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後日談 蓮(レン)と水(スイ)
ヘリはとあるビルの屋上に降り立った。
操縦士の男とスイは一言二言話してからお互いスマホを取り出す。何やら操作してから握手を交わしていた。報酬の受け渡しを済ませたスイは俺の手を取り、ヘリから降りる。
ビルのエスカレーターで地上まで降りタクシーでホテルまで移動した。
部屋に入りドアを閉めた途端、深いキスの嵐に襲われた。ドアに背中を押しつけられ、息つく間もなく貪られる。漢服の襟の隙間に手が入り、首の付け根を吸われて多分キスマークがつけられた。スイは息継ぎすると、俺を強く抱きしめて
「・・・僕のだ」
と呟いた。
「当たり前だろ」
スイはパッと顔を上げる。がっついていたのとは裏腹に、泣きそうなガキみてえな顔をしていた。まあ何考えてんのかおおよそ見当がつく。
「言っとくけど、セックスはしてねえからな」
「え」
スイは口を開けてポカンとしていた。
初日に逃げ出そうとして、それがバレて他のキャストと酔客の相手をしたり新人の教育に回されたりしたことを話す。
「ホントに?嘘つかなくていいんだよ?」
「テメエにだけは言われたくねえよ」
「確かめていい?」
スイの手が俺の頬を包む。切羽詰まった表情は、性欲ではなく不安が滲んでいた。俺を抱いて早く自分のモノにして安心したいのだろう。
「その前に頭と顔を冷やせ。萎える」
スイを身体から剥がして部屋を散策する。木の曲げ椅子や唐草模様の壁紙を、行燈のような間接照明が柔らかく照らす。和洋折衷のモダンなしつらえだ。備え付けの冷蔵庫にミネラルウォーターのボトルがあった。スイの紅くなった頬にくっつける。ないよりマシだろ。
「準備してくるからそのまま待ってろ」
めちゃくちゃビックリした顔のスイを放置して浴室に引っ込む。俺が乗り気なのがそんなに珍しいか。あ、スイが追いかけてきた。
「待って、その服僕が脱がせ」
「引っ込んでろ」
扉がバウンドするほど強くドアを閉めてやった。
小一時間ほどかけて準備して出てくると、スイはベッドに寝転んでいた。まさかと思いながら近づけば、やっぱりもう寝息を立てていた。マジかよコイツ。
でも、スイの顔は少し白くなって目の下にはうっすら隈が浮かんでいる。
今回コイツにしちゃだいぶ無茶したんじゃねえか?いや、させたのは俺か。一週間で俺を見つけて金を集め、1人でヤクザと渡り合ったんだ。消耗して当然だよな。
一緒に横になると、スイは俺に抱きついてきた。まだ起きてたのか。でも瞼はくっついたままだ。んー、と眠そうに顔を擦り寄せてくる。
「明日でもいいじゃん」
「やだ・・・今する」
スイはまだ寝ぼけ眼で覆い被さってきた。
でも俺を見てパッチリと目を開ける。
漢服をわざわざ着てきてやったからな。それに着替えなんか持ってきてないし。
スイの澄んだ目が水面のようにキラキラした光を集めていく。
「綺麗だよ」
スイは締まりのない顔で笑って、スカートの下から手を入れてくる。脚を撫で、持ち上げて足の甲にキスをする。柔らかい生地は素直に滑り落ち白い足が露わになった。足の指にも齧りつくスイを見て、今日は長くなりそうだと思った。
その予想は当たっていてた。まず脱がせる気がないらしい。スカートはそのままだし、上衣は肩をはだけさせたまま帯で留まっている。下着もはずさず脇をめくって、乳首を口に含み舌先で嬲る。反対側のそれも指で摘まれ、重量を増した陰嚢もスイの膝で柔く押されて息が荒くなっていった。緩い快感を与え続けられ、焦ったくて時々腰が揺れた。
俺をうつ伏せにして、スカートを捲ったスイはえっと間抜けた声をあげる。
だって、下着まで本格的なやつだったし。上は背面のないキャミソールみたいなやつで、背中でエプロンみたいに紐で結んで留めてある。下は臀部だけ切り取られたドロワーズみたいなやつだ。再度言うが、着替えがないから仕方がない。
「ねえ、これを着てお店に出てたの?」
スイの顔から笑みが消える。丸見えの尻をさすられた。仰向けになろうとすると「ダメ」とうつ伏せに戻される。
「だから、セックスはしてないっつってんだろ」
「でも」
「脱いでないからわかんないって」
「ホントに?」
「あっ・・・待てってローション」
「すんなり入ったけど」
「自分で慣らしたからっ・・・痛っ・・・」
スイの指が孔の中でうねる。でもローションがないとやっぱりキツい。入り口は引き攣るように痛むけど、ナカで前立腺を見つけ出されてジンジンと甘い痺れが広がっていく。枕に顔を押しつけて嬌声を抑える。
