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居酒屋 6月25日 21時48分 ver.翔
彼と出会ったのは、ある居酒屋の座敷だった。最初はただ、見ていただけの人物の1人だった。
オレは、大学をストレート卒業する必要があった為、こんなことをしてる時間などない、と思っていたし、正直、そんな事よりも、家で学ばなければならないことが山のようにある身としては、行きたくない、と伝えたが、
「おまえがくると、女子の集まりがいいんだよ。」
と、引きずられるように連れてこられた居酒屋で、合コンまがいの大学のサークルの懇親会、という名目の場所に連れてこられていた。
サークルなど、参加してもいないのに、迷惑もいいところだ。恋愛をする気もないオレは不機嫌丸出しで、案内された席に腰を下ろした。
興味のないオレは、その場を盛り上げるわけでもなく、両隣を陣取り、下心丸出しで、うるさく話しかけてくる女の、それぞれ違う香水のキツイ匂いにうんざりしながら、ジュースのような目の前の酒を、チビチビと喉に流し込み、話しかけられても話半分に聞き流していた。
それよりも、隣の席で呑んでいた若いサラリーマン風の男性が2人。線の細い優男風の、見るからに穏やかで優しそうな男性と、バリバリの体育会系に見えるガッチリとした男性は、どこかアンバランスな組み合わせに見えるが、体育会系の男性は、かなりのハイペースで呑んでた。
何か嫌なことがあったのであろう。優男風の男性に愚痴りながら、ピッチャーで飲んだ方が早いのではないだろうか?というような勢いで、ビールをジョッキに移しては、一気に飲み干し、やけ酒的な飲み方をしていた。
優男風の男は見てる限りでは、グラスを空けた形跡はない。オレと同じようにチビチビと飲んではいたが、軽く喉を潤す程度にしか飲んでいないのだろう。ガタイのいい男は、顔色からして、かなりの容量オーバーだと思われた。
「おい、鈴木、そろそろやめておけよ。おまえ、それほど強くないだろう?その顔色で飲み続けるのは危険だよ。」
そこの優男の言う通りだ。赤鬼のような顔で、目は完全に座っている。酔っているのに、酔ってない、と言い張るヤツの典型を見てるようだ。
「呑まなきゃやってられっか、っての。あんなの不可抗力だろ?誰が見たってそうじゃんか、って考えたら納得なんか出来ないよ。おまえだって、とばっちりの被害者なのに、よく平気な顔をしてられるな。それとも、自分は関係ないとでも思ってるのか?」
そこまでボロクソ言われて、苦笑いするしかしない優男は
「平気ではないけどね。でも、結果が全てなんだから、今、ここでクダを巻いていてもしょうがないだろ。」
まともな優男風の男が、追加でウーロン茶を注文するも、相手の酔っ払いはそれに手をつけようとはしなかった。
「もう!!本当にやめろって。なんか今度は顔色が悪いぞ。せめてノンアルコールにしろよ。」
本気で心配されてるのに、鈴木と呼ばれたその男は、ウーロン茶や、水を飲む気配すら見せない。困った顔の優男もさすがにキレたのか、少し声を荒らげている。そんな言葉が聞こえた矢先に、目の隅に真後ろに向かって倒れていく男の姿が映る。スローモーションのようだった。
ドサッ!!ゴンッ!!
と大きなものが落ちたような音がした。
ーーあぁ、……やっぱりね。
オレからしたら案の定な結果だ。今どき大学生だって、なかなかあんな飲み方はしないだろう。
「おい!!鈴木!!」
優男が倒れた男性へ駆け寄り、声をかけ、頬を叩くが反応がない。少し痙攣しているようにもみえる。
こうなっては、ことは急いだ方が良い。両サイドの女の子を振り払い、オレは立ち上がりながら、近くにいた店員に声をかける。
「すみませんが、大至急!!救急車呼んでください!!急性アルコール中毒です!!お願いします!」
店の住所や説明がきちんと出来る店員に、緊急連絡をしてもらうのが1番手っ取り早い。相手を揺すりながら同僚の名前を呼び続ける男性と近くにいた、また別の店員に、それぞれ指示を出す。
「お兄さん、彼を横向きにして、衣類を緩めて!」
「そこの店員さん、忙しいとこ、すみませんが、毛布かなにか、身体を温められるものを持って来てもらえますか?それと、いらない新聞紙があればお願いします。」
鈴木と呼ばれた男性の顔を覗き込む。
酒臭い呼吸は早いが、きちんと呼吸はしている。まだ、気を失ってすぐ、というのもあり、嘔吐は始まっていない。手首から脈をとると、必要以上のアルコールの循環で、脈は少し早い。身体をさすりながら体温が逃げないように温める。そろそろ酒による脱水が始まる頃だ。案の定、大量の汗をかき始めている。
優男は鈴木のスーツの上衣と自分の上衣を掛けて、会計をしてくる、とオレにその場を任せて店の中を走る。かなりパニクってるようだ。酔いも冷めたような表情に同情すら感じる。
その間に簡易的な毛布と新聞紙も届いた。なるべくであれば、意識は戻したい。これから激しい嘔吐が始まるであろう状況下では、意識が無いと喉に嘔吐物を詰まらせる問題が発生するからだ。店を汚す事を最低限にする為に用意してもらった新聞紙を、頭の下と腰周りに敷く。
本来であれば、自力で水分も取らせ、トイレに閉じ込めてでも、排泄を促さないと、血中アルコール濃度は下がらないし、さらに酷い脱水状態を招く。
けれど、頭を打っているのも影響しているのか、鈴木は起きる気配はない。優男も戻ってきて、一緒にスーツや毛布に包まれた男性をさすって、身体を温め続けた。その処置に夢中になっていると、10分ほど経過した頃、救急車が到着した。
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