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閑話 狡兎死して走狗烹らる②

ーーーーその顔の持ち主は、カーディス・フリンディアと呼ばれている男だった。 銀龍に化けていたそいつが顔を覆うように丸いサングラスを取る間に壮年の面差しは消え、北欧系の白人が目の前に立っていた。まるで変面のような早業だ。ソイツの金髪の下の甘いマスクには青い目が埋まっている。薄く笑いを浮かべる口元が妙に胡散臭い。 「|情報屋《・・・》か。何やってんだよこんなとこで」 ベニヒコが眉間に皺を寄せる。 「何って仕事だよ。"虫退治"さ。欧州にいる本人から頼まれてね。」 カーディスは自分の体を指差す。ベニヒコは舌打ちをした。 「どうりで・・・クロを生かしておいたのも、オレ達を利用したのもお前か。お前、人は殺せねえんだってな」 「ご名答。君は本当に賢いね」 銀龍本人から依頼を受けたカーディスが、銀龍になりすまし組織に潜り込んでいたのか。 そして、俺とベニヒコを偽の裏切り者に仕立て上げた。害虫どもは自分たちが疑われなくなりさぞ安心しただろう。それどころか裏切り者を始末したと信頼すら勝ち得ることを夢想していたに違いない。 「ふざけんな。テメエの半端な仕事にオレたちを巻き込んでんじゃねえよ」 「まったくだね。ごめんねクロくん、君みたいな子は本当は甘やかしてあげたいんだけどね」 「殺す」 一瞬で間合いを詰めるが、カーディスはひらりと躱し視界から消えた。 「恥ずかしがらなくてもいいじゃあないか。もう虐めたりしないよ」 背後から声がし、抱きつくように腕で体を絡め取られる。指先が俺の腹から胸元まで厭らしく這った。肘をカーディスの整ったツラに打ち込むがなんなく受け止められた。 いちいちカンに障る野郎だ。連打を繰り出すもカーディスはバックステップでよけている。じゃれつく子犬をあしらうような軽い足取りだった。クソッ、完全に遊ばれてんじゃねえか。 「かわいいねえ、僕のペットになる?可愛がってあげるよ?」 カーディスはいつの間にか、俺の懐に入ってきて顎をすくう。 「死ね変態」 「アハハッ、やんちゃな子だね。躾がいがありそうだ」 まただ。手を出しても簡単に避けられる。 「遊んでんじゃねえよ、クロ、引き上げるぞ」 「僕は3人で楽しんでも構わないよ?」 「何の話だよ」 ベニヒコは呆れながら踵を返す。 「そういえば、君たちの飼い主から言伝を預かっているんだけど」 カーディスはベニヒコに顔を向ける。 「んだよ」 「例のキャストーーー高嶺蓮人くんだっけ、見つかったらしいよ」 「は?レンが?」 「へえ、そう呼ばれているんだね。かわいいなあ」 「じゃあ日本に戻るか」 「待ってよ。工房に残党が残っているんだけど」 「ああ?テメエが請け負った仕事だろ。知るか」 「このボタンを押すだけで終わるからさ」 そう言って、無線機に似た機械を投げてよこしてきた。そして車の鍵も。 「爆弾か」 「そう。カーナビに行き先が入っているからそこまで行ってスイッチを押してきて。銀龍にも話はつけてあるからどうぞ遠慮なく」 「いくらだ」 「その車、返さなくていいよ。銃と小刀も持っているといい。しばらくお守りになるんじゃない?」 「わかった」 ここからカーディスとは別行動だ。 屋敷を出て、ガレージに入っていたアストンマーチンのエンジンをかければポップアップ式のモニターが現れた。 海沿いにある工場にたどり着く。表向きは魚の加工品を作る会社だ。漁船らしき船が付近に繋がれ海に浮いていた。爆風が届かないよう充分距離を取り車を停める。 ベニヒコはいとも簡単にスイッチを押した。工場ごと地面から持ち上がるように火柱があがり海面も暴れた。虫ケラのごとく何人もの命が吹き飛ばされことだろう。警察や消防隊や野次馬が集まるだろうから死体の確認は当分出来そうにない。さっさとその場を後にした。 夕方になって、ネットニュースで工場から火災が発生し作業員が何人か亡くなったという記事が流れてきた。マフィアのマの字も出てこなかった。カーディスや華龍会が情報を操作したのだろう。 これでやっと日本に戻れるかと思いきや、新しい仕事を振られた。 密航の下請けだ。アガリはほとんどチャイニーズマフィアに持って行かれるが、それでも一回でかなりの金が入る。 俺とベニヒコの役目は、福建省の港から出る密航船に乗り密航者の見張りをすることだ。日本に着いてからは、密航者たちをいくつかのグループに振り分け、チャーターしたバスに乗せ労働先へ連れて行く。こうして安い労働力を手に入れているわけだ。 俺たちは帝愛妃の姉妹店の"月泉楼"という店に向かう予定になっている。レンもそこに連れて行かれるらしい。なるほどな、山奥にあるから簡単には逃げられないはずだ。 日程を確認し鉄道で移動した。今日の真夜中に出航し、夜が明ける前には日本に着く。 船の中は最悪だった。密航者たちは狭い船内に押し込まれ、人の匂いが充満していて吐きそうだった。スマホに電話がかかってきて、外に出たら出たで吹き荒ぶ海風が体の芯から体温を奪っていく。 通話が終わり、ベニヒコに呼ばれる。 密航者を届けた後も店に残れと連絡が来たと。 数日後にある"集会"の準備で人手が足りないらしい。しかし横浜の店とやることには変わりはない。 ゴネる客に吠え散らかし逃げようとするキャストをとっつかまえる、番犬の仕事が待っている。

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