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バレンタイン番外編 「情人节快乐!」
コンビニから帰っても、スイの姿はなかった。暖房も電気もつけっぱなしで行ったけど、なんだかほの寒い気がする。
バレンタインだからって何をするわけでもないけれど、赤やピンクの店内の装飾やチョコのラッピングが嫌でも目に入ってくるんだ。カップルの日なんだなって思って、スイのことが頭をよぎる。
大抵こういう日のスイはカモの元にいて機嫌を取っているんだろう。
アイツのことだからそれはもう抜かり無く。この前なんか口座に6桁の金が一気に入ってて目を剥いた。景気の良いヤツもいるもんだ。
郵便受けを確認したけど空だった。イベント事があってスイがいない日は、ピアスとか小洒落たライターとかちょっとしたモンが入ってたりするんだけど。まあ付き合いが長くなってくるとこんなもんかな。
電子レンジに入れた惣菜が温まると、そのそばから立ったまま摘み晩酌を始める。プシュッと音を立てて缶酎ハイを開けた。余計な考えは酒で流し込んで、煙草で煙に撒いてしまうに限る。炭酸で腹は膨れたけどろくに食べてないから満たされない感じがして、胸にもやもやしたものが残っただけだったけど。
いつもより早く布団に潜り込んだ。
真夜中、玄関でガチャガチャと鍵の開く音がして目が覚めた。
あ、もしかして。
飛び起きて玄関に向かった。ドアの取手に手をかけようとして、ふと手が止まる。
ちょっと待て。これって俺がすっげえスイを待ってたみたいじゃん。
というか、帝愛妃の連中だとか警察とかいつ来てもおかしくないーーーーー
なんて逡巡を巡らせているうちにあっさりドアは開いた。
「あ、起きてた」
息を白く曇らせながら、スーツ姿のスイがパッと顔を輝かせる。
「ただいま」
って言いながら抱きしめられた。トレンチコートは冷たい空気を纏っていたけれど、お互いの体温で温まってそれが和らいでいく。
でもスイのじゃない匂いがして、すっと離れた。
「風呂入ってこれば?」
「一緒に入ろ。寒かったんだよ?」
「ヤダ。もう入った」
絶対ヤることになるし、自分の声が反響するわ鏡があるわ嫌でも痴態を見せつけられることになる。だから毎回突っぱねている。
ここでタイミングがいいのか悪いのか腹の虫が鳴った。
「ご飯食べた?」
「食べた」
「またお酒だけ飲んでない?」
「・・・・・」
「先にご飯食べよっか」
スイは中華クラゲの和物とか鶏肉とカシューナッツの炒め物とか月餅とかをキッチンで広げる。
「今から夕飯?」
「ううん。夜食」
1人で食う量じゃねえだろ。いや、こいつなら楽勝でたいらげるけど。
スイがそれらを温めてリビングに持っていく間に、酒を冷蔵庫から出してきた。スイの分も持ってきたけど
「未成年はお酒飲んじゃダメなんだよ」
ときた。人を騙くらかしてメシを食っている癖になんでそこは厳格なんだ。
あと、ビニール袋の中に見え隠れしている赤い箱が気になって仕方ない。
「それ何」
と酒の勢いも借りて聞いてみる。
「ん?チョコ。バレンタインだからね」
なんの迷いもなくピンク色のスリムな箱を出してきやがった。それもあったのかよ。
「帰ってきてまずかったんじゃねえの」
「明日も仕事だからってご飯食べてきただけだよ。レンに会いたかったから」
悪びれなく笑いかけてくる。チョコももう少し味わって食えよと思うくらい無造作に食ってて、無くなればあっさりゴミ箱に入れてたからなんかどうでも良くなってきた。
「で、そっちは?」
ビニール袋の中に眠る赤い箱を指差す。
「中国の高級な煙草なんだって。美味しいらしいよ」
「ふぅん」
手渡されたのは、中央に天安門がデザインされ金の印字が光る赤い箱だ。いかにも中国って感じがする。
キッチンに行って換気扇をつけ、早速吸ってみる。酸味がちょっと強くて味が重い。ふくよかな余韻があって、油っこいものを食べた後だと余計に美味く感じた。
「悪くないかな」
「ホント?よかった」
「吸う?」
「二十歳になったらね」
「お前なあ・・・」
吸わないに越したことはないけどな。
でも、チョコを貰うよりこっちのがいい。そういやこのライターもコイツからだったな。
「ホワイトデー、なんかいる?」
「特にないかなあ。でもレンからだったらなんでも嬉しいよ」
いつもこれだ。おかげでこっちは毎回用意するのを忘れる。
だから、せめて今日くらいはワガママを聞いてやらんでもない。
「風呂入る?・・・一緒に」
「ホント?嬉しい」
澄んだ目がキラキラと純粋な光を放つ。そんなことで馬鹿みたいに喜ぶものだから、この後散々啼かされようがドロドロに蕩かされながら食われようが、まあいいか、なんて許してしまうのだった。
end
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