62 / 114
片付けと遺品 Ver.翔
夏休み後半は、葬儀のあと、清隆は仕事が押していて、馨は母親の介護の為、子供たちはすでに学校が始まっている、ということで、すぐに帰郷しなければならなかった徹の姉夫婦とその子供たちに変わり、部屋の整理をかってでた。ある程度、物は片付いていて、しっかりと終活が出来ている部屋で、片付けるものは、僅かなものだった。
その費用として、馨は封筒をオレに差し出した。
封筒の中身を見ると、地方銀行の預金通帳と印鑑だった。
「私たちのところにも、徹の保険金は入るから、そこに入ってる金額は、貴方の自由にして欲しい、って、弟から頼まれてるの。元々、生きてる間に使おうと思っていたものらしいの。だから、長生きしたら、残金はもっと減ってたわね。勝手にあなた名義の口座を作ってごめんなさい。」
「こんな大金、いただけません。それに、いただいても贈与税で大半持っていかれます。」
「うちの旦那は自営でね。私も経理をしてるの。それでお世話になってる知り合いの税理士や銀行の人に来てもらってね、その人たち立会の元で、すでに贈与税は多少引かれているからそれ以上の税金は引かれないわ。」
徹と同じく、他人を安心させる笑顔で馨はそう言う。
けれど、都内で家が一括で買えるくらいの額面の金額が記載された通帳を受け取るのは気が引けた。
その口座から、とりあえず10万をおろし、宅配業者を呼び、徹の荷物をとりあえず実家に送り、貰った荷物も自宅へ送り、持ってきたカバンとリュックに、調味料、レトルト食品などをつめこんで、ゴミも集積所へ捨て、部屋を空にした状態で、不動産会社に、部屋を引き渡す。あと数ヶ月先まで払われていた家賃の残金の返済は、馨に送金するように手続きをお願いした。
しかし、確かに不動産会社は馨に振込をしてくれたのだが、馨を経由して、徹が遺したオレの口座に振り込まれた。また、残金が増える。けれども、送料と手数料だと言って、振り込まれたのだ。これ以上、そのお金に手をつける気にはならず、銀行の貸金庫に預けた。
たぶん、その金の使い道としては、もっと、いい部屋に引っ越せ、という意味もあったのだろうが、大学で学んでいる限り、この部屋に不便はない。元々はないはずの金だ。
1人前の医師になったら、引越しは考えるが、今は考えてもいなかった。
『自分のことは自分で』と、男ばかりの兄弟の所為か、母にそう育てられてきているからだ。学生のうちは分相応のところに住むのも当たり前だと思っている。
アパートは激安でボロいが、住み心地は悪くない。風通しは良かったし、上京して以来、ずっとアパートでお世話になってる扇風機で充分涼めたし、それでも暑さで辛い時には図書館で、充分静かに学ぶことが出来た。
やっと、まともに勉強をできるような状況になったのは、8月も終わる、という頃だった。
終活をしていた訳では無いけれど、オレの荷物もかなり少ない方だ。徹の部屋から持ってきた食器類を追加したところで、少しものが揃った、というレベルだ。
残りの夏休みは、誰とも合うこと無く、それまでは徹に使っていた時間を勉強につぎ込んだ。週末だけ、収入のいい夜のバイトを入れていたが、オレは彼の望んだことを、まずはストレートに叶えなければならない。
出逢う前に戻っただけだと思うけれど、狭いボロアパートの目線の先には、少し背の高めのベッドサイドテーブルの上だったけれど、徹のスペースを作り、毎日話しかけていた。
「……今日も暑いね。徹をオレの部屋になんて呼べない、って思ってたけど、こうしていても徹がオレの傍にいる気がするよ。散らかってるだろ?本ばっかりで。」
1人そう言いながら笑ってしまう。手を伸ばせば何らかの資料書や、参考書が取れる位置にある。
「……それに、ごめんな。いまさらだけどさ、辛い思いばかりさせてしまっていて。どんなことをしてででも、徹を生かしたかった。一秒でも長く、生きて一緒にいられる時間を作りたかったんだ……」
『何を言ってるんだよ。本当に辛い思いをさせたのは僕の方だよ?勝手に、君に別れを告げて、僕を生かす為に児嶋に脅されて、嫌なことせてしまって、本当にごめんね。』
徹の声が聞こえた気がした。そよそよと部屋に流れ込んできた風の流れに乗って、徹に抱きしめられているような気分になった。
遺灰ではあるけれど、徹の一部だった身体と髪の毛がある。髪はまとめて透明な箱へ保管してある。
仏壇がわりに置いた小さなテーブルに、骨壷と共に並べて置いていた。
それがあるだけでも、以前のように一緒にいるように感じている。
そんな気分だけが今のオレの支えだった。
ともだちにシェアしよう!