「レン、僕のこと好き?」
スイの声が鼓膜を震わせるだけでペニスに血が巡る。正直もうどこを触られても気持ちいい。
でも、いきなりスイの怒張が押し入ってこれば流石に苦痛の声が上がった。
スイは滅多にこんな抱き方はしない。なんか、めちゃくちゃブチ切れてないか?スイが浮気すんなって言うから初日から危ない橋を渡ったってのに。ていうかセックスしてないって何回も言ってんだろうが。
腹が立ってきて、上体を少し起こしてスイの名前を呼ぶ。こっちを見た瞬間にビンタしてやった。ちょうど殴られた方にヒットして痛そうに顔を顰めている。肘をついて前進しスイのブツを引き抜く。左腕を水平にして膝も曲げ、スイの首と腰に引っ掛けて横転した。
スイと俺の位置が逆転する。何が起こったか分からず呆けているスイを見下ろした。
「あのなあ、俺がその気になればこうやって拒むこともできるし、なんならぶん殴って逃げる事もできるんだよ」
拳を振りかぶればスイはビクッと肩を竦める。すぐ引っ込めたけど。
「けど、テメエに毎度好きに抱かれてんだろ。何時間ネチネチ攻められても気絶するまで突っ込まれても毎回付き合ってやってるだろ」
スイはビックリしたような顔して固まっていた。
「え・・・もしかして、嫌だった?」
「なんでそうなるんだよ!」
やっぱりはっきり言ってやった方がいいのは分かってるけど、たった2文字の言葉を吐き出そうとするだけで顔が沸騰しそうになる。
よくスイはポンポン言えるよな。
「もういい」
スイから降りれば、慌ててスイが起き上がる。
「動くな」
ローションのボトルを手にしてまたスイの上に乗っかる。手にぬるりと透明な液体を出して指に絡ませた。
膝立ちになり、スカートの裾を咥えて下着の切れ込みから後孔に指を入れる。2本は楽に入った。中を広げるように円を描く。スイの目が釘付けになっているのに気をよくして、わざといやらしい音を立てて抜き差しをした。たまに見せつけるように下着ごと指で広げて見せればスイの喉が鳴った。手を伸ばしてくるけどはたき落として「我慢しろ」と視線で制する。
スイがズボンの前を寛げるのは許してやった。でも触るのは許さず、後ろを弄るのを見せつけ煽ってやる。屹立したスイのそれは物欲しそうに涎を垂らしていた。
少し乾いたスイの唇が震える。
「レン、」
熱っぽく潤んだスイの目に欲しくてたまらないって感情が沈んでいた。
それは俺も同じだ。
スイのペニスを孔にあてがって、一気に下半身を落とす。スイが呻き顎が上がる。全部飲み込むと、嚥下するように腹の中がうねるのがわかった。咥えたスカートを噛み締め快感に耐える。
身体を上下させればスイから湿度の高い吐息と微かな喘ぎが漏れていた。膨らんではち切れそうな欲望を持て余して腰を浮かせ擦り付けてくる。
「ね・・・っレン、出そう・・・」
スイは息を乱して顔を上げる。我慢しろっつったからシーツをくしゃくしゃに握り込んで堪えている。ま、こいつにしちゃ頑張った方か。
頷いてピストンを速くする。スイはギュッと目を閉じて歯をくいしばっていた。やがて口がはくりと開き、息を吸うと俺の腰を掴んで奥まで貫く。ナカでスイのが膨らんで、少しずつ萎むのを感じた。孔から液が溢れて内腿をつたう。
「・・・わかったかよ」
俺も息を乱しながらスイに言えば、まだ熱の籠った目で見つめられる。
「俺が・・・嫌々こんなこと、すると思うか?」
ここまで言っても顔に疑問符を浮かべているものだから、輪郭を両手で包んで澄んだ目を覗き込む。
ったく、一回しか言わねえからな。
「好きだよ、スイ」
スイの色素の薄い虹彩が、ますます透明に近い色になる。湧き出た雫が、両の目からポロリと零れ落ちていった。
次の瞬間、スイの腕の中にいた。身体が軋むほどきつく抱きしめられ、スイの喉が震えているのが分かった。甘やかすようにそこに唇を寄せる。
スイは俺の顔を持ち上げそっと唇を重ねてきた。啄むだけだったのに、お互いの唇や舌を貪り合うようになるまですぐだった。
そのうちに下から深く穿たれた。細い腰を掴まれ、激しく肉杭が打ち付けられる。ひっきりなしに嬌声があがって、穿たれるたびに尾骶骨から脳天まで快感が駆け抜けた。スイに縋れば髪をかき混ぜられキスで声を封じられる。スイの頬は濡れていた。
上体を少し起こしてスイの顔を俯瞰する。まだまなじりに涙が滲んでいた。
「・・・ばっかじゃねえの・・・?」
スイは困ったような笑みを浮かべた。細めた目からまた雫が溢れる。
「だって、初めてレンから言ってくれたから」
