランに向かった。
ここもカップルとか夫婦が多い気がする。
個室に通されて、久しぶりに刺身や醤油味の小鉢や味のついてない米を食べた。思ったよりちゃんとしてたな。スイの話では朝食にも和定食が食べられるらしい。粉物文化の北京でそれはちょっと楽しみだったりする。
上階の宿泊室は、部屋に入っていきなり洗面台があったり冷蔵庫がやたら小さかったりしたけど、清潔でアメニティなんかも充実していた。ウォッシュレット付きのトイレやドライヤー、コーヒーメーカーは日本製だ。
ベッドの目の前の壁にかかるロングカーテンを開ければ、北京の夜景が眼前に広がった。雨が窓ガラスを濡らして景色を滲ませる。星が全部落っこちてきたみたいに、光の澱が暗い空の底に澱んでいた。
それを眺めていたら、部屋の照明を反射して窓ガラスに映る俺の隣にスイが現れた。
当然のように唇を奪われる。器用な指先が耳の軟骨の形をなぞり、首筋がざわざわして鼻から声が抜けた。スイはキスを続けながら、半袖のシャツのボタンを外し俺の身体から剥いだ。窓ガラスに背中がついてヒヤリとする。
「スイッ」
「何?」
「外から見えるって」
「大丈夫だよ。雨も降ってるし」
口付けは上から下へ降りていって、パンツのジッパーにスイの歯がかかる。やめろっつってんのに俺のを取り出されて口の中に収められた。
「いい加減にしろっ・・・」
「イケたらベッド行こうか」
スイはずるりと俺のモノを引き抜いて、てらてらと光るソレに唇を寄せる。澄んだ目は恍惚として、妖しく揺らめいていた。またスイの口の中に飲み込まれると、腰が痺れ足から力が抜けそうになる。
「嫌だって・・・くそっ、たまにはこっちの言うことも聞けっ・・・!」
スイはちょっと残念そうに俺から離れた。
それからベッドに座って「おいで」って腕を広げる。照れ臭かったけど、ベッドに乗ってスイの首に腕を回した。スイはギュッと抱きしめてきて、そのまま手を背中に伝わせ下着の中に手を入れてくる。尻の割れ目に指を沿わせて入り口をぐっと押されると、思わず肩に力が入った。
「自分で脱いで」
俺がスキニーパンツと下着を下ろす間に、スイはベッド脇に置いた鞄からローションとゴムを出した。
スイに言われるまま、さっきみたいに膝立ちになって抱きつく。
ぬめりを帯びた指先が、異物感とともに俺の中に入ってくる。執拗なほどナカをいじられて、たまに喉の奥から裏返った声が出た。指を増やされると、この姿勢に疲れてきたのもあってぺたりとへたり込んでしまった。
「こっち向いて」
身体の向きを変えられてギョッとした。カーテンが開けられたままの窓に、俺とスイが映っていたからだ。スイはベッドから降りようとした俺を後ろから抱き込む。
「やめろって・・・」
「恥ずかしい?僕しか見ていないよ」
スイはクスリと笑って、俺の脚の間に手を入れる。街の灯が無数の目に思えて、開かされた脚を閉じた。スイは「しょうがないなあ」ってネクタイを解き、俺の目を覆って後頭部で結んだ。
こんなの余計羞恥心を煽られるだけだ。外せって文句を言えばスイは「ワガママだなあ」って嘆息する。
イラッとしたけど指が孔の中に入ってきて、そんな考えは消し飛んだ。目隠しされて何も見えなくなって、耳には「好きだよ」って甘い言葉を流しこまれて、頭の中は快感に塗りつぶされていく。自分がどんな状態になってるかなんて、ネクタイがずり落ちて初めて気づいた。
窓ガラスに映る俺は、スイに身体を預けて蕩けきった表情をしている。開いた脚の間にはスイの指を三本も飲み込んでいた。見た瞬間顔が熱くなってサッと熱が冷めていった。
「スイ、もっ、ヤダ・・・」
スイの腕を掴んで指を引っこ抜く。びっくりするほど声にも手にも力が入らなかったけど、スイは大人しく従った。
でも微笑みを浮かべたまま俺の腰を掴んで浮かせ、今度はスイ自身が入ってくる。スイが何もしなくても、自分の体重でゆっくり腰が沈んでいった。スイの堪えるような息遣いやグズグズになったナカを擦られる感覚に悶えながら、それを窓の外に見せつけるような姿勢に背徳感が沸き出す。
全部収まると腹の奥が勝手にギュっと締まって、背筋にぞくぞくと甘い痺れが走る。ペニスを触られた瞬間、弾けるように白濁が溢れた。
おいおい挿れただけでイクとかーーーーー
恐る恐るスイを見れば、ただ微笑みを浮かべている。
「いいよ、もっと気持ち良くなって」
スイはお構いなしに腰を揺らす。イッたばっかりなのに、また腰の奥がじんじんと疼いた。
意識を刈り取られるまで、公開処刑にも似たセックスは続いた。
目が覚めたのは夜明けで、閉められたカーテンから朝日が透けていた。この野郎今更閉めても遅いぞ。
隣ではあどけない寝顔を晒してスイが眠っている。イヤらしいことなんて何も知りませんって顔してあんなえげつないセックスをするなんて詐欺だ。
今気づいたけど、ベッドの横には七夕節のキャンペーンのチラシがホテルの案内に挟まれていた。
俺もなんかした方がいいのか?スマホで「七夕節 プレゼント」とかで検索しても薔薇の花束とかアクセサリーとか女向けのしか出てこない。
面倒くさくなって無難なやつを選んで、スマホを閉じて二度寝する事にした。
数時間後に起こされて、夜と同じレストランで白米と味噌汁の味を噛みしめながら朝飯を食った。
雲の間から覗く空は鮮やかな色で、今日は快晴になりそうだ。スイは今日はどこそこに行こうって楽しそうに話している。全部決めてたんだな。出来たカレシだ。俺はなんにも考えてなかったけど。
部屋に戻ってスイがスマホをいじっていると、「あれ?」と声を上げた。気づいたかな。
「レン、これレンから?」
電子マネーのページを見せてきた。"紅包"で520元入っている。紅包ってのはお年玉とか御祝儀のことだけど、七夕節で520元入れた紅包をプレゼントされることもあるらしい。
そうだよって言えば、スイは顔を綻ばせた。
「ねえ、なんで520元なのか知ってる?」
知ってて入れたけど、改めて口に出すのは小っ恥ずかしいから
「さあ。取り敢えず上限いっぱい入れといた」
ってすっとぼけといた。
スイはニヤニヤしながら「あのね、」って続ける。絶対分かって言ってるな。
「中国語で0520が、"我愛你" の発音に似ているからなんだって」
「ふうん」
「ありがとう。嬉しい」
「うん」
適当に流して、スマホを弄り続けた。内容はさっぱり入ってこなかったけど。
「レンって、恥ずかしい時そっぽを向くよね」
フリックする指が止まる。
「んなことねえよ」
「そう?昨日もそうしてたけど」
昨日の夜の事が思い出されて、首筋が炙られたみたいに熱くなる。スイから身体を背けた。ほらね、ってスイは笑って、しょうもこりもなく
「また恥ずかしいことする?」
って耳元で囁いた。
「・・・カーテンくらい閉めとけ」
そう吐き捨てればかわいいって背中から抱き竦められた。なんでだよ。
結局
「レン大好き」
って惜しげもなく言葉と口づけを降らせるスイに絆されて、チェックアウトの時間まで居座っていたのは言うまでもない。
end
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