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番外編 その2 思わぬ再会
高校を卒業して、何年が経過しただろう?
まだ、後期研修医の身分ではあるが、奥山の患者を担当させてもらえることになった。インターナショナルスクールの学生である、その大学生に誘われて来ていた学園祭で、高校の先輩である真嶋に再会した。
「真嶋先輩……」
先に気付いたのはオレの方だった。目印になるような木の下で、ぼんやりと誰かを待っているようだった。
「高宮くん……だったね。久しぶり。元気そうだね。」
スーツが良く似合う、その姿が、学園祭という場所にはそぐわない気がするが、彼は薄く微笑んで応えてくれた。
「先輩もお元気そうで何よりです。」
社交辞令のような会話が続く。
「そういえば……君はここの大学だったっけ?いや、卒業生か?」
「違いますよ?オレは、T医大ですから、今は附属病院の研修医です。ここの生徒である患者に誘われて、たまたま来ただけなんです。
もう、目的は果たしましたから、これから帰るところですけど、先輩も大学はここではないですよね?お互い母校ではないっていう珍しい場所ですが、お会いできて良かったです。」
どことなく、真嶋は憂いた表情で微笑んだ。
「そうか……私は子守で来ているんだ。本人がどうしてもこの大学の学園祭に来たいと言っていてね。今はトイレに行っている。彼のトイレ待ちだ。さすがにそこまで付き添ってやるほどの子供ではないものでね。」
以前よりも、心做しか優しい表情をするようになったと思う。子守りとは、また意外な言葉だった。大学の学園祭に来るくらいだから、それほど小さな子ではないだろう。
「私は僅かな時期だったけれど、キミは3年間、辛かっただろう?けれど、結局のところ、私はその僅かな期間で慣らされた躰は、女性を求めることが出来なくなった。」
そう…寂しそうに微笑んでいた。
「……先日、岩切がうちの病院で手術を受けました。オレのパートナーが執刀したんですが、すべてを話した上で、命の選択肢を問われました。仕事に私情を挟む気はありませんので、助ける方を選びました。
先輩は、あいつらのこと、殺したいほど憎んでますか?それくらいのことをアイツらはした、とオレは思ってますけど…
あ、念の為に言いますが、手を下す気はありませんよ。」
真嶋はクスリと笑ってから、
「……そうだね。あの時は憎くて仕方なかったけど、今はそれほどでもないかな。あの時の経験があったから、今は好きな人のそばに居られると思ってる。あの経験がなかったら、一目惚れした今のパートナーへ、強引に関係を迫らなかったかも……」
「……あの学校の先生の中の数人は、先輩にマジだった気がしますけどね。」
思い出すだけでもウンザリする言葉を吐き出すように告げた。
「そうだった……かな?私からすると、岩切は君がお気に入りだったね。あの学校はある意味狂ってた……けど、あの学校の先生ではないけど、今の私のパートナーは教育者だよ。」
そこに、珍しい色の金髪の高校生くらいの外国人の男の子が、駆け寄ってきた。髪が中途半端に長いせいで、最初は女の子かと思うほどの整った顔をしていた。服装で、かろうじて男だと判断できるほどだ。
さらに近づいてその顔を見ると、透き通るような白い肌にアメジストのような透き通った紫色の印象的で大きな眸をしていた。とにかく、『綺麗』としか表現出来ないほどの男の子だった。そして、出てきた言葉は案の定、英語だ。
「Keep him waiting. Is it that? Is it a friend?」
ーお待たせ。あれ?友達?
「私のパートナーの息子です。この外見ですがハーフなんですよ。半分は日本人なんです。特殊なアルビノなんですよ。だから、他人と色が全然違うんです。まだ、日本に来たばかりで、日本語があまり話せません。」
手をかざして、そう言って真嶋は紹介しながら微笑む。
何故、子守りなのか、何故、この学校に、彼が来たがったのか、理由がわかる気がした。それは、この大学の特徴が大きく影響している。まずは日本語がわからないこと。
この学校は、中高通して、大学にも帰国子女や留学生を多く受け入れていること。英語さえ使いこなせれば、たとえ、ほかの場所で言葉がまともに通じなくても、ここでは、彼は普通に話をすることが出来る。
「彼は事情があって、日本に来たばかりで、日本語がほとんど出来なくてね。でも、優秀な子で、16歳で飛び級で、アメリカの大学を卒業しているんですよ。」
おそらくは離婚でもしたのか、それ以前から引き取られたはずの片親が亡くなったのだろう。それにしても、これだけ容姿が良くて、頭まで良いとは。天は2物以上のものを与えすぎだと思った。
「Oh? I laughed. Are you laughable?」
ーえ?あんたでも笑うんだ
キョトンとした表情で真嶋に声をかける。
「Rude. Even I have an expression.」
ー失礼ですね。私だって表情くらいあります。
そんな会話に、つい、笑ってしまう。あの真嶋が、この少年には振り回されている感じが、予想外すぎて、プッと吹き出してしまった。
「あ、お忙しいところすみません。先輩。ありがとうございます。」
吹っ切れたオレの表情を見て、
心配そうに真島が声をかけてくる。
「さっきの話だけど……」
「自分の人生を台無しにしてまで、殺す価値があるとは思っていません。また、患者として誰かが来ても、医者として振る舞います。もちろん、もう、あんなことさせませんが。多少脅せば、そんな気もなくなるでしょう?」
そう言って微笑むと、真嶋は苦笑しながら
「君は綺麗な顔をしてるのに、はっきり言う。確かにその通りだな。あんなものはただの暴力でしかない。眼には眼を歯には歯を、だな。特に彼に対しては、君は君の権力を行使するべきだろう。
じゃ、私はまだ、この子の付き添いをしなければならないので、また、どこかで。」
「ええ。先輩もお元気で。」
そんな会話を最後に、互いに背を向けて、自分の道へ帰っていった。
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