恥ずかしさが込み上げてきて、スイの胸に顔を埋める。
でもスイは俺の骨盤を掴んで立てて、身体を起こすよう促してくる。根元まで入り込み、「んっ」と声が漏れ、その位置にナカが馴染むと溜息が零れた。頬が火照り上気しているのが分かる。
スイはまた抽送を始めた。位置が見えているかのようにイイところに擦り付けてくる。その度に目の前が白く点滅して頭が真っ白になっていく。
気がつけばスイは動くのをやめていて、俺はみっともなく喘ぎながら自分から腰を振っていた。スイは満足そうに眺めている。
「好き。好きだよレン」
スイの手が俺の頬に添えられる。調子に乗りやがって。唇をなぞる親指にカリッと歯を立ててやった。スイはふっと微笑んで、そのまま指を口の中に突っ込んで舌や頬の内側を愛撫する。息ができなくてくらくらした。
スイは起き上がって、俺の背中に手を回す。キスをしながら揺さぶられ、口の中も身体の中も掻き乱された。
そのうちに押し倒されてスイが上になる。脚を高くあげられさっき当たらなかった場所を肉棒が突く。鮮烈な刺激に耐えきれず射精した。背中を弓形にしてガクガク震えている俺にお構いなしでスイは動き続ける。
まったく、こんなの許してやるのは俺だけだからな。
スイの首に腕を回し、より深くスイ自身を受け入れた。
いつ眠ったかも何時間寝たかも分からない。
目が覚めたらまだホテルの部屋の中で、抱き合ったまま乱れた衣服の山に埋もれていた。
スイを起こせばスマホの時間を見るなり飛び起きた。チェックアウトの時間が迫っており、慌ただしくシャワーを浴びたり着替えたりしてホテルを出た。というか着替えがあったんなら先に言え。
ホテルから出ると忘れ物に気づいた。チャイナジェイドの指輪がない。ホテルのフロントにトンボ返りすれば、清掃が入るから探すよう頼んでみるとしばらく待たされた。せっかくだからとホテルの喫茶室で朝食を食べているとボーイが指輪を持ってきてくれた。
指に嵌るとようやくホッとする。
「それ、つけていてくれたんだね」
スイは嬉しそうに目尻を下げる。
「まあ・・・気に入ってるし・・・」
「持っていてくれて、本当に良かった」
スイはやけにしみじみと言いながらパンを口に運んだ。
そういえば、気づいたことがある。フロントでホテルマンと話したり、指輪を持ってきたボーイの手をとっても嫌な顔をしなかった。
やけに機嫌がよくないか?
前々から思っていたことを、思い切って聞いてみた。やりたいことがあったから。
「あのさ、俺、髪を切ろうと思うんだけど」
大分伸びてきたし、女装するにしてもウイッグがあれば問題ない。今までは髪の毛一本すら他のヤツに触れさせたくないと猛反対されていた。
スイは眉根を寄せた。
「もったいないなあ・・・綺麗なのに」
そう言って、前髪を指先でサラサラと梳く。
「でも、レンがしたいならいいよ」
平然とココアを飲むスイに内心ビックリした。
「マジで?他のヤツに触られるのがーとかめちゃくちゃ言ってたじゃん」
スイはキョトンとする。
「だって、レンが好きなのは僕なんでしょ?」
スイの顔に満面の笑みが広がっていく。
なんでスイが異常なまで俺に執着して束縛しようとしていたのか、すとんと腑に落ちた。考えてみれば簡単なことだった。俺は出会った時から昨日まで、スイにちゃんと好きだって言ったことがなかったんだ。
スイは俺に好かれてる確信というか、決定的なものがなくて、物理的に囲い込もうとしたり「僕のこと好き?」ってやたら聞いてきたりしてーーー
そう思うと悪い事してきたなって気が
「でも、あんまり他の人と仲良くしないで欲しいな」
しないでもなかったけど、ひんやりとした視線を向けられ前言撤回した。こういう気質のヤツなんだな。
まあ、しょうがねえよなあ。そういうヤツに惚れたんだから。
「安心しろ、ああいうとこで喋るのは得意じゃないし」
そっか、とスイはニコニコといつものように笑みを浮かべる。
「で、今日の予定は?」
「あのね、」
とスイは話し始める。やっぱり抜け目ないヤツだ。
水のように掴み所がないのに隙が無い。静かに凪いでいるかと思えば時には激流を起こしてすべてを飲み込む。それからたくさんのものを抱えている。水底に沈むヘドロみたいに汚いものも、天に向かって咲く綺麗な花の種みたいなものも。
俺はなんだかんだスイと一緒にいると思う。
蓮と水は切っても切り離せないものだから。
end
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