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チャイナジェイド
注意事項
・文字書きカラーパレットのキーワードを使って書いた話
キーワード・千歳緑、切れ味、甘くない、ずっと
国貿駅のショッピングモールの前は観光客も地元の人間も人種も入り乱れて混み合っていた。
俺の隣にはスイが、目の前には知らない若い女がいて、ソイツは唇を震わせながらどういうことだと中国語で言葉を絞り出す。
それはこっちのセリフだっての。
北京郊外のアパートで惰眠を貪りながらスイの帰りを待っていたところを突然呼び出されたらこれだ。それもフルに着飾った女の格好をして来いなんていうから、シャネルのハイカットワンピースをクローゼットから引っ張り出してきた。そういう趣味があるわけじゃない。身バレを防ぐのに女の格好をすることが多いからな。
今回はデート商法か結婚詐欺でもかましたんだろう。でも中国の女は強い。食い下がって金を返せだのその女と別れろだのスイをぶん殴りそうな勢いだ。けれども流石は詐欺師といったところで、スイは優しくも鋭い切れ味の言葉で女をあれよあれよと丸め込み、貰ったものを返すからと住所や連絡先まで聞き出していた。絶対返す気はないし、個人情報も名簿屋に売るんだと思う。
俺は隣で突っ立ってただけだ。正直もっとやれって心境だな。スイのつけている千歳緑のネクタイピンは見覚えのないものだ。カモだって分かっていても、俺の知らないところでこの女といたんだなって思うといい気分ではない。
やりとりを眺めていたら、女は俺をキッと睨みつけて、ビンタをかましてきやがった。完全に油断していた。怒りの矛先はスイに向いていたから。
「我也有个主意?」
穏やかな口調から一変、スイの口から発せられたのは甘くない声。こちらにも考えがあるけど、と女に何やら囁けば、相手は顔色を変えて踵を翻した。スイは溜息を吐き出して、俺の頬を撫でる。
「ごめんね、大丈夫?」
「別に」
スイは帰ろっか、と腕を差し出す。まあいいか。今は女の格好をしてるし。手をスイの腕に絡めた。
「ご飯食べてく?」
「いい。早く帰りたい。ヒール痛いし、化粧落としたいし」
「・・・お腹すいた」
「わかったよ、最初から言えよ」
「ありがとう。ついでに泊まってく?」
これもきっとノーとは言わせない気だ。
わかったよ、と溜息まじりに返事をする。
ホテルの部屋に着いたら、真っ先にあのネクタイピンを外してやった。
スイは「あ、待って」と俺から離れる。
「は?どうせ捲きあげたやつだろ」
「違うよ。はい、これ」
黒くて掌におさまるくらいの箱を渡された。ツヤがあって、しっかりした造りで高そうなやつ。
開ければシルバーの指輪が入っていて、内側にネクタイピンと同じ色の石が埋め込まれていた。
商品の説明書には「チャイナジェイド」って書いてある。
「お揃い」
って笑うスイに、胸の奥がぎゅっとする。
「俺はつけねえからな」
なんてかわいげのない言葉が出てくるけど、スイは「いいよ、レンの好きにして」と柔らかく微笑む。俺より年下のくせに、コイツの方が大人の余裕があるように見えてムカつく。
指輪をその場でつけてやって、その手で胸ぐらを掴んで引き寄せキスをした。歯がぶつかったけど、スイは意に介さず唇を重ねてくる。
「僕にはずっとレンだけだからーーー」
スイはキスの合間に熱の篭った声を漏らした。
「だから安心してね」
そしてニコリと笑う。嫉妬していたのがバレている気がして、澄んだ目から逃げるようにスイの肩に顔を埋めた。スイの掌が追いかけてきて頭を撫でられる。
多分俺も掌の上で転がされている1人なんだろう。でもそこは悔しいことに存外居心地が良くて、ずっと抜け出せそうになかった。
end
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