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エピローグ さらば横浜チャイナタウン

地上を見れば、横浜の夜景が見えた。真っ黒に塗りつぶされた地面の上に、色とりどりの光の粒がびっしりと撒かれている。 「会いたかった」 スイは俺を抱きしめる。操縦席を気にしつつもスイの胸に身体を預けた。スイは「口が硬い人だから大丈夫」って言っていたけどそういう問題じゃない。気恥ずかしさを紛らわせるために、いつものように憎まれ口を叩く。 「お前、どこにあんな金持ってたんだよ」 「え?口座をいくつかに分けてお金を入れておいたし、隠れ家に置いておいた分もあったし」 「それでも」 「あちこち飛び回って、ずっとコツコツ貯めてきたのも大きかったかな。レンには寂しい思いさせちゃったけど」 確かに、スイはろくに家に帰って来なかった。渡された通帳一冊だけでも少なくない金額が入っていて、俺1人養う余裕もあったくせに。 「これからはなるべくそばにいるからね」 って頭を撫でてくる。身体が芯から震えた。頭の中でブワッと花が開くような感覚がして、顔が熱くなってくる。でも口から零れ落ちた言葉はかわいくないもんだった。 「怖っ・・・」 「なんで?」 スイは困ったようにクスクス笑う。 「いや、だってさ・・・なんで俺みたいなヤツにそこまでするんだ?」 水商売にどっぷり浸かってたうえに、これといった取り柄も金も愛想もない。性欲処理にしちゃ高くつきすぎだ。 俺に甘い言葉をかけてくるヤツは、大抵俺の金か身体が目当てだった。スイも、俺を利用してんじゃないかっていう疑念は、だいぶ小さくなったけど今でも頭の隅に居座り続けていた。 「決まってるでしょ、愛してるから」 ますます頭を抱えた。というか、顔が熱くてスイの顔が見られない。出会った時からずーっとそんなんだから、いちいちそれを疑うのも馬鹿らしくなってくるというものだ。 決めた。 もしコイツが俺を騙したり嘘をつくようなことがあれば、気が済むまでぶん殴ってスッパリ捨ててやる。そうと腹に決めれば妙にスッキリした気分だった。 窓の方に顔を背け、夜景を見やる。どんどん光の粒が遠ざかっていく。こんな光景を、いつか見たような気がする。たしかスイに連れられて、中国へ行く客船に乗っている時だ。 「レン、」 スイを見ればひどい顔をしていた。頬は腫れあがり、澄んだ目には水の膜が張っている。 「どこにも行かないでね」 そう言いながら、スイは俺の髪を梳く。これもどっかで聞いたセリフだな。 「それはこっちのセリフだ」 今度は、俺からキスをしてやった。 あの時は横浜にろくな思い出なんてなくて、もう戻ってこない予感がしていた。 でも、スイと出会って、こっちに戻ってきてからは比較的穏やかに暮らせていた気がする。 初めて鎌倉まで初詣に行ったし、何年も住んでたのに知らなかった店でスイが買ってきた中華惣菜は美味かった。新しく出来たロープウェイのネオンが見えて、開通してからさっそく乗りに行ったことなんかも思い出す。 この街も悪くなかったかな。また戻ってくるのもやぶさかではない。 だから、それまではーーーー ーーーーーーさらば横浜チャイナタウンーーーーー             完